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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第三巻 公平の世界
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あぶあぶキャッキャ

俺は赤ちゃんの全身に刻まれた生々しい傷跡を、目で確かめた。細かい擦り傷や切り傷が無数にある。痛かっただろうに。

「ばぶー」


「虐待が起きていたって聞くとさ、普通は親が子供を虐待するもんだって先入観があるよな」


俺は、今までの数々のヒントをもう一度鮮明に頭の中に描いた。これらは虐待被害者の声にならないメッセージだったのだ。


一番最初にニコニコおじさんに会った時、

【殺人鬼を殺して欲しいんです】

と、言った。


だが、二度目の依頼確認の時は、

【そうじゃ。ここ最近、この街では凄惨な殺人事件がいくつも起こっての。その犯人を捕まえて欲しいのじゃ】

と、言っていた。討伐から逮捕に依頼内容が変わっているのだ。

“説明が曖昧でコロコロ変わる”ことは虐待が起こっている兆候の一つだ。




ニコニコおじさんの家に向かうときも不自然だった。

【俺たちはしばらく無言で、街を歩いた。ニコニコおじさんの家はすごくすごく遠かった。ほとんど街中歩いた気がする。というか、同じところを何度も歩いていないかこれ?】


あれは、本当に同じところを何度も歩いていたんだ。

“家に帰りたがらない”のも虐待の兆候の一つだ。




最後に、ニコニコおじさんは、家に着くなりオドオドし始めて、異様な様子だった。

【ニコニコおじさんは、黙って茶を口に運ぶ。ティーカップを持つその手は、ひどく震えていた。なんだ? 様子が変だ】

“家に着いた瞬間にオドオドする”のも虐待の兆候の一つだ。




俺は赤ちゃんに話しかける。赤ちゃんは俺の台詞なんて知ったこっちゃないのだろう。いつものようにニコニコしている。とても可愛くて癒される。

「あぶばぶうぅ」


「お前のとーちゃんはいつもニコニコしていたから、明るい人なんだと勝手に思い込んでいた。でもいつもニコニコしている人間こそ、自分の感情を隠しているんだ」

「あぶぅ」


「お前のとーちゃんは常に感情を押し殺していたはずだ。本当は傷ついて壊れそうになっていて、それを隠そうとしていたんだ」

赤ちゃんは楽しそうに笑っている。心まで溶かされそうだ。


「お前のとーちゃんは殺人鬼じゃない。本物の殺人鬼にずっと脅されていたんだ。本物の殺人鬼は今もこの街に野放しになっている」

「あばあば」


「本物の殺人鬼は、お前のとーちゃんを自分の身代わりに差し出して、まんまと逃げおおせた」

「あば。きゃっきゃ」


「人間は誰しもが仮面を被っている。心を隠し、表情を押し込む。殺人鬼の分類の中で最も恐ろしいのは、一見普通のやつだ。一番イかれた殺人鬼は、一番仮面を深くかぶっている人物だ」

「きゃっ。きゃ」


「普通の格好で普通に人間社会に溶け込んでいる。そして、そいつが捕まった時に、みんな口を揃えてこういう『まさか。あの人が』ってな」

「あぶあぶー」


そして、俺は、目を覆いたくなるような悲しい真実を口に出した。

「この国では、どんなに非力でもルーレットの出目さえ良ければ誰でも殺人を犯すことができる」



俺はベビーベッドの赤ちゃんの目を見て、

「お前が本物の殺人鬼だろ?」



背筋を続々と何かが這い回る。まるで背中に直接ムカデを這わせているみたいだ。たくさん足のある気持ちの悪い昆虫が、無数にある足で背中をくすぐる。ぞわぞわとした感覚だけがやけに背中に残っていた。


悲しい真実だけが頭の中で、幾度も反響して溶けた。


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