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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第二巻 後半 若い老婆
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生きた一石二鳥


第七章 パワーワードバトル機械編


私たちの目の前に現れたモンスターは矛盾を孕む機械達だった。

手前の一匹は、機械でできている水。

右手には機械でできた一石二鳥。

背後には、機械でできた花鳥風月だ。


不可解な見た目のモンスターたちだ。もし誰かがこいつらの名前だけを聞いたらどんな姿のモンスターを想像するだろうか? そんなことあたいには知る由もない。


一番奥にいるのはなんとただの人型ロボットだ。なぜただの普通の機械がこんなパワーダンジョンの奥深くにいるんだ? パワーダンジョンの中では逆に珍しい。

「四対四で戦う! 俺は水。アルは背後の花鳥風月。アリシアは一石二鳥。ローズは一番奥にいる人型ロボットを見張っていてくれ! 行くぞ!」

そして四対四の戦闘が始まった。





[ケン視点]

俺は目の前にいる機械でできた水を見た。水はうねりながら鎌首をもたれる。

水とは物質の名前のことだ。『水は何からできている?』と尋ねられたら『水は水だ』としか答えようがない。

『木は何でできているの?』、『石は何でできているの?』そんな質問と同じだ。“もうそれ以上は分解できないような物質の成り立ち“を問うても答えなど返ってこない。

木は木としか言いようがないし、石も石としか言いようがない。


水や木は本来原料となる側の物質なのだ。


例えば、かき氷は元をたどれば水でできている。椅子は元をたどれば木でできている。


だが、今、俺の目の前には一匹の機械でできた水がいる。こいつは、パワーワードを使い、通常ありえない材料から水を表現している。矛盾を孕んだ文章は、モンスターに生命を与え、強くする。


「それナノマシン(とっても小さな機械)だな?」

『その通りです。ピーピーガーガー。我は、極微小な機械でできた津波であるです』


こいつはパッと見、灰色の水にしか見えない。時折波打ち光沢を放つ表面は、テラテラ輝くなめし革のようだ。ミミズや蛇のように体をくねらせながら俺に近寄ってくる。


さざ波が立つ体表には、一雫の殺意が込められている。機械は体が揺れるたびにナノマシンの粒を雨粒のように床に落とす。ビチャビチャと水が落ちる際の擬音が聞こえる。床を這う音は、せせらぎの音そっくりだ。目を閉じれば、透明な小川が見えてきそうだ。

「水よ! 燃えろ!」


俺は、空気中の水分を右手に凝縮、一振りの剣を生成した。手の中で焼ける水が獲物を求めて舌なめずりをする。青い湯気が空に向かって伸びていく。


そして、血も涙もない機械の猛攻撃が始まった。


『ピーピーガーガー! 死ぬです!』

機械でできた水は、一気に体を持ち上げ、津波のように押し寄せる。機械の津波は通常の水のように地べたを這いずる。


俺は水を固形化させて周囲に撒き散らす。機械と水の相性は最高。触れた箇所から機械はショートを起こして沈黙し始めた。自分の体の周囲にバリアーを張っているみたいだ。


それを見て機械でできた水は、うねりながら回転。先端を槍のように尖らせてこちらに突き攻撃を繰り出した。

俺は一気に右手で水を操り、竜巻状に変化。そして、ナノマシンの蛇にそれを絡める。


正面から違う回転方向の竜巻をぶつけた。左右の違う方向に回転する二匹の龍は、絡み合い抱き合った。水色と灰色が混ざり合い、綺麗なグラデーションを生み出す。網膜に焼き付いた芸術は、今が戦闘中であることを忘れさせてくれた。


回転はさらに激しくなる。右に回ろうとする竜巻に、逆回転を与えているのだから当然だ。

焼きながら冷やす。飛びながら落ちる。下がりながら上がる。二つの矛盾する目的を同時に行った時のように、竜巻はその威力を弱める。


水色の体に溶けたナノマシンは、パチパチと悲鳴をあげながらやがて動かなくなった。

そして、バケツをひっくり返したように、水の塊が床に飛び散った。ナノマシンの死体もたくさん浮いている。

足元を汚す機械の波は、俺の靴にぶつかって止まった。


完全に沈黙した機械は、まるで人間の死体のように冷たかった。





[アリシア視点]

