ケンの確定負け
「不可能か。その言葉は何度も人間の前に立ちふさがる。努力をする人間や、頑張る人間はいつも不可能と戦っている」
再び剣を構えて、
『バトルルーレットスタート!』
「他人に無理だと言われても、計算上絶対に不可能でも、それでも俺は諦めない!」
『ピロリロリロリロ』
ルーレットは運命を背負って回転を始める。
「ルーレットの出目なんて関係ない! 不可能程度では、俺は絶対に諦めない!」
『リロリロリロ』
俺は肩で息をする。体力も精神力も限界だ。負けん気だけが体を動かしている。
「その様子じゃ次の攻撃で終わりじゃな。先に言っておくわしは今からダイヤモンドリキッドをもう一度飲む。そして、ケン殿の攻撃は防御させてもらう」
『リロリロリロ』
「そうすれば、ケン殿の出目がなんであれ、一切のダメージが入らない」
『リロ、リロ、リロ』
「小でも中でも大でも関係ないじゃ。もう散々試したじゃろ?」
確かに、どんな目が出てもニコニコおじさんには傷一つつかなかった。
『リロ、リロ、リ、ロ』
ルーレットはやがてゆっくりになっていく。なだらかな川の流れのようにゆっくりとその身を停止に近づける。時の潮流の中で、鎖が俺の体に巻きついている。まるで俺の時を止めようとしているみたいだ。まるで俺をこの先の未来に進ませたくないみたいだ。
『リ、ロ、リロ、リロ』
だけど、俺は体にまとわりつく鎖を引きちぎる。千切れた鎖のカケラがパラパラと落ちていく。
時は、いつも勝手に進んでいく。弱っちい人間が傷ついて、立ち止まっていても、時だけは自分勝手に流れていく。人間の気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれない。
時が勝手に進むから、人間は前に進んでいると勘違いをする。待っているだけでは、止まっているだけでは、何一つ運命は変わらないのに。
時の海の中で、ただ身を任せ、ゆらゆらと揺れているだけの者に勝利など訪れない。
怖くても、苦しくても、泣いちゃいそうでも、不格好でも、身を切りながら前に進むしかない。
前に進めない者に勝利など決して訪れない。
『リ、ロ、リ、ロ、リ、ロ』
おじさんは懐から取り出したダイヤモンドリキッドを一瓶丸ごと飲み干した。これでおじさんの運気は超絶好調。百パーセントいい出目が出る。
俺もおじさんもわかっている、次の一撃で全てが決まる。
『ピピピピピ! ピーン! 攻撃力小』
俺の最後の出目は、最悪だった。
俺は剣を持つ手にゆっくりと力を込める。燃え盛る水が、青空の中で炎のように揺れている。
「終わったのぅ。最後には、運にも見放された。哀れじゃな。次のケン殿からの攻撃をガードしたら、肛門から腸を引きずり出してやるのじゃ!」
おじさんは、ガードの姿勢をとる。
『ピロリロリロリロピピピピピ! ピーン! 防御力大』
おじさんの出目は当然のように最高のもの。再びダメージは無効化され、おじさんは上空に弾かれるだろう。
そして、戦いの結末を告げるあの処刑宣告アナウンスが流れる。
『次の攻撃で決着がつきます』
無機質なアナウンスはひどく冷たくて、体の芯まで凍えそうだ。
『ケン様の勝率はゼロパーセントです。次の攻撃で確定で負けます』
俺はニヤリと笑って、高く飛び上がる。大きく体を空中で錐揉みさせながら、剣を振りかぶる。俺はニコニコおじさんよりも高いところまで飛び上がった。
下に居る獲物をまっっっっすぐに捉えて、
「俺の勝ちだ」
勝利を宣言した。俺は体の底から全ての体力と気力を込めて、下方の敵へ最後の攻撃を放った。水でできた斬撃はまっすぐに獲物に飛ぶ。畝り、廻り、淀みながら空を泳いでいく。まるで、空の中に海を解き放ったみたいだ。
巨大な水の塊は、空の群青の中でやけに目立って見える。まるで空色のパレットにこぼした青色の絵の具みたいだ。
空に並ぶ羊雲が、次々と濡れていく。白い雲は水を吸って、しぼんでは消える。
潮流の爆音が響き渡る。滝の音を掬って空にこぼしたようだ。
攻撃はゆっくりと進んでいく。まっすぐに、獲物を目指す。
残酷な時の流れの中で、俺の攻撃だけが、前に進んでいく。不格好だけど、綺麗じゃないけど、それでも確かに前に進む。
ただ運に身を任せ、立ち尽くすだけのおじさんにできることなど何もない。
「バカなーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
そして、轟音とともに、空に存在する全ての水分がおじさんの躯体を激しく抱きしめた。
水だけでできた超重力のブラックホールが、おじさんを水圧で完膚なきまでに押しつぶしたのだ。
そして、俺は勝率ゼロパーセントの状態のまま勝利した。




