紅蓮花
「さっきのは全部お前の実話だったんだな?」
「その通りです」
「それで恥ずかしくて、心細くて、俺たちに八つ当たりしたんだな?」
「はい。ごめなさい」
「忘れていたけど、お前は生粋のプロのボッチだ。そうだな?」
「おっしゃる通りです」
「おい! ケンももうその辺でいいだろ。あんまりアリシアをいじめてやるな」
お前ら、公平な水屋で俺のことボコボコにしただろ? ま、いいか。
俺たちは、ニコニコおじさんの家についた。
「よくぞ殺人鬼逮捕に協力してくれたの!」
ニコニコおじさんは絵に描いたようにニコニコし始めた。
「さ、今晩はうちで休んでくだされ。幸いにも今日のわしの家には客間がありますじゃ」
「じゃあお言葉に甘えさせていたただきます」
「では、わしはやることがあるのでゆっくりしていってくだされ」
ニコニコおじさんは外出の準備を始めた。何か夜に用事があったから、夜に人を殺す殺人鬼を逮捕して欲しかったのかな?
「え? 今から?」
「ああ。ではの」
そしてニコニコおじさんは去っていった。
俺は、おじさんのお子さんと遊ぶことにした。アルはニコニコ奥さんと談笑している。
「ほら! お前は子供なんだからもう寝てろ!」
俺は赤ちゃんをアリシアからひったくると、
「よちよち。俺の名前はケンだぞう。ほーらいってごらん。ケンおじちゃんって」
俺は、そう言いながら赤ちゃんの体の状態を確かめた。確かに右手が骨折しているし、全身に細かい傷がある。
赤ちゃんは、じっとつぶらな瞳で俺を見る。潤んだその眼は、純粋で濁りのない湧き水のようだ。
「ケンばっかりずるーい。私にも抱っこさせてよー」
アリシアが駄々をこねる。
「俺が絶対にお前のことを守ってやるからな」
俺はアリシアに聞こえないように赤ちゃんに言った。不思議とそれは赤ちゃんに通じたような気がした。赤ちゃんは曇りなき目で俺の目を覗き返す。
俺はこの無防備な弱い命を守らなければならない。この子は俺となんの繋がりもないし、親戚でもない。だけど、俺の中の使命感がそうさせるんだ。
こんな生まれたばかりの小さな命の火を消させてたまるか!
俺は右手でそっと赤ちゃんの柔らかい頬を撫でる。透き通るような透明な肌を、俺の指がなぞる。すべすべでふわふわ。無垢なその柔肌は、触れただけで破れそうなほど弱々しい。
だからこそ、誰かがこの子を守らないといけないんだ。
「早く返してー。その子は私の赤ちゃんよー」
「うるせー。おめーの赤ちゃんじゃないだろ。勝手に戸籍改ざんするな!」
その後、俺たちは早めにベッドに行った。死んだように眠り、疲労を癒した。
[真夜中]
ぴちゃっ! ぼちゃっ! バチャバチャ。夥しいほどの流血は、まるで芸術作品のようだ。
刑務所の床も壁も天井も全てが朱に染まっている。まるで紅葉をそっくりそのまま移植したみたいだ。紅蓮に燃える血の花は、それはそれは綺麗だった。