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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第二巻 前半 騎士殺し
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戦いの結末

俺たちの様子を見て、騎士たちがざわつきだした。

「なんだな? 殺すんじゃなかったのかな?」

「兄様様子が変だぜ」

「兄様兄様様子が変だぞ」

「ならアルトリウスごと殺すしかないな」

十一人の騎士たちは俺たちを取り囲む。虫一匹這い出る隙間などない包囲がにじり寄ってくる。


「でもどうやって戦うんだ? あいつら次の一撃で俺たちを即死させるはずだ。そうなったらパワーワードもクソもない!」

「なら何か考えろ!」

俺は水を操る。アルトリウスは絵と忠誠心を操る。

「あいつらの忠誠心を奪えないか?」

「無理だ。実力差がありすぎる。そんなに都合のいい能力じゃないんだ」


騎士がさらに近寄ってくる。

「出来損ないのスクラップめ!」


なら水と絵で戦うしかない。水、水、水。絵、絵、絵。何かないか? 何かないのか? ここで何か思いつかないと二人とも殺されてしまう。


その時、頭の中に一枚の絵が浮かんだ。

「そうだ!」

俺は懐から一枚の絵を引きずり出した。

「お前これを現実にできるか?」


「無理だ」

アルトリウスは素早く即答した。


「ならやれ!」


「はあ?」

「パワーワードは不可能であればあるほど、可能に近づく。この絵を現実のものにしろ!」

俺が差し出したのは、あの時の子供が書いてくれた絵だ。


【私は絵を描いたの。あなたは私のヒーローよ!】

女の子が俺に絵を差し出す。絵には、俺が悪者をやっつけているシーンが描かれていた。


勝機はこの絵にしかない。

「これを現実にしろ!」

「なんだこの絵?」

「その絵は俺が悪者をやっつけているシーンの絵だ!」

逆転するには、“勝利という結果”の絵を現実にするしかない。

「私が描いた絵じゃないと現実化できない。それにこんな抽象的なものそもそも現実にできない!」

「アルトリウス。お前はなんども自分が笑っている姿を絵で描いた。そしてそれは叶わなかった」


騎士たちがにじり寄る。

「殺してやる! 虫けら!」


「今から、お前は自分の力で叶えるんだ」

俺は地べたで動くはずのない義手を必死で動かすアルトリウスの姿を鮮明に思い出した。

『うん! 私頑張る!』そう言って、幼きアルトリウスは泥の上を這った。

アルトリウスの瞳からヘドロが消えた。澄んだ空色の瞳が夜の闇の中で星のように輝く。その瞳は、幼き日の彼女の瞳によく似ていた。まだ希望に満ちていた彼女の目にそっくりだった。


騎士がすぐそばまで来た。

「役立たずのクズめ!」


俺はアルトリウスの瞳を見つめて、

「やるんだ! 急げっ!」

アルトリウスは頷く。絵に右の義手を乗せる。義手の金属に映った彼女の瞳が湾曲する。“もう頑張りたくない”そう心に決めたアルトリウスは十数年ぶりにもう一度だけ頑張ることにした。


「絵よ。私の代わりに動け」

「頼む! 上手くいってくれ!」

そして、絵は燦然と輝く光の塊になった。まばゆい輝きが大広間を上から下まで覆い尽くす。完全に光で埋め尽くした後は、アルトリウスと俺の手の中で巨大な剣になった。


「何をする気か知らないが、もう遅い! くたばれっ!」

騎士たちは一斉に襲いかかる。


手の平の中で鼓動する光の剣は胎動し、鳴動し、静止しながらうごめいている。はちきれそうな躍動感が必死でブレーキをかけているみたいだ。手を離せば飛んで行ってしまいそう。


