ゴリラの貝柱
俺は目の前に用意されたゴリラの丸焼きに、手を合わせた。お腹はもうペッコペコだ。
「「「いっただっきまーす!」」」
俺たちは、一等のゴリラの丸焼きを丸ごと一頭完食した。(一等なだけに。ぷっ)
もちろん三人で丸ごと食べられるはずなどないから、レストランにいた客、従業員にも大盤振る舞いした。
みんなで美味しくゴリラを食べた。味は、一般的なゴリラの味だった。普通のゴリラの味を想像していただければ、いい。そんな味だった。
「ふー食った食った」
「なかなかグロテスクだったわね? でも美味しかったわ」
「お前たちさっきまでゴリラの絶滅がどうとかって話していなかったか?」
「もう食用として調理された後なんだから、食うしかないだろ。それに結構うまかっただろ?」
「ううん。筋肉ばかりで私にはちょっと硬す、」
アルが言い切る前に、
「すっごく美味しかったわ! 無駄な脂肪のない歯ごたえ抜群の赤身! 丁寧に味付けされていてまるで食べる筋肉だったわ!」
と、アリシア。よほどゴリラが気に入ったのか、顔には笑顔がべったりと張り付いている。
「ああ。最高すぎたでごわす! ガチガチのムチムチ! これぞジャングルの幸って感じだったでごわす!」
と、モブキャラの一人。
「かみごたえは、まるで鍛え抜かれた筋肉のよう! 鋼鉄を調理したらああいった感じになるのだろうぜ!」
と、別のモブキャラ。
「うむう。丸ごと一頭焼かれたゴリラは、もはや戦車のような迫力だじゃ。なあ、アルトリウスさんもそう思うだじゃろ?」
と、さらに別のモブキャラ。
「あ、ああ。私もそう思う。筋肉が硬くてとっても美味しかった」
こいつさっきと言っていることが真逆だ。この女、空気を読んだな。
「ねーねーゴリラ博士! ゴリラについて質問があるんだけど?」
と、アリシア。
「ゴリラ博士言うな! んで質問ってなんだ? 俺にわかることならなんでも答えるぜ!」
「ゴリラって一頭いくらくらいするの?」
「えっ?」
俺は血の気が引いた。その様子に気づいた周囲の人が、
「まさかゴリラ博士、ゴリラの値段も知らないの?」
「え、あ、うん。値段はわからないな」
「ふーん。ゴリラ博士でもわからないことがあるのね。正解は一頭で二千万円ほどらしいわよ! ちなみに人間の腎臓もそれくらいだから腎臓を売ればゴリラが買えるわ!」
と、アリシア。
「てめー! なんで知っているのに、聞いたんだよ!」
俺はゴリラの値段を脳に深く刻みつけた。これでもうゴリラクイズでは負けない。
俺たちはしばらくテーブルでくつろいだ。なんせお腹の中はゴリラ肉でパンパン。弾けそうな風船みたいになっている。ちょっとつついただけで大変なことになりそうだ。
「お腹の中に“ゴリラがぎっしり詰まっている”と考えるとなんか怖いな」
『パワーワードを感知。ケンの能力が上がります』
「うおっ。久しぶりに能力が上がった。まあゴリラを食うことなんてそうそうないからな」
にしても少し喉が渇いたな。誰かキンキンに冷えたお水くれないかな。
「ケン。ものすごく喉が渇いてそうね! ちょっと待ってね。今、私が飲み物を注いであげるから!」
「お、ありがとう。っていうかお前人の喉の乾き具合が、見ただけでわかるの?」
「それくらい見ればわかるわ! はい! どうぞ! ケンには、特別にラグナロクのアタナシアよ!」
アリシアが俺に注いでくれたのは、水道水だった。
「お前、まだ昨日のネタ引きずんのかよ! もう水道水の話はいいんだよ!」
俺はコップに注がれた透明な水を一気に流し込む。
「くー! うまい! やっぱひえひえの水は美味しいな!」
「この世の快と悦を全て混ぜたかのような芳醇なブランデーじゃないのか?」
と、ニヤニヤしながらアル。
「だー、しつこい! ってかそろそろ帰ろうぜ! たっぷり観光したし、もう満足だろ!」
「それもそうだな」
「さーんせー!」
「お! ケンちゃんたちもう帰るでごわすか? またいつでも公平の国に遊びに来るでごわす!」
「ゴリラどうもご馳走様だろうぜ! また一緒にワイワイしようぜ!」
「ほれ! この国の特産品、ゴリラの貝柱だじゃ。生物じゃからすぐに食べるだじゃ!」
ゴリラの貝柱ってなんだ?
「ありがとう! また遊びに来るぜっ!」
そして、俺たちはレストランを後にした。両手にはたくさんのお土産。頭の中には幸せいっぱいの思い出がぎっしり。でも、何か忘れているような。いや、気のせいか。