まさかあの人が?
ここはどうやら、街の一番外側らしい。石壁と民家に囲まれた袋小路。もう逃げ場などない。
殺人鬼の顔はよく見えない。
「お前がこの街の人を脅かす殺人鬼だな! 俺はパワーワード使いのケン。お前を拘束させてもらう!」
「ヴヴヴヴヴ」
殺人鬼は喉を鳴らして威嚇のようなことをしだした。何だこいつ? 気味が悪いな。
「おい! 聞いているのか? 弁解するなら今だぞ?」
「ワンワンっ! ニャーニャー!」
殺人鬼は犬と猫の鳴き真似を始めた。
「お前ふざけているのか?」
俺は水で剣を精製。躙り寄るように殺人鬼に近づいていく。
「コケコッコー! コケコッコー! コケコケコケコケコケコッコー!」
「今度は鶏の真似か? 何のつもりだ?」
次第に殺人鬼の顔が露わになる。仄暗い闇の中に照らされたその顔は、特に知っている顔というわけでもなかった。ごく普通にその辺にいそうなモブ顔だった。
ごく平均的な黒目、髪の色はただの薄茶色。髪型も平凡そのもの。鼻も通常の平均的な普通の鼻。一見すると、ただのその辺を歩いている一般人だ。
だが、俺は知っている、こういう平凡な人間のふりをしている奴が一番やばい。
仮面で顔を隠して、本性は絶対にさらけ出さない。
超凶悪な連続殺人鬼が捕まった時などに、その人相はニュースなどで公開される。もちろん、いかにも犯罪者ヅラしたおっかないのもいるが、本当に怖いのはそういう奴らじゃない。
本当にイかれているのは、全く狂気を感じさせない顔の殺人鬼だ。
人間は、本当の自分を隠せば隠すほど、鬱憤が心の中に沈殿する。普通に振る舞い、普通に人と接し、普通に生きる。そういう人間のフリをした生まれつきのイカレ野郎が一番やばい。
心のビンの奥底に閉じ込めた、どす黒い感情は、長い年月をかけて育っていく。やがてビンの中には収まりきらなくなってしまう。そして、ビンは粉々に砕けて、中からはどろりとした殺意がねっとりと溢れてくる。
周囲にいた人間、友人、知人は、口を揃えてこう言う。
『まさかあの人が』
と。
最もイかれている類の殺人鬼は、一般人の皮を被った奴だ。最も殺人鬼から程遠い奴こそが、本当の殺人鬼なのだ。
殺人鬼は口からよだれを滴り落とす。月明かりを反射する一本の川が頬に生まれる。
ボタッボタッ!
地べたに落ちたよだれは、汚いシミとなった。
「汚い野郎だな」
「オウッ! オウッ! オウッ! オウッ!」
殺人鬼も俺の方に歩をゆっくりと進めてくる。
「今度はアザラシの真似か?」
「ウキキっ! ヒヒーン! ゲコゲコ ウホッ!」
猿、馬、蛙、そして俺の大好きなゴリラの鳴き声とともに、戦闘が始まった。