「いくぞ!」

「ああっ!」


そして、俺はアルトリウスの背中から彼女ごと剣を抱きかかえる。二対の両手はしっかりと剣を掴む。剣はつかも唾も刀身もすべてが光一色だ。太陽からこぼれ落ちた光のしずくをそのまま掬って武器にしたみたいだ。透明な光の塊は、俺たちの掌の中で生物のように呼吸をする。抱えきれないほどの光の束が、アルトリウスの顔にかかる。


そして、

「いけえええええ!」

俺たちは、剣を抱えつつ、回転し薙ぎ払った。


特大の閃光車輪は、空気をちぎりながらその身を爆散させた。闇をかき消す光の因子は、バケツをひっくり返したようにその場を埋め尽くした。光の洪水は心の中にまで入り込んで、闇を溶かして無くしてくれた。

暗い暗い暗い夜が明けた。長かった辛かったアルトリウスの夜は、今、ようやく明けたのだ。


街は目を覚ました。まだ夜明け前にも関わらず、空は白んで、輝きを放つ。


王城から発せられる極大光が次々と民の瞼をノックする。


「ママ! 朝だよ」

小さな子供が、母親を起こそうとしている。

「まだ朝の四時よ。あれ? 本当ね」

その子の母親と思しき女性は、目を覚ますとベッドの上で不思議そうな顔をする。


「な、なんだ急に夜が明けたぞ?」

散歩していた男性が、空を仰ぐ。


「わんわんっ!」

犬は嬉しそうに跳ね回る。


夜を引きちぎった光の津波は、野を駆け、山を滑り、空を泳いだ。地べたの上を颯爽と走っていく。地表を舐める光の流星群は、まるで水のようだ。街の建物の間をうねりながら縫っていく。


光の潮流は、希望を零しながら奔走していく。もう暗い闇なんて影すら存在できていない。街から全ての影を切り取って何処かに隠したみたいだ。


長い長い一瞬だった。夜の途中で植え付けられた朝は、次第に収まっていった。


徐々に薄くなる光のベールの中で、

「私の勝ちだ」

アルトリウスはその手で勝利を掴み取った。


「ゆ、許してくれー」

十一人いた兄たちは、完全に戦意を喪失した。地べたにうずくまりガタガタ震えている。もうこちらに立ち向かう気力など残っていないのだろう。


そして、勢いよく奥の扉が開く。

「何事じゃ?」

声の主は、この国の王だった。王は部屋の中を視線で舐める。地面に伏す我が子を見て、俺を見て、アルトリウスを見た。

「アルトリウスなんでここにいる? 何が起きたのじゃ?」

そして、アルトリウスと俺は事情を全て説明した。


「事情はわかった。だがもう十分じゃろう。たった二人の人間に王宮の奥まで攻め入られるとは、なんたる失態。これでは国民に示しがつかん」

王は叱責するような視線を息子たちに浴びせる。


「ひいっ!」

王はアルトリウスを再び見つめる。お揃いの青い瞳から飛び出た視線が交差する。

「今回のことは兄たちの所業を鑑みて不問にするが、王宮に攻め入ってきたのも事実。今後この王宮には近づくな。それとお前は破門じゃ。もう娘でもなんでもない。消えろ」

事件のもみ消しということなのだろう。


「おい! 待てよ! あんたアルトリウスの父親なんじゃ」

「よせ! ケン。もういい」

「でも!」

「いい。もういいんだ」

そして、俺たちは城の裏口から逃げるようにして出た。その時、こっそりとビリビリにされた円卓の騎士の絵を拾っておいた。


城を去る時のアルトリウスはどこか吹っ切れていたみたいだった。胃がんが切除されたような顔をしている。淀んだ瞳から濁りは消えて失せていた。

「これからお前はどうするんだ?」

静寂の中に二人分の足音が響く。コツコツコツコツ。砕けた沈黙の破片は、やけに耳に残る。

「何も。ただ存在するだけの日々に戻るさ。一日中、窓の外を眺め続ける。どうしようもないんだ。不幸に人間は抗えない」


「でも」

俺が言い終わる前に、

「おーい! ケン!」

アリシアが俺に声をかけた。

「アリシア?」

「急に空が光ったから何かと思ったわ! やっぱりケンだったのね! あれ? お姫様はなんでケンと一緒にいるの?」

俺はアリシアに事情を説明した。




「そういうことか」

「それと」

俺は続けてアリシアにあることを耳打ちした。

「ええっ? 本当に?」

「ああ。じゃあ任せたぞ」

俺はアリシアとアルトリウスを放置してその場を後にした。




[アルトリウス視点]

