空の上の居室
「さ、続いて最後の部屋をご覧くださいな! こちらが竜王の居室ですな!」
スクリーンに映されたのは、ただの空の画像だった。
(なんだこれ? ただの夜景か?)
「“なんだこれ? ただの夜景か?”と思ったそこのあなた! これはただの夜景などではございませんな!」
この人、なんでさっきから俺の心読むんだ?
俺はスクリーンをもっと目を凝らしてよく見た。
「え? 空中に何かある?」
「その通り!」
その瞬間、画像がアップされた。そこに写っていたのは、なんと空に直で置いてある家具の数々だった。
「なんだありゃ! 空中にベッドが備え付けられている! しかもプールや、風呂、ジムやキッチンも空中に浮いているぞ! 頭がおかしくなりそうだ!」
空中に備え付けられた家具の中でもプールと風呂はまじでおかしい。なぜか空中に四角い長方形の水の塊が浮いているのだ。入れ物も囲いもなく、ただただ空中に水が留まっている。
いや待てよ。これ知っているわ。俺のパワーワードでもやったことあったわ。きっと俺と同じ系統の能力者が作ったんだな。
「こちらの竜王の居室は、かつて竜王が寝ていた場所を加工して作ったものですな。竜王のあまりのパワーゆえに、空の性質が歪み、このようにホテルの一室となったのですな」
「「「おおお!」」」
周囲の客もテンションが爆上がりだ。
「こちらは空そのものがお部屋になっておりますな。空で栽培されたフルーツセットと、空から見える地上の夜景を楽しんでもらいますな!」
「すごいわね! 私テンション上がってきたわ!」
アリシアはその場でピョンピョン跳ねて喜びを表現している。子供か。
「あれ! よく見たら月を見下ろしていないか? すごい高さだぞ?」
アルは重たい義手で俺の肩をバキバキ叩きながら興奮を表現している。痛いんだけど。
「さあ! では早速クジ引きタイムといたしましょうな! 参加料は一人につき一万マニーですな! なお複数人でご参加の方は、全員で一部屋です。クジは引き直し無しの一回勝負。一等が先に出ても、すでに参加料を押支払いただいた場合は、返金不可ですな!」
そして、嵐のように人の波が、
「はいはい!」、「俺だ俺だ俺だ俺だ!」、「私が引くー!」、「俺が最初だー!」、「ワシじゃ! ワシが引くんじゃ!」、「俺も引きたい!」、「引く引く引く!」、「いただきますー!」、「うおー! 引かせろー!」
一斉にガラガラの前に殺到。
「よし! ケン! あんたが行ってきなさいな!」
と、アリシア。なんかちょっと喋り方、影響されている。
「ケン! 絶対に一等を引いてくるんだぞ! さもなければ殺す! 騎士の誇りにかけて!」
「よし! 俺に任せろ!」
俺は列の一番後ろに並んだ。
「くそー!」、「今回はハズレか!」、「また四等か!」、「やった今日は三等だ! コツコツ通い続けてた甲斐があったな!」、「ママのばか! もう知らない!」、「くそっ! 死ねっ!」、「くたばれ!」、「うんこうんこ!」、「バーカバーカ」
次々と、ハズレクジを引いていく客達。あちこちから不満と怒りの声が聞こえる。
「うわあ。みんな手のひらを返したようにボロクソ言っているわ。やっぱりギャンブルで勝とうとするとこうなるのね。ギャンブルなんてやるもんじゃないわ」
「そうだな。運で勝ってもそれは本当の勝利ではない。ただの虚像とまやかしの塊だ。人間の欲望を逆手に取った薄汚いシステムだな」
「本当よね。人間、真面目に働くのが一番よ!」
「ギャンブルで身についた金など、すぐに全部使ってしまうのがオチだ」
「私、なんだか冷めちゃった」
「私もだ。客の血走った目を見ていると、なんだか自分が恥ずかしくなってきた。私もギャンブルをすると、ああ言う顔になってしまうのだろうか」
「目を血走らせて、泣きながらギャンブルしている人もいたわよ」
「ああはなりたくないものだな」
「竜王の居室には、真面目に働いて、いつか普通に泊まりましょう」
「それがいいな」
真面目なことを言い出す女二人を他所に、
「そうだな。でも、俺は当たる気がする!」
俺の心にはもうとっくに火がついていた。もう何を言われても動じない。もう遅い。