私の目の前にいるのは、機械でできた一石二鳥。四字熟語が機械でできているなんて信じられない。


このパワーワードモンスターは二匹の鳥と一つの石でできている。鳥のうち片方は“機械でできたカルガモ”で、もう片方は“機械でできた白鳥”だ。左がカルガモ。右が白鳥だ。その鳥の間を一つの石が激しく往復している。卓球選手が激しいラリーをしているようだ。


石はきっと磁石か何かだろう。カルガモと白鳥はそれぞれ磁石でできており、永遠にラリーが続くように調整されているのだと思う。


『あなたを殺すカモ』、『嬢ちゃんを殺スワン』

二匹の鳥は同時に喋る。


「炎よ! 濡れろ!」

私は何もない空気中の酸素を発火させた。空気に溶けた炎は、私の手の中に収まると液状化した。剣のような形になって溶けながらグツグツ煮立っている。手からは冷たい水の感触が伝わる。まるで剣の形の液体を握っているようだ。


剣からこぼれ落ちた炎は床に落ちると、ビチャビチャと音を立てた。真っ赤に燃える炎が水のように床を伝って広がっていく。

『『死ねっ!』』


二匹の鳥は、私の躯体を挟み込む。カルガモは私に左半身を向け、白鳥は右半身を向けている。

『クワックワックワ』、『スススススス』


そして、二鳥の間を飛び交う一石が私に向かって飛び込んできた。私は炎の剣の腹でガード。

ズボっ!

「何っ!」


石は勢いよく剣を貫通。私は頭を下げて石を避ける。頭上をかすめた殺意の球は、カルガモ側から白鳥の方へと抜けていった。


相当強い引力と斥力で、石をコントロールしているのだろう。炎なんかじゃ防ぎきれない。私は攻撃を捨て、回避に専念した。


往復する石の弾丸をしっかりかわしつつ、思考を淀ませない。敵の体の向き、強すぎる威力、四字熟語の表す意味、どこかに弱点があるはずだ。考えろ。考えろ。考えろ。


『殺すカモ』、『殺スワン』


私の右ほほを石がかする。私の左脇を石が舐める。私の右太ももを石が触る。私の股下を石が抜ける。私の左耳を石がかじる。


電光石火のごとく襲い来る石をひたすらかわし続けた。石の動きは単調。能力で操っているというより、磁石の性質で操っているような印象を受ける。


左側から殺意を孕んだ石礫が飛んできた。風を石が切っている。

『死ねーーー!』


私は何度も石をかわして目を慣らした。いけるはず。勇気を出して右手で迫り来る石を掴んだ。そして、逆らうことなく石と共に白鳥の方へ飛ぶ。石に引っ張られるおまけみたいだ。


『何っ? 石を掴むだとっ?』

手の中で石だけが白鳥に向かって体を飛ばす。私はそれにひっついているだけだ。右手がちぎれそうだ。体がバラバラになりそうだ。空気の塊をえぐりぬく弾丸は、白鳥の元に届いた。


私は直前で右手を離す。手のひらから出た血液が透明な空気を汚す。そして、白鳥の背後に回り込む。視力の弱い白鳥はキョロキョロと周囲を探る。

『どこだ?』

「私の勝ちよ!」

私は白鳥の体を両手で掴んで、向きを反転させた。


『何スワン?』

そして、白鳥は自身の体から発生させている強力な磁力によってまっすぐにカルガモの方へ飛んでいく。

『ス?』


右から左に平行に落下しているみたいだ。映画に出てくる光の中を飛ぶ宇宙船みたい。極限まで圧縮された弾丸はもう止まらない。自身の体を槍のようにカルガモの体に突き刺した。


『カルっ!』『ぐワン!』

「あなたたちの短所は、あなたたちの長所よ」

『どういうことカモ?』

カルガモと白鳥はお互いの体を磁力でぴったりとくっつけている。接着剤で接合した後、さらに溶接したみたいだ。


「あなたたちの武器は、パワーワード能力により超強力になった磁力。私の炎の剣を貫通するほどの威力だったでしょ?」

『だからなんだス?』

カルガモと白鳥は一心同体。完全に固定されて一つの置物のようになっている。


「そして、あなたたちは自分自身の攻撃をコントロールできていないような印象を受けた。パワーワード使い同士の戦いなのに、喉や心臓を狙わずにランダムに石を飛ばしているようだった」

カルガモと白鳥は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「さらに、あなたたちは常に体の向きを固定して、その間に石を往復させていた。


カルガモの左半身がエヌ極なら白鳥の右半身がエヌ極。

カルガモの左半身がエス極なら白鳥の右半身がエス極。


だから、白鳥のあなたの体の向きを左右反転させたのよ!」

私はかっこよくキメポーズをとった。右の人差し指を哀れなモンスターに向ける。左手を腰に当てる。

(あたしかっけぇー!)


