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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第三巻 公平の世界
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第三巻 公平の世界



第一章 公平の国


俺は目の前のおじさんの顔を見る。おじさんは、顔面の全部に笑顔を貼り付けている。いかにも科学者っぽいビン底眼鏡が可愛い。目はにっこりと笑っていて、口にも楽しげな笑みを浮かべている。まだ三十代だろうが、雰囲気がおじさんだからニコニコおじさんと呼ぼう。


ニコニコおじさんの優しい笑顔は、人に感染しそうだ。だが、彼のにこやかな表情と裏腹に依頼内容は重たく暗かった。

「あの、もう一回言ってくれます?」

「殺人鬼を殺して欲しいんです」

おじさんは笑顔をたっぷり顔に塗りつけて言った。なんでこんな笑顔でそんなサラッと言えるんだよ。怖え。


「えとー。おじさん外国人ですよね? 国はどちらですか?」

「ハイデルキアのお隣の公平の国じゃ!」

「アル? 公平の国って?」

アルトリウスは元ハイデルキアの姫。国交の知識くらいあるだろう。

「公平の国というのは、ハイデルキアのお隣の国のことだろうな!」

と、元気よくアルトリウス。


「いや、それは俺でもわかるよ! どういう国なのかって聞きたいんだよ! この国との関係とか!」

俺は、ずっとこの国で暮らしているから、外国についてよくわからない。

「なんだ。そういうことか。公平の国は、とても公平なんだ!」


「いや、それは流石にわかるよ! 赤いリンゴの色は何色って聞くようなものじゃないか? 公平な国っていうんだから公平なんだろ。それで、この国とはどういう関係にあるんだ?」


「わかったわ! これは引っ掛け問題ね! 赤いリンゴの色は、きっと青色よ! このリンゴは、事前にペンキで青く塗ってあったのよ! ふふん! どう? 正解でしょ!」

と、アリシア。


「ちげーよ! お前は話をややこしくするな!」

「ケン。そのリンゴとやらの色は果たして本当に赤いのだろうか? なぜならリンゴは赤いものだという先入観が我々にはある。そこがポイントなのだろ?」

と、何を勘違いしたのか、アルトリウスがトンチンカンなことを言い始める。


「いいや。この問題でケン殿が問いたいのは、本当にリンゴがあるのか? ということなのじゃよ。お主らはシュレディンガーの猫という理論を知っておるかの?」

と、依頼人のニコニコおじさん。

「おい! なんであんたまで話に入ってくるんだよ! つーか何しに来たのあんた?」

「「シュレディンガーの猫っ?」」

アリシアとアルは興味津々だ。


「待て待て! その話は後だ! まずは依頼の話を片付けよう! 依頼人のおじさんはここに遊びに来たわけじゃないんだ! 俺たち“なん”も暇じゃない。いいか? 俺たちがこうしている間にも、この世界にはたくさんの問題があるんだ。病気、不平等、虐待、殺人。俺たちは何でも屋だ。俺たちが頑張らないとこの世界から悲しみは消えないんだ!」

俺は思いっきりテーブルを素手で叩いた。右腕に痺れにも似た熱い何かがこもる。


「ケン」

アリシアは目が覚めたかのように、真面目な顔になった。

「この世界は、傷だらけで苦しんでいる! あちこちから出血が起きて、怪我をしている。俺たちは、その傷口をなかったことにはできない。だけど、傷口にそっと布を添えてやることはできるはずだ! 俺たちが何もしなかったら、世界は腐っていく一方だ!」


「ケン」

アルも真剣な表情で俺の顔を覗き込む。凛々しい瞳に、照明の光が写り込んで煌く。

「俺たちに、今できることは何か? それが今の議題なんじゃないのか? 何をすればいいのかわからなくても、手を拱いて待っているわけにはいかない! 幸運の女神は、待っているだけのやつには微笑んでくれないんだよ!」

ガンっ! 俺はまた右手でテーブルを叩いた。乾いた音が空気を汚す。


「ケン殿」

ニコニコおじさんも真剣な表情を顔に浮かべる。

「俺は弱い。俺一人の力じゃ、殺人鬼なんて捕まえられない。アルトリウス! アリシア! 俺に力を貸してくれ!」

「うんっ!」

「ああ!」

「俺たちに遊んでいる暇なんてない! さあ仕事だ!」



「以上の根拠により、先ほど俺たちが話題にあげたリンゴの色は、金色だということになった。俺が唱えた問題は、実は引っ掛け問題だった。裏の裏をかいて、辿り着いたこの結論に誤りはないと、俺は信じている。他のみんなは、異議はないか?」

「ありません!」

「ない!」

「ワシもじゃ!」


「そうか。すごく嬉しいよ。まさかリンゴの問題が、相対性理論と核融合の理論の融合問題の応用だったなんて思ってもいなかったよ」

「そうよね! リンゴの正体が判明した時は、びっくりしすぎて腰を抜かしたわ! ねえ! 私の腰はもう元に戻ったのかしら?」

と、地面で腰を抜かしているアリシア。いや、戻ってない。


「私もこんな有意義な会議に参加させてもらえるとは思っていなかったよ。最後のオチは、まさかリンゴの中に入っていた一匹のイモムシが、おっとこれ以上は言えないな。これは私たちだけの秘密なんだ」

と、アルトリウス。腕を組み、頭を振っている。


「ケン殿の問題提起から、この世界の謎がまた一つ解き明かされてしまったのう。この世界の起源は、もしかしたらワシらの思いも寄らない何かが起きていたのかもしれないのう」

“また”ってなんだよ。今日初対面だよね?