「はあ? 無理に決まっているでしょ? 何部屋あると思っているのよ? ケン、この世にはお金なんかよりももっとずっと大切なものがたくさんあるのよ。私にとってその大切な何かとはあなたのことよ(友達として)。今の私たちはもう一人ぼっちじゃないわ。大切なものの存在を忘れないで」
アリシアは笑顔を顔に咲かせた。
「アリシアの言う通りだ。ケン、お前は家を売ってまで私のことを助けてくれた。あれで私がどれだけ救われたと思っている? もしお前が絶望の底に取り残されて、何もかもが嫌になったら私に言ってくれ! その時は、家でもなんでも売って、お前のことを救いに行く。私にとって、お前は光なんだ」
アルトリウスは照れ臭そうな顔を少し赤らめた。
「お前たち」
仲間の熱い台詞を聞いて、目が覚めたような気がする。
「ま、でもどの道宿に泊まるしかないからクジは引こう!」
そして、俺の番がきた。
「何名様で?」
「三名で一部屋頼む!」
俺は三万マニー支払った。
「では、お客様どうぞ」
俺はガラポンに手をかざし、かっこよく、
「ルーレットスタートだっ!」
そして、運命の歯車は回り出す。くるくる回るルーレットは、風を食べる風見鶏のよう。カラカラと無機質な音で鳴く。
この回転する円の上に、この俺の全ての人生が乗っかっている。全ての想いと全ての愛がこの一瞬にかかっている。
俺は悟った、この時のために生まれてきたんだ。
俺は、このために生まれてきたんだ。
俺は、ギャンブルをするためにこの世に生を受けたんだ。アリシアの見えない友達とかどうでもいい。正義の心とか愛とかそんなんどうでもいい。ただただギャンブルがしたい。
やめられないんだよ、ギャンブルが! この台詞言ってみたかったです。
体の中を最高潮の快感が波のように押し寄せる。『もしかしたら当たるかもしれない』その考えが、頭の中で堂々巡りをする。強い快感が、脳髄を浸して犯す。
『ピロリロリロリロ』
快楽物質が、脳からこぼれ出そうだ。ぐちょ濡れになった脳の中は、エンドルフィンで満たされている。
『当たるかもしれない』という希望が、俺の心を惑わせる。
『ピロリロリロリロ』
心臓の鼓動が激しく激しく高ぶる。一生で一番興奮している自信がある。なんだこの気持ち? やめられない。止まらない。いや、止められない! 止めたくない!
『ピロリロリロリロ』
当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ!
俺の脳の中では、欲望丸出しの心の声が飛び交う。聖なる祈りを空に向かって仰ぐ。神様なんて信じていないけど、神様どうか僕に運で勝たせてください! 努力してちまちま稼ぐとかやっていられないです。そんなことやりたくないです! 運で勝ちたい! 苦労をしたくない! 頼む頼む頼む頼む!
『ピロ、リロリロリ、ロ』
苦労なんてしたくない! 努力なんてしたくない! 運で勝ちたい! 運で勝ちたい! 今ならいける気がする! 今日は勝てる気がする! 勝利の女神が微笑んでいるような気がする! 俺は神に選ばれたんだ! 当たったら死んでもいい! 俺ならできる! 俺は自分の力を信じている!
『ピピピピピ! ピーン! 一等 竜王の居室』
「「いやったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」
建物がぶっ壊れるくらい大声を出したのはアリシアとアルトリウスだった。
俺はアリシアを見た。アリシアは泣いていた。目をカッと見開いて、滝のように涙をこぼしている。目を見開きすぎて、血走っているように見える。手を使わずに目玉をえぐり出そうとしているのか? こわっ。
俺はアルを見た。アルは立ったまま気絶していた。泡を吹いて、足をガクガクさせている。全身が痙攣して、すごくはしたない。つーかみんなこえーな。
俺は本当に嬉しい気持ちになった。心臓が張り裂けるくらい脈動している。皮膚の下から飛び出てきそうだ。全身を血液が滝のように巡る巡る。俺の喜びは絶頂の頂点に達した。これ以上の幸福などこの世にない。絶対にありえない。ここが俺の人生の最高点。我が生涯に悔いなどもうない。生まれてきて本当に良かった。そして、俺はテンションが上がりすぎて心停止した。つまり死んだ。




