小さくて大きな仮面
第六章 仮面の下
「お前が本物の殺人鬼だろ?」
そう言った瞬間、惑星の全ての空気が凍りついたかのようだった。背筋が凍りつく。ひどく寒い。孤独の海で溺死しそうだ。
赤ちゃんはいつの間にか笑うのをやめていた。真顔で俺の顔を食い入るように見つめている。
そして、
「よっこらしょっと」
ベビーベッドの中で小さな体を起こすと、冷たい瞳で俺の瞳をまっすぐに見つめた。
「そうだ。俺様が本物の殺人鬼だ」
俺は生唾を飲み込んだ。つばがゆっくりとのどを通って胃に落ちる。
「なんでわかった? 答えな」
赤ちゃんとは思えないほど大人びた低い声が俺の耳に届く。
「この家には虐待の兆候がいくつもあった。この家庭では虐待が起きていたんだ。だが、親が子を虐待しているんじゃない。赤ちゃんが両親を虐待していたんだ。お前のとーちゃん、つまりニコニコおじさんはお前に怯えていた」
「チッ。あのクソ野郎。殺しておくべきだったか」
赤ちゃんにもう可愛げなどない。あるのは冷酷な殺人鬼のいやらしい笑みだけだ。
「俺様がどうやって気付かれずに殺人を起こしたのかわかったのか? 説明してみな」
「ああ。赤ん坊であるお前は、小さい体を生かして、民家に侵入。ルーレットでジャンプ力大が出ればできるはずだ。何回かジャンプすれば赤ん坊でも窓枠に到達できる。大人では入れないような小さな隙間さえあれば条件は整う。
どの事件現場にも、人の頭がギリ入るくらいの窓の隙間があったよな? あそこが侵入経路だ。
そして、肝心の殺害方法だが、お前はごく普通にその手で人を殺したんだ。
もちろんこの国特有のルール、ルーレットを使ってな。
力はランダムになるから赤ん坊の力でも殺人を犯すことができる。
五回くらい殺意を持って攻撃すれば相手を殺せるだろ? 凶器は安全ピンでも小さなガラスでもなんでもいい。
お前の全身についている擦り傷や、骨折跡は民家に侵入するときについたものだ。虐待されてできた傷ではなかったんだ。
最初にルーレットで攻撃力大が出ればそのまま殺害、中か小が出たら麻酔を打てばいい。
麻酔で昏睡させてから何度もルーレットを回せば、百パーセント殺害できるはずだ。
抵抗も何もできない。麻酔の入手方法だが、とーちゃんかかーちゃんの職業が運よく医者になった時にいくつか盗んだんだろ。
何でも屋の俺をこの国に呼んだのは、身代わりを逮捕させて、自分だけ逃げるためだ。
一人目の殺人鬼が捕まった後に、別の殺人鬼が真犯人として捕まったら、その後は、流石に捜査されないと踏んだんだろ。
この国では、ジャンプ力、スピード、腕力、筋力、何もかもがランダムだ。だから赤ん坊に人を殺せないはずっていう勝手な先入観がお前の隠れ蓑だったんだ」
「ふーーー」
赤ちゃんは大きく肺から息を追い出した。
「ついにバレちまったか。何もかもお前の言う通りだよ小僧」