そんな私に鳥どもはチャチャを入れる。もう私の勝ちだっちゅーのに。

『『でもまだ俺たちは死んでいない!』』

こいつらはエヌ極とエス極をくっつけながら喋っている。


「あなたたちの二匹の磁力は、くっつくことによりさらに強まる」

『『だからなんだっ? まだ勝負は終わっていない!』』

私は再び、かっこよく決めポーズをとった。

(あたしかっけぇー!)

「あなたたちは負けたのよ! 敗北という二文字を脳裏に焼きつけなさい! 自分の負けを認めない者に勝利は訪れない! あなたたちを屠ったのは、この私、アリ」


チュドォォォーーーン!


遠くから飛んできた石の塊が、一撃で二匹の鳥を仕留めた。石の槍は亜音速で鳥たちの体を突き破った。食い破られた箇所には、手のひら大の穴が空いている。


鳥の胸に開いた虚無は、私のちょっぴり虚しい心のようだ。





[アルトリウス視点]

私の目の前にいるのは、機械でできた花鳥風月。一石二鳥と同じ、動く四字熟語だ。全く、四字熟語が意識を持って動くなんて信じられない。


花鳥風月という熟語は、よくマンガ家やゲームクリエイターに好まれるかっこいい四字熟語だ。


花鳥風月というのは、花、鳥、風、月などの美しい自然を愛することだ。そして、それらの自然を題材にした詩や絵を生み出すこと。


例、私は都会の喧騒を離れ、花鳥風月とともに暮らすことにした。(都会を離れ、自然の中で暮らすことにした)


目の前にいる敵は、そんな四字熟語を如実に表していた。


地べたから伸びる機械でできた枝。その先に花弁を広げるのは、椿と楓。深紅の花と深紅の花が互いの紅を高めながら、誇張しあい、競い合っているみたいだ。


枝は当然機械でできている。花はガラスのような何かでできている。無機質な彫刻のような花は自然の美とは程遠い。枝の先には習字で使う半紙のようなものが垂れ下がっている。


その機械でできた枝に止まっているのは一匹のウグイス。機械でできていて、小さいカメラを眼窩でパチクリさせている。

『ホーホケキョ』


口腔内に内蔵されているであろうスピーカーが機械音を放つ。口には筆をくわえている。きっと能力に必要なのだろう。

枝の少し上空には三日月が浮いている。三日月はガラスでできた光源のようだ。周囲に光の因子を撒きながら、その身を空に横たえる。


そして、それら全ての機械どもは、どこからともなく吹く風に時折煽られている。

「風流とは程遠いな」

こいつの能力はおそらく、私と似たようなものだろう。

「さあ! 筆を抜け!」

私は懐からノートブックとクレヨンを取り出した。


花鳥風月も同様に、筆を構える。


そして、芸術(描く)と芸術(書く)の殺し合いが始まった。


ウグイスは口にくわえた筆でサラサラと半紙に何か書き始めた。

私は、ノートブックにクレヨンで剣と盾を描いた。

「絵よ! 動け!」

ポンっ!

可愛らしい音とともに、カラフルな剣と盾が生成された。剣は、赤と黄色とオレンジで描かれたおもちゃの剣。歪んだ線が逆にその芸術性を高める。


盾は青と水色と緑。捻れた線は、絵の均一性とバランスを崩している。

私は剣と盾をそれぞれ装備、口にクレヨンを咥えた。剣と盾を両手で打ち鳴らすと金属の快音が聞こえた。持った感触と、触れた感触は、ただの紙だが鋼鉄と同じ強度がある。


『ホーホケキョ』

可愛らしい機械音とともに、ウグイスは描いた詩を見せてきた。


『風そよぎ 揺らぐその首 夜の月』


その瞬間、突然、風の塊が私の体を襲った。どこからともなく発生した暴風は、私の首をねじ切ろうとしているみたいだ。首から下には、何のダメージもないが、首から上は今にももがれそうだ。

「ぐあっ!」


左右に上下に、また左右に首を弄ばれる。風の塊の中で首だけが、ゲームコントローラーのスティックのように動く。台風の中に頭だけ突っ込んだみたいだ。


そして、風がひとしきり私の体を揉むと、右上から機械の月がその体で切り裂いてきた。開店しつつムーンサルトを放つ。私はそれを絵の盾でガード。金属と金属がぶつかり火花が地面に溢れた。

