窮鼠猫に噛まれる
落ち着け、落ち着け、落ち着け。戦闘力だけなら俺の方が上だ。出目さえ良ければ、まず俺が勝つ。殺人鬼は、変な動物の鳴き真似のようなことばかりして、パワーワードは使ってこない。
落ち着けば勝てる戦いだ。落ち着いて、敵の攻撃に攻撃をぶつけよう。あとはいい出目が出るまでひたすら待つだけだ。戦いが長引いてもアリシア達が来てくれるはず。
「チュンチュン。カーカー。ホーホケキョ!」
雀、烏、鶯の鳴き声を真似ながら殺人鬼がニヤついている。口からは相変わらずよだれのようなものが滴り落ちる。それが彼の不気味さをより強く浮き彫りにした。
「アリシア早くきてくれ!」
俺の独り言が静寂を割いた。そして、
『バトルルーレットスタート!』
ルーレットは回る。ぐるぐるぐるぐると回る。そこに人間の命がかかっていることなど、知らずに回る。
[同時刻 アリシア視点]
私はトボトボと路地裏を歩く。
「うぇええええん。どこよここー?」
私は完全に迷子になっていた。かんっぜんに迷子だ。もうどっちからきたのかわからない。
「ええい! 今、こうしている瞬間にも、ケンは戦っているかもしれない。私だけこんなところで道草食っている場合じゃない!」
私は心に勇気の炎を熱くたぎらせた。
「私はもう迷わない! そう決めたんだから! まっすぐ自分の信じた道を突き進んでやる! それがこの私、アリシアなのよっ!」
私は、暗闇の中を走り抜けた。
「待っていて! ケン! 絶対に私があなたのピンチを救ってあげるわ!」
[ケン視点に戻る]
俺はふらつく頭をはっきりさせようとする。だが、首から上だけ別の生き物になってしまったかのようだ。全くと言っていいほど動かない。
その原因は、全身にまとわりつく痛みだ。そして、大量出血により激しい痺れが体を這いずっている。
「くそっ! 完全にピンチだ。アリシアまだか?」
俺は、防戦一方に追い込まれた。出目が悪すぎる。さっきからほとんど出目が小か中だ。防御するにも攻撃するにも出目が悪すぎる。
それに対して相手の出目はすこぶる良い。中が二回、小が一回、残りは全て大だ。
俺と殺人鬼の出目がかち合って、俺の体だけにダメージが入る。かれこれそんなやりとりを十分ほど続けた。
もちろん俺の出目が打ち勝つ場合もあったが、肝心の体力がもう残っていない。
この世界での戦闘がこれほど危険だったとは思っていなかった。この世界では、初撃を入れたほうがそのまま勝つことがほとんどだろう。
最初の一撃で、相手の精神と体力を根こそぎ削れば、あとは、いたぶるだけ。
たとえ、出目が悪くても、初撃で大幅に体力を削られているから、不利な状況で戦わないといけない。
「頭がガンガンする」
水に映った景色のように、揺れる視界の中に殺人鬼を探す。
床も空も壁も自分自身さえもぐにゃぐにゃと揺れて折れ曲がる。頭がぼーっとして、少し気持ちがいい。
「くそっ! しっかりしろ俺!」
俺は自分の手で頬を叩いて、気合いを入れる。
そして、水の剣を構え直す。
「うおおおおお!」
「ニャアン。ニャニャニャ。ニャアニャアア!」
殺人鬼に剣を振りかざす。
『バトルルーレットスタート!』