「今日は本当に楽しかったな。久しぶりにこんなに笑った気がするよ」

「さてと、ワシはそろそろお暇しようかの」

ニコニコおじさんは席からゆっくりと腰を上げた。

「なんだよ。もう行っちまうのか。もっとゆっくりしていけよ」


「そういうわけにもいかん。ケン殿っ!」

「なんだ?」

「今日はとても楽しくおしゃべりできた。また遊びに来てもいいかの?」

「ああ。もちろんだ。いつでも遊びに来てくれ!」


「ワシはケン殿と会えて良かった。今日という日をワシは忘れない。ワシとケン殿、アリシア殿、アルトリウス殿の友情は不滅じゃ」

「へへっ! よせよ。照れるじゃねーか」

俺はニコニコおじさんと固い握手を交わした。お互いの掌が交わり、友情をより固いものにした。


「じゃあ! ニコニコおじさんもいつでも来てね!」

「この家は、自分の家のように思ってくれていいからな!」

そして、ニコニコおじさんは自分の国に帰っていった。


おじさんがいなくなった瞬間、椅子でできた家のリビングに一陣の風が吹いた。

「あのおじさん何しに来たんだ? つーか俺たちは何やっているんだ?」

あれ? あのおじさん依頼をしに来たんじゃなかったっけ?

「しまった! 話が脱線しすぎたー!」

その瞬間、アリシアとアルも気づいたらしく、ほっぺに両手を当てている。


「ケンが変なリンゴの話するからでしょー!」

「なー! 俺のせいにすんじゃねーよ! 元はと言えば、オメーが訳のわからないボケを入れてくるからだ!」

「まあまあ二人とも落ち着け!」

「「アルだってノリノリで、リンゴの擬人化の形態模写やっただろ!」」


「な! それは言わない約束だろ!」

「約束破ったらなんだっていうんだよっ!」

「お前をぶった切ってやる! 騎士の誇りにかけて!」

その後、ひとしきり喚いて、騒いで、騒いで、騒ぎまくった。



そして、朝がきた。

「よし! これでブラックホール情報パラドックスとバリオン非対称性問題の二つの問題に相関を見いだすことができたな! アモルファス固体のニュートリノ質量が鍵だったなんて驚きだ!」

「そうだな! それに、私はケンの提唱した銀河の回転曲線問題もなかなかいい問題提起だったと思うぞ!」

「本当にそうね! ところで私の腰はもう元に戻ったのかしら?」

と、地面で腰を抜かしているアリシア。いや、戻ってない。


その瞬間、コンコンっ!

乾いたノックが椅子の家にこだました。

「こんな朝っぱらから誰だ?」

俺が玄関に行くと、

「ワシじゃ」

ニコニコおじさんだった。

「あ、おじさん」

「あのう。依頼があるんじゃが」

ですよね。


そして、ようやく俺たちは依頼の話に戻った。


[翌日]

俺は準備を整えると、リビングに行った。そこにはもうすでに準備を終えたアルトリウスが待っていた。銀色の鎧に黄金の髪が映えている。金と銀のコントラストは見る者の視線を奪い取る。

「遅いぞ」

彼女は振り返り、青い瞳をちらつかせる。その二つの球体の中には、かつて見た絶望などどこにもなかった。雲ひとつないような空を加工して、眼窩に封じ込めたみたいだ。


「悪い! 早速行こうぜ!」

「私の腰はもう治ったかしら?」

と、地面で腰を抜かしているアリシア。俺は彼女を無理やり立たせた。


「ほら。行くぞ!」

そして、俺たちは、公平の国に向かった。




ニコニコおじさんの依頼内容はシンプル。国に出没する正体不明の殺人鬼を探し出して、殺害してほしいとのことだ。最初からそう言えばいいのに。


殺人鬼の正体は全くの不明。殺害方法は多岐にわたるらしい。殴り殺されていたり、丁寧に麻酔で眠らされてから、殺されていたり。

「なー。公平の国は、ハイデルキアの隣の国なんだろ? どういう国なんだ?」

「国全体が一つのパワーダンジョンになっている国だ」

「ほえ? どういうこと? まさか国全体がパワーダンジョンになっているの?」

と、アリシア。


「そう言っているだろ!」

「ちょっと待て! 国全体がパワーダンジョン? そんなことあり得るのか?」

「ああ。当然だ」

「ええ。当然よ」

と、アリシア。さっき『ほえ?』って言っていたよな? 気のせいか?


「そうか。ありえないことが起こり得るのがこの世界だったな。それでどういうパワーダンジョンなんだ?」

「国の領土内で、常に一つのルールが掲げられるのだ」

「どんな?」


「ふふっ。着いてからのお楽しみだ」

そして、俺たちはさらに歩いた。ハイデルキア以外の国に行くのは初めてだったからワクワクした。

外国に行くのは異世界に行くみたいだ。知らない土地、知らない食べ物、知らない人。知らないものが自分の周囲にあるなんて、刺激たっぷりで最高だ。


全てが新鮮で、真新しい。瞳に映る全ての景色が輝いて見える。まるで、黒と白で塗りたくられた人生に、絵の具で新しい色を加えるみたいだ。


そして、あっという間に公平の国に着いた。


そこは、ぐるっと一周レンガで囲われている国だった。石造りの町並みは、簡素で平凡だが趣があり、俺の心を楽しませた。

だが、街の建物を見た瞬間、

「なあ。ここって公平の国なんだよな? これのどこが公平の国なんだ?」


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