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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第二巻 後半 若い老婆
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vsロブ?


[ローズの過去]


出会いは運命的ではなかった。ただのどこにでもあるような偶然だった。花屋の前で突っ立ている男にあたいが声をかけた。そんなにイケメンじゃないし、見るからに貧乏そうだった。だけど、なんとなく声をかけた。

「これはあたいの好きな花。あんたは知っているかい? バラの花言葉はバラの本数によって変わるのさ」

「いや、よく知らない。バラにはどんな花言葉があるんだ?」

過去のフラッシュバックはここで一旦途切れる。




青い海に、白い砂が溶けている。海と砂の境界は、海の世界と陸の世界の線引き。そこを超えることができる生物は、ごくわずかだ。


大半の生物は、最初に生まれた側の世界で一生を終える。生き物の運命なんてそんなものだ。いつもいつも自分の意思とは全く関係ないところで決まっていく。

あたいの両膝の上に乗った彼の頭を撫でる。愛おしく、優しく。黒い髪の隙間をあたいの白い指が泳いでいく。

「なあ。あたいたち付き合ってからどれくらいだっけ?」


「さあ。三年くらいじゃないか?」

風があたいの側を通り抜ける。さざ波の音に、風の音がゆっくりと溶ける。

過去のフラッシュバックはここで一旦途切れる。





オレンジ色の光の束が、地表を鮮やかに染め上げる。夕暮れは、世界を華やかに彩る。

太陽が死ぬ前のあがきは、地上に住む生物を綺麗に洗う。溶かした黄金の光の中で、彼は私に、唇を優しく押し当てる。あたいはそれを拒まない。


あたいはお腹を手で押さえながら、彼の口づけを受け入れる。

彼の唇は、あたいの心に触れてくれる。触れた箇所から、何かがあたいの心の中に流れ込む。ずっと二人でくっついていれば、永遠に幸せなままでいられる。このままずっとずっとここでこうしていたい。一瞬を切り取って氷の中に閉じ込めてしまいたい。


だけど、永遠なものなんてどこにもない。

だからあたいはこの時の思い出を、永久に脳に刻みつけた。人間はいつも脳に思い出を残したがる。永遠なものなどないから。いつか消えてしまうから。それが怖いから。忘れたくないから。


手を繋ぐことにも、キスすることにも、なんの意味もない。

だけど、そんな意味のない行為に、大事な意味があるような気がした。

過去のフラッシュバックはここで一旦途切れる。





血と鉄の匂いが空を汚す。空気は淀んで、今にも空から落ちてきそうだ。肺の中に飛び込んできた砂埃は、ひどく乾いていて嫌な匂いがした。頭から流れる血のせせらぎは、あたいの白いドレスに赤い刺繍を施したみたいだった。


ふらつく頭は今にももぎとれそう。少しどこかにぶつけただけで、首から上が取れてなくなっちゃいそうだ。

あたいは首筋に手を当てた。脈は激しく動き、大きく裂けた首筋から沸騰するほど熱い血潮が流れ出る。流血は止まる気配を見せない。幾つにも枝分かれした川のように、体の上を這っていく。

