瞬発力
殺人鬼は、じわじわと追い詰めるように迫ってくる。
「ゴルルルルル。グルグル」
殺人鬼は、喉を震わせるようにして鳴いている。トラの鳴き声のつもりか?
俺は傷をかばいながら後ずさる。気づけば、石壁の方に追い込まれていた。さっきと状況は真逆だ。
殺人鬼は再び肉切り包丁を高く振り上げる。
俺は、痛みを頭の隅に押しやって、水の剣の腹でガードの姿勢をとる。
『バトルルーレットスタート!』
再び機械的なアナウンスが流れる。その音は不利な俺をあざ笑うかのようだった。そして、ルーレットは止まる。
『ピロリロリロリロピピピピピ! ピーン! 防御力小』
「くそっ! またか!」
俺の水の剣は、途端に小さく薄くなった。こんなんじゃとてもじゃないけどガードなんてできっこない。
俺は、剣の腹を殺人鬼の方に向ける。薄くなって透明になった剣からは、殺人鬼の出目が見えた。
『攻撃力大』
絶望的な出目の組み合わせだった。俺の防御力は最低、敵の攻撃力は最高。殺人鬼はたーっぷりの笑顔を顔に浮かべる。間違いなく、心の底から殺人を楽しんでいる。
こいつの普段隠し通してきたであろう欲求など、もう隠すつもりはないのだろう。
この俺が、この殺人鬼の欲求のはけ口だ。
そして、左肩から右足に向かって大きく縦に斬撃を食らった。殺人鬼は、軽く肉切り包丁を振っただけだった。おそらく、ルーレットの出目によって威力が大幅に変動したのだろう。加えて、俺が下手に防御なんてしたから、それが返って殺人鬼の攻撃力を上げてしまったのだろう。防御力小だと、相手の攻撃力が増えている気がする。
俺は地面を蹴って、殺人鬼の横を抜ける。全身を貫くような痛みがあるが、今動かなければ死ぬ。
『バトルルーレットスタート!』
『ピロリロリロリロピピピピピ! ピーン! 瞬発力大』
今回は出目が味方をしてくれたみたいだ。俺は殺人鬼と少しだけ距離をとった。