孤独
「お料理、お焼きしまーーーすっっっっ!」
と、勢いよく七輪に水をぶっかけたのだ。
水は七輪内部の炎に接触し、その火を鎮火した。
『何を考えてんだ、あんた!』という台詞は今の俺の口からは出ない。
今日一日で様々なことを経験してもう怖いものなどないのだ。
「ありがとうございます!」
そういって、黒い煙を放つ七輪の網に付着している僅かな水を箸で掴んで口に運んだ。
「うん。水っ!」
と、叫びながら、食感を口の中で確かめた。
口の中で焦げ臭い水を転がす。
二度三度、下の上で回転した水からは水以外の味もした。
「なんだこの味付け? これは焦げ? いや炭か!
この水、炭部焼きだ。この料理は水の炭火焼だ!」
『パワーワードを感知しました。ケンの能力が向上します』
何度も聞いたアナウンスにも慣れてしまった。
俺は、アリシアと一緒に再度七輪に火をつけて、水を焼いてみた。
すると今度は、水が油を放ちながら七輪の上でみるみる焦げていくのだ。
固形化した水の塊は、鶏肉のように黒く変色していく。
水からは炭部焼きのいい香りが広がる。心地よい香りは俺の食欲を煽った。そして、
「「いただきまーす!」」
俺はアリシアは無我夢中で七輪の上で焼かれている水にかぶりついた。
口の中では、質量を孕んだ水がその存在感を嫌という程放つ。
俺は水を音が立つほど激しく口で噛み砕いた。
噛めば噛むほど中から肉汁のようなものが溢れて止まらない。
炭火焼きされた水は、炭の香りと共に、直接脳内に快感をぶち込んでくる。
「水を炭火焼にしたの初めてだ!」
そして、たらふく水料理を堪能すると、
「さ、そろそろ帰りましょうか。お会計お願いします!」
と、アリシア。何故彼女はこうも帰りたがるのだろうか?
ウェイターが来ると俺はポケットに入っていた小銭を取り出した。
銀色と銅色の小銭が何枚も俺の掌の上で光を反射している。
ウェイターがそれを見ると、
「それどこの国のお金っっっっっっ? そんなのウチじゃ使えないよっっっっっ!」
と、言った。
「あ、そうだった。俺、この世界のお金持っていないんだった」
「最初からご馳走するつもりよ」
そういうとアリシアが会計を済ませた。
「さ、会計も済ませたし帰りましょう」
「もうちょっといいだろ。食ったばっかりであんまり動きたくない」
「ケン、もういいでしょ。本当にそろそろ帰らないと、ケンが嫌なものを見ることになるわよ」
そして、いきなりアリシアは背後にいた人物に頭から水をバケツでかけられた。
勢いよくバケツから放たれた水は盛大にアリシアの全身を濡らした。
大きな音とともに、水の塊が俺たちの周囲の床に水溜りを作った。
「おい。なんだこれ? これもなんかの料理なのか?」
水を頭からかぶったアリシアは何も答えない。
なんだ? 雰囲気がおかしい。
俺はバケツでアリシアに水をかけた人物を見た。
そいつはウェイターではなかった。
先ほどのヒゲのおっさん。略してヒんだった。
「これは料理じゃねーよ!
これはこの悪魔の子に対する俺様なりの洗礼ってやつだ。
お前もうこの店に来るなって散々言っただろ!
お前がいると飯がまずくなるんだよ」
「そうだ。そうだ! お前は貧乏人らしく雑草でも食っていろ!」
と、アイスクリームを聞いていたお兄さん。
「さっさと帰りなさいよ! 私たちはあんたの顔なんて見たくないのよ!
この街にも二度と来ないでちょうだい!
あんたなんて、一人も友達がいないままの人生よ!」
と、マフラーとメガネを履いていたお姉さん。
気づけば、店中の客が俺たちのテーブルを囲っていた。
「なんなんだよ、これ?」
そして、アリシアに向けられた批難は罵詈雑言となって水のようにアリシアの全身を悪意で染めた。
その間、アリシアはじっと下を向いて耐えていた。
ただじっと時が過ぎるのを耐えて待っていた。
俺はそれを見て、体の中で何か黒いものが生まれたのを感じた。
しばらくすると、アリシアの周囲から人だかりは消えた。
「今見た通り私は嫌われ者だから、一人で先に帰っているわね。
ケンは好きに街を見ていていいわよ。
それと、もし嫌だったら私の家に帰らなくても、私は気にしないから」
そういうと表情が真っ黒になったアリシアが席を立った。
「お、おい」
そういうと俺はアリシアの後を追った。背後からは言葉の礫が容赦なく飛んできた。
「あんなやつ早くどこかへ行っちまえ」
「産まれてこなきゃよかったのに」
「消えろよ」
「さっさと死ね」
「お前に何ができるんだよ?」
「一生一人ぼっちで暮らせ」
「二度と顔を見せるな」
アリシアに追いつくと、アリシアの背中は寂しそうで壊れそうだった。
今ここで誰かが助けてあげないと彼女はずっと一人のままだ。
孤独の海の中で溺死してしまう。
俺は彼女の肩に手をかけて、
「水おごってくれてありがとな。
俺はアリシアの言う通り、この街で暮らすことにするよ。
今までありがとな。じゃあ」
そう言って俺は彼女の元を去った。彼女の後ろ姿は見ていられないほど矮小だった。