「どうやら詩を現実にする能力で間違いなさそうだな」

(そして、おそらく詩の中に、自然の描写を挿入する必要があるはずだ)


私は、体を再び花鳥風月の方に向けた。すると、

『ホーホケキョ』

「何っ! もう次の詩が完成したのかっ?」

ウグイスは完成した詩を見せつけてきた。


『首落とす 舞い散る花弁 花吹雪』

『かまいたち うき首落とし 浮き身かな』

射干玉ぬばたまの 黒き月夜の 赤血潮』


「何っ! 同時に三つだとっ!」

そして、詩は抽象から現実になる。一次元から一つ次元を飛び越える。三次元になった詩は明確な殺意を抱いていた。


ウグイスの止まっていた木から大量のガラスの花弁が空を泳ぎ始めた。舞い散る花びらは血のように真っ赤だ。激しく赤色を放ちながら空を漂う。それらが一斉に私の首めがけて飛んできた。それはまるで花吹雪のようだった。


ウグイスの周囲に吹いていた風が、勢いを増していく。鎌を振るう時のようなヒュンヒュンという音が鼓膜に嫌に残る。風が質量を孕んで刃物になったみたいだ。かまいたちは私の首めがけて、切りつけてきた。まるで私の憂な表情の首を血だまりに浮かべたがっているみたいだ。


「くそっ!」


そして、私の首は一撃で落とされた。周囲の地面に赤き血潮が小さな海原を作り出した。地面に広がる鮮血で描かれた芸術作品は、物寂しくも趣があった。


それを見て、

「危なかった」

私は、地面に落ちた私の首を見つめた。


「直前に自分の首の絵を描かなければ、確実に死んでいたな」

私は絵で自分の首だけをなんとか描き、それを身代わりにした。無念の表情を浮かべた私の首が、詩の通り、血だまりの中に浮かんでいる。


「今度は私の番だ」

私は盾捨て、ノートブックを持ち、“春愁秋思しゅんしゅうしゅうし”と“滴水成氷てきすいせいひょう”を絵で描いた。


春愁秋思 春や秋に物寂しいと感じること。何となく気分が落ち込むこと。


滴水成氷 冬の厳しい寒さのこと。


春愁秋思の方は、ウグイスが抑鬱状態になり、詩を詠めなくなってしまった悲しい絵を描いた。絵の中でウグイスは、絵に描いたように落ち込んでいた。


滴水成氷の方は、冬雲が月を覆い、椿と楓を枯らせた描写。それと風が死に絶え、凪となっている様子も描いた。

「絵よ! 現実になれ!」

その瞬間、花鳥風月に四季の暴力が襲い来る。こいつらは四字熟語から生まれた存在。なら四字熟語を同じようにぶつけてやればいい。


ウグイスは絵の通りに、ひどく落ち込みだし、月も風も花も冬によって殺された。

花鳥風月の動きは次第に弱くなる。舞い散る花弁はやがて全て地面に寝転がった。

月は完全に冬雲に隠れて、見えなくなった。


風は凪に飲まれて消えた。

『ホーホケ』

そして、最後にひと鳴きしてから花鳥風月は完全に停止した。


それはまるで、死んだ四字熟語。凍りついた海の上に浮かぶ巨大な氷山のようだ。花も鳥も風も月もない。

風流のない花鳥風月は、もうその存在意義を有することができなくなった。




[ケン視点]

戦闘を終えると、ローズを除く全員が集まった。

「全員無事のようだな。あれ? ローズは?」

「見て! あそこ!」

アリシアが指差す方向を見る。三人分の視線がローズの姿を捉える。彼女はゆっくりと一番奥にいた人型ロボットに近づいていく。


「ローズ何やっている? そいつから離れろ! 危険だ!」

ローズは俺たちを無視すると、なんとそのロボットと熱い抱擁を交わした。



「やっと会えた。あたいのカレピ」

ロボットは、“ケーブルがいくつものびた機械の腕”をローズの小さな体に巻きつける。


「こんなになってまであたいのことを思っていてくれたんだね」

「私は、誰だ?」

「あんたはあたいのカレピ。その手に持っている花がその証拠」

ロボットは右手にシンプルなバラの花。


「これは何ていう花だ?」

ロボットは自分が持っている花がなんなのかわかっていないようだ。





「それはバラ(ローズ)。花言葉は永遠の愛」



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