思考が揺らぎ、心臓が痛む。手足には震えが満ち満ちている。


敵は巨大なパワーワードモンスターが五体。ただの不運だった。ただただ運がなかった。

「ゲボッ!」

あたいは大きな血泡を地べたに吐いた。


「ローズ! しっかりしろ!」

「もうダメよ。あたいはあんたがカレピでよかった」

あたいは諦めの台詞を口に出した。


「そんなことを言うな!」

あたいの大好きなカレピは、力強くたくましい声をかけた。こんな逆境でも諦めないなんて最高にかっこいい。

「でもこのままじゃあたいもあんたも殺される」

弱々しい声を発した。まるで死にかけの鳥の最後の鳴き声。


「俺はお前のことが大好きだ。例え俺がジジイになってボケてもお前のことだけは覚えている。一生お前のことだけを愛すると誓う。お前は俺のことをどう思っている?」

「あたいも大好き」


「例えお前がシワまみれのババアになっても、俺はお前のことが一番好きだ」

あたいの目から血ではない液体が流れた。彼が今から何をする気かわかった。

「うん。嬉しい」


「俺は今から自爆する。お前はその隙に逃げろ!」

心の中から透明な何かが溢れて止まらない。


「いやよ。あんたがいなくなるなんて考えられない」

「ダメだ。それに俺は絶対に死なない」

巨大なパワーワードモンスターが少しずつ距離を詰めてくる。


「どうしてそんなこと言えるの?」

「パワーワードは不可能を可能にする。ローズ。俺に力を貸してくれ」



パワーワードの分類の三つ目は、その人の人生を変える一言。そして、それは嘘であってはいけない。



「あんたのことが大好き!」

『パワーワードを感知しました。ロブの能力が大幅に上昇します』


「さあ! 行け!」

あたいは突き飛ばされるようにして、駆け出した、背後を振り返らずに。そうすれば彼の死を見なくて済むから。



そうすれば彼がどこかで生きているという希望にすがりついて生きていけるから。



「あんたのことを愛している!」

『パワーワードを感知しました。ロブの能力が大幅に上昇します』

力いっぱい駆けた。走って走って走り抜いた。風が血染めの頬を少し冷ました。だけど、溢れる血と涙が私の顔を汚していく。


「あんたのことを忘れない!」

『パワーワードを感知しました。ロブの能力が大幅に上昇します』

流れる血液は、全身から流す涙のごとく垂れ続ける。


「あんたがどんな姿になっても、一生愛している」

そこからは、パワーワードのアナウンスが聞こえなくなった。だけど、あたいは叫び続けた。彼への愛を口に出し続けた。声が枯れるまで叫んだ。声が出なくなるまで叫んだ。





そして、死に物狂いで街に戻った。


ロブは帰ってこなかった。


周囲の人には、たくさん同情の言葉をもらった。


『忘れて前に進め』、『他にもいい男はいる』、『元気を出せよ』


そんなことできるわけないのに。


あたいは泣くのをやめた。そして、彼がまだ生きていることを信じ続けることにした。パワーワードは奇跡の塊。もしかしたら彼はまだ生きているかもしれない。パワーワードの産物になってしまっているかもしれない。死にながら生きているかもしれない。


その希望だけを胸に、刻みつけて、自分をだましだまし生きていくことにした。これから何年たっても、あたいはこの希望を信じ続ける。






[現在]

「私は、いや、俺は人間なのか?」

ローズと抱き合う人型ロボットは、スピーカーから機械音を流す。

「ローズ! そいつから離れろ! おそらくパワーワードの産物だ!」

ローズは俺の声を無視して、ロボットに話しかける。


「あんたは、人間。機械でできた、血の通った人間よ。ロブという人間がパワーワードによって生きながらえた姿よ!」

ロボットは、ローズを腕から解き放つ。

「ここは俺に任せて下がっていろ」


「その台詞、やっぱりあんただ」

ロボットは、俺たちを敵と認識したのだろう。


「ローズは俺が守る」

ロボットがこちらを向き、殺意を放つ。機械の頭部に埋められたガラスの目玉はどこか寂しげだった。



「ローズ! そのロボットに言ってくれ! 俺たちは敵じゃない! 一緒にここまできただろ! 忘れたのか?」

そして、ローズは俺の顔を見ると、

「あんた誰?」

「ローズ! 思い出してくれ! 俺はお前の友達だ。ケンだ! また忘れてしまったのか?」

「いや! あたいに話しかけないで! あんたなんか知らない! 嫌いよ!」

ローズは目を閉じて、頭を苦しそうに抱え込んだ。きっと、自身の病気と闘っているのだろう。



「ローズを傷つけるやつは、この俺が許さない!」

そして、命を得たロボットととの悲しい戦いが始まった。




俺とアリシアとアルトリウスは抜刀。抜き身の剣が悲しく光る。

「あのロボットは、ローズの彼氏ではない! 今はそれを説明している暇はない! アリシアとアルは俺を援護しろ!」

「がってん!」

「わかった!」


俺は水を巨大な錨の形に変形。宙に浮いた錨は、船と海底をつなぎとめる赤い糸。錨に力を加える。回転する錨は、空中に渦潮を生み出す。トルネードでできた服を着ているみたいだ。弾けるような水しぶきが、とぐろを巻いて旋回。時折頬にかかる水滴は、焼けるように熱かった。


アリシアはその錨に炎を加えた。錨から溢れる水滴をパワーワードを使って加熱。そして、発火させた。だがアリシアが生み出した炎は通常の炎ではない。


完全に液状化しているのだ。粘つく炎が蜂蜜のようにとろける。マグマを水で薄めたようなサラサラのその炎は、錨に絡みつきながら飛沫を飛ばす。


巨大な火炎から生まれる光は、見る者の瞳を刺す。

炎を纏いながら回転する錨は、炎と水のダンスみたいだ。


アルトリウスは、スケッチブックに雷を描き、具現化。クレヨンで描かれたいくつもの折れ線は、鎖のように錨に巻き込まれる。チリチリ弾ける音が、雷の持つエネルギーを物語る。


周囲に地響きが広がる。錨から発生する轟音は、寄せては返す波のよう。パワーダンジョンの全てに広がり、反響しつつ増幅。鳴動する轟音が錨の中心から解き放たれる。まるで、活火山の噴火直前の映像のようだ。水と炎と雷は、互いに互いに溶け合い、体を重ねる。