ケンが去ると、

「じゃあ行きましょうか?」

「行くってどこに?」


アリシアは私の義手をとって、

「ほら! ダッシュ!」

私を連れていく。引きずられるように、私は義足を動かした。機械的な関節音が辺りに響く。ガチャガチャ歌っているみたいだ。煩い音は、少しだけ暖かく感じた。



そして、

「ここは私が攫った騎士の家?」

アリシアは騎士の家をノックした。

ガチャリ。中からは騎士が出てきた。

「なんだ? こんな朝っぱらから。ん? お前俺を誘拐した女か?」

そして、私たちは怒号のような罵声を浴びながら、今回の事件を謝罪した。


次の家でも同じようなことが起きた。罵詈雑言を頭からかけられながら、事件に全く関係がないアリシアは、私とともに謝罪した。


その次の家でも同じだった。人格否定をされるような言葉の雨は、容赦無く降り注ぐ。


そして、全ての騎士の家を訪ね終わると、

「怒られちゃったね」

「アリシアだったな? なんで私と一緒に謝ってくれるんだ? お前になんの得がある?」

「んー? 得か? 得はしないかな。強いて言えば、昔私も同じように、助けてもらったんだ」

なんとなくだが、アリシアはケンの話をしているような気がした。


「そうか。礼を言う。私はこれで失礼する」

「ダメよ!」

「な、なんでだ?」

「アルちゃん。あの絵本の家に帰るつもり?」

「アルちゃん? アルちゃんってなんだ?」


「いいから答えて!」

「そうだ! あの絵本の家に帰る」

「そこで何をするの?」

「何もしないさ。ただ死人のように毎日食事を喉に運ぶだけだ。私の人生はただの作業と同じなんだ」

「せっかく手足があるのに?」


「そうだ。手足が動くようになっても不幸な人生は不幸なままだった。私は誰からも必要とされずに、死ぬまで生き続けないといけないんだ!」

「アルちゃん。あなたは、自分から不幸に身を委ねているのよ。不幸は雨と一緒。全ての人に等しく降り注ぐ。全ての人間が何らかの形で不幸を味わっている。全ての人間は苦しみながら生きている」

アリシアの瞳は力強く光る。朝焼けを眼窩に閉じ込めたみたいだ。


「多くの人は両手足を持っている。だけど地べたを這うようにして生きているのよ。手足があっても、立ち止まって動けずにいる人もたくさんいる」

「黙れ」



アリシアは、少し潤んだ瞳で私をしかと見て、

「手足がないことを、前に進めない言い訳にしないで」



「うるさい! お前に何がわかる!」

「私と一緒に来て」

アリシアが私に手を差し伸べる。ずっと私が欲しかったものだ。ずっと誰かに助けてもらいたかった。ずっと求めていたものだ。


だけど、

「断る。もう私のことなんか放っておいてくれ」


空に太陽が昇る。爽やかな風が朝日に混じる。溶かした黄金のような光線が、私の髪に当たって跳ねる。弾き飛ばされた光のかけらは、その身をそっと周囲に散らす。


「断るわ」


そして、アリシアは私の手を無理矢理掴んで、走り出した。足を一歩踏み出すたびに、生きていると実感できた。体が風にぶつかるたびに走っていると実感できた。瞳に光が打ち込まれるたびに自分の存在を感じた。


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