屋内にある屋外
俺たちは、“公平なホテル”の抽選会とやらに参加することになった。
抽選会はホテルのロビーで行われた。ロビーはホテルの外観からは想像ができないほどだだっ広かった。まるでウェディングケーキのように、下から上に順に小さくなっている。
抽選会をやるためにそういう作りになっているのだろう。木とレンガでできた簡素で丈夫な作りだ。レンガの塊に木枠が縫いこまれているようだ。堅牢な組み合わせ方が、宿泊客に安心感を植え付ける。
そんなロビーには、十人ほどの旅行客の集団がいた。俺たちはその集団に加わった。
「さ! お集まりの皆様! 本日は“公平なホテル”をご利用いただきありがとうございますな! それでは早速クジ引きを開始しますな!」
俺たちの視線の先には、巨大なルーレット。そこにはこう書かれていた。
一等、最上階天空の間“竜王の居室”
二等、アヴァロン風“屋内にある屋外の部屋”
三等、ちょっといい部屋
四等、普通の部屋
「ふーん。竜王の居室ねー。そんなところに泊まれたらいいんだろうけどな」
「私は、屋内にある屋外の部屋が気になるな」
「はいはい! 皆様! 部屋のご説明をさせていただきますな!」
そして、ガラガラの奥にスクリーンが表示されて、写真が映し出された。
「まずはこちらをご覧ください! 四等、普通の部屋です!」
写真に写されていたのは、まごうことなき普通の部屋だった。普通のベッドに普通の冷蔵庫、ちょっと悪い景色に、普通の広さ。普通の部屋を普通に想像してくれ! そういって大多数の人が想像するような普通の部屋だ。普通すぎてなにもコメントができない。普通としか言いようがない。そして、おそらく俺たちが泊まる部屋だ。
「驚くほど普通ね!」
「ああ。全く同感だ!」
周囲の旅行客も、特になんの感想もないのだろう。談笑したり、上の空だったり、中には、壁のシミを数えている人もいる。
「次にこちらをご覧くださいな! 三等、ちょっといい部屋ですな!」
写真に写されていたのは、先ほどの部屋よりもちょっといい部屋だった。大きくてやや豪華なベッド。非常に清潔そうで、目に入れても痛くなさそうだ。白いシーツが眩しい。
景色はさっきの部屋とは格段に違っている。綺麗な夜景が楽しめそうだ。周囲のビルの縫い目から見える月も悪くないだろう。夜景を焼き付けながら飲むジュースは格別だろうな。
テーブルには盛りだくさんのフルーツセットがサービスでついている。色とりどりの花束のように美しい。ここでちょっと食レポっぽいことをしたいが、先ほど散々馬鹿にされたためやめておくことにしよう。
「ここに泊まれたら最高だな!」
「ま! 現実は、三等に当たったらラッキーくらいだろう」
周囲の人々もやや食いつき気味でスクリーンを凝視している。先ほどとは打って変わって、もう壁のシミを数える人はいない。
「この部屋では、綺麗な夜景とフルーツセットを楽しんでもらえますな! 何かの祝い事とかで、“普段より一個ランクが高い部屋に泊まろう”みたいな部屋でございますな!」
ホテル従業員は続ける。
「さ! 続いてはお待ちかね! 二等のアヴァロン風“屋内にある屋外の部屋”でございますっな!」
「え? なんだこれ!」
スクリーンに映し出されたのは、まごうことなく屋外だった。
無限に広がる群青色の空。その下には、なんと無限に広がる大海原! そして、その大海原を見渡せるビーチがスクリーンに映し出されていたのだ。
そのビーチには、なんと砂に直でベッドが置いてあるのだ。黄金の砂の上に直で直接白いベッドが置いてある。もはや嫌がらせのように見えなくもないが、これは贅沢なのだろうか?
「なんだか異様な光景だな」
と、アルトリウス。
ベッドの横には、ライトテーブル。もちろん砂の上に直だ。
「「「おおおー」」」
異様な光景に盛り上がる一同。これ贅沢なのか?
スクリーンに映し出された映像は、切り替わる。
映し出されたのは、ビーチに直で備え付けられているキッチンだった。これどうやって備え付けたんだ?
まさか、水道とか電気をビーチの下に引いているのか? 流石にそんなわけないか。
「今、ご覧になっていただいているのは、屋外キッチンですな。なんと水道も電気もビーチの下に引いていますな!」
まじか! 砂の中に水道とか埋め込んでいるのか! ってかなんでそんなことすんの?
映像はさらにもう一度切り替わる。
そこに映し出されたのは、
「これビーチにリンゴがなっているのか?」
なんと、ビーチに生い茂るリンゴ園だった。どのリンゴも赤々と育ち、丸々と太っている。きっと太陽の光をたっぷりを浴びて熟成しているのだろう。
っていうか、なんでリンゴ? しかもビーチに直っておかしいだろ。だって海水で普通の植物が育つわけないだろうに。まさか、リンゴがしっかりと育つように地下で真水を流しているのか? いや、そんなわけないか。
「こちらのビーチのリンゴ園は、地下で真水を流しておりますな!」
なんでだよっ! ビーチにリンゴって別にあんまり嬉しくないだろう。
「ビーチにリンゴを植え付けることでアヴァロン風にしておりますな」
そういうことか。っていうかアヴァロンってなんだよ。
「「「おおおおおー!」」」
だが周囲からは、俺の反応と真逆の歓喜のような反応が起きた。
「これぞ屋内における最高の贅沢! 屋内で屋外に宿泊できるなんて!」
いや、いじめじゃね?
「まさかリンゴでアヴァロンを表現するなんて! 隠された芸術は、真の幸せを私たちにもたらしてくれる!」
もたらさねーよ。
「ここに泊まれたら死んでもいい!」
そんなに? そんなにいいの?
周囲の人々の反応は、この部屋の希少価値を高めた。あんまり泊まりたくないけど、みんながいいなーいいなー言うと、なんかいいものに見えてくる。
「この部屋に泊まりたいって思っている自分がいるわ!」
「私もこの部屋に泊まりたくてウズウズしてきた!」
「実は俺も!」
俺たちの気持ちはいつの間にか一つになっていた。
「この部屋は、当ホテルの十八階にあります」
「え? まじで室内なんですか?」
「ええ! こちらの部屋は室内にあります。パワーワードの使い手が、技術と能力を駆使して、屋内に作成しました。“ありえない!”と思ったそこのあなた! 是非泊まってみてくださいな!」
俺は唾をごくりと飲み込んだ。
「さ、続いて最後の部屋をご覧くださいな! こちらが竜王の居室ですな!」
スクリーンに映されたのは、ただの空の画像だった。
(なんだこれ? ただの夜景か?)
「“なんだこれ? ただの夜景か?”と思ったそこのあなた! これはただの夜景などではございませんな!」