水が炎の中を泳ぎ、雷の中を炎が進む。

水と炎がぶつかると、温度差から黒石が雨のように降る。

炎と雷がぶつかると、線香花火のように瞬いて弾ける。

火花の吹雪にマグマのシャワーが重なり、悶え踊る。


回転が最高点に達した状態で、

「「「行けぇええええ!」」」

三人の全ての力を解き放ち、空を割いて、錨は穿つ。


そして、その全力の攻撃では、ロボットに触れることすら叶わなかった。




何か一瞬閃光のようなものが走った。それしか捉えることができなかった。

輝く光が俺たちの攻撃を一瞬で蒸発させたのだ。まるで光によって俺たちの攻撃がかき消されたかのようだった。


俺は上体を起こすと、自身の生を確認した。

「なんだ今の攻撃? まるで歯が立たなかった」

背筋を悪寒のようなものが舐める。

「俺は人間だ。俺は強い。俺はロブ、人間だ。機械じゃない」

ロボットはブツブツ機械音を発しながら、直立不動の状態だ。


周囲を見渡すと、俺の少し後ろの方にアリシアとアルがいた。

「大丈夫か?」

「アルちゃんは気絶している。私は大丈夫よ」

アルはアリシアのそばで、ぐったりとしている。

「アリシア。ローズに使おうと思っていたアレを渡してくれ」

「何に使うの?」

「これであの機械に現実を突きつける。あいつはおそらく自分のことを人間だと思い込んでいるんだ」

誰かが長い年月をかけて、パワーワードで仕込んだに違いない。


「わかった。私はどうすればいい?」

「そこで、俺が勝つところを見てろ!」


俺は、アリシアから黒い布のかかった板を受け取ると、足元に水でレールを作った。足には水でできた車輪を装備。攻撃と防御を捨てて機動力だけを限界まで特化させる。

「いくぞ!」


そして、ロボットに向かって突進していった。

ロボットは、右手を変形させた。機械仕掛けの腕は、パラボラアンテナのように大きく開く。花開いた腕に、周囲の光エネルギーが収束。

「さっきの攻撃をやる気だな」

俺は、素早く方向を変えて、攻撃の方向をアリシアから逸らす。弓状に曲がりながらロボットに向かっていく。


「消えろ!」

ロボットは手からロボットらしく巨大なレーザー光線を解き放った。レーザーは俺を追い続けながら部屋の中を駆け回る。天井から床までを舐め尽くす。レーザーの触れた箇所は、瞬時に溶けて、蒸発。輝く光のムチは、周囲の無機物を貪りながら俺を追いかける。


これでさっきの錨は蒸発したんだ。おそらくパワーワードと最先端技術の結晶なのだろう。


レーザーはジグザグに地面をえぐりながら俺を追い詰める。俺は水の上を滑るようにして進んでいく。レーザーの破壊圏から逃れつつ、徐々にロボットに距離を詰めていく。


部屋の一番右の壁際まできた。そして、壁に足をつけて、その上を滑走。

「逃すか」

レーザーもそのあとを追う。壁に敷かれた水のレールの跡をレーザーが重ねるようにして破壊していく。壁に掘られた轍は、生々しい傷跡のようだ。


俺は更に速度を上げる。加速する水の滑車は激しい水しぶきを撒き散らす。

そして俺は、天井に足をつけてその上を走り出した。上下反転した世界は、頭の中をひっくり返す。空に向かって落ちそうだ。地面から落っこちそうだ。必死で重力に抗いながら、空を駆けていく。


「ローズは俺が守る」

ロボットは、地面から大量の機械ケーブルをツタのように伸ばしてきた。ケーブルは触手のように悶えながら部屋を埋め尽くす。


まるで巨大なイソギンチャクに襲われているようだ。空中に解き放たれたケーブルの嵐は、凪ぐことなく暴れる。機械の手足はドロドロと床を這う。ヌルヌルと空を滑る。


「死ね!」

ロボットの合図とともに、俺に向かって触手は伸びる。右からの攻撃を飛んでかわし、上からの攻撃をしゃがんだ。左からの攻撃を避けて、下からの攻撃を飛んで避ける。


ケーブルの牢獄の中で、激しく動き回りながら翻弄する。だがケーブルはさらに加速する。床から天井から壁から新たな触手が生えてくる。ジャングルが次々と俺の周囲に誕生しているみたいだ。


「チッ!」

俺は、徐々にケーブルに追い詰められ始めた。足元を蠢くケーブルに足を取られる。左右からケーブルが腕に噛み付いてくる。


そして、機械の毛糸玉の中に完全に閉じ込められた。もう逃げ場なんてどこにもない。

「もらった!」

ロボットは勝利を確信し、冷たい音声を放つ。



そして、閉じ込められたはずの俺は、一瞬でロボットの背後を取った。


完全に背後を取った。今なら勝てる。背後から首のケーブルを引きずり出せば俺の勝ちだ。

「もらった!」

「何っ? 完全に閉じ込めていたはずだ!」

ロボットは振り返り、攻撃に備える。


だが、俺は攻撃することなくアリシアから預かった板から黒い布を外す。



「これを見ろ!」



その瞬間、勝負にケリがついた。


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