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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第二巻 前半 騎士殺し
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騎士殺しの正体

第二章 騎士殺し


騎士殺しの正体は、見るものの目を焼き尽くすほどまばゆい金髪の女騎士だった。

女騎士は、俺に向かって言い放つ。

「騎士の誇りにかけて、私は騎士を殺す」

『パワーワードを感知しました。アルトリウスの能力が上昇します』


「何で騎士殺しの中から騎士が出てくるんだよっ!」


女騎士は、溶けた黄金を頭から被ったみたいだ。ぶつかった光を打ち返す金髪は、まるで朝焼けのように煌めいている。


氷のように冷たい瞳は、空よりも青く。海よりも深かった。鮮やかな青色はどこかくすんで見えた。まるで絶望をくりぬいて眼窩に無理やり突っ込んだみたいだ。


女騎士には四肢が無かった。両手両足には、機械仕掛けの義手足のようなものがついている。きっとこれで巨大なミノタウルスの着ぐるみを操っていたのだろう。痛々しい偽りの四肢は、まるで操り人形の手足をもいでくっつけたみたいだ。


俺は彼女の顔を穴があくほど見つめた。どこかで見たことがある顔だ。そうだ。こいつは捜索依頼が出ていた姫だ。

「お前この国の姫のアルトリウスだろ?」

「殺す!」

殺意の塊は、鼓膜を揺らす。


「捜索依頼が出ていたぞ? みんなミノタウルスにお前が誘拐されたと思っている」

「殺すっ!」

青い瞳から放たれる視線は、まっすぐに俺の体を捉える。それがナイフで突き刺されるより痛かった。


こいつは間違いなくハイデルキアの姫。そして、騎士を誘拐して国家の転覆を企んでいる。

「俺たちはあんたを助けにきたんだぞ? 何でその姫が、自分の国を攻め落とそうとしているんだよっ!」

「殺してやる!」

そして、彼女は得体の知れない殺意をぶつけてきた。




[数ヶ月前]

いつものように俺の元に依頼が届いた。


「お兄ちゃん。お願いパパを助けて!」

「私のパパもいなくなっちゃった」

「騎士殺しに連れ去られたの」


依頼をしてきたのは、街に住む小さな子供達だった。どの子の親も騎士だ。

彼らの話を詳しく聞くと、どうやらハイデルキア中の騎士が連れ去られたようだ。巨大な獣のような影が夜中に現れて、騎士をさらっていく。


「お兄ちゃん。僕たちお金なんて持っていないからこれをあげる」

子供が俺にくれたのはドングリや、河原で拾ったであろう綺麗な石だった。きっと宝物なのだろう。

「私は絵を描いたの。あなたは私のヒーローよ!」

女の子が俺に絵を差し出す。絵には、俺が悪者をやっつけているシーンが描かれていた。


当然こんな依頼を引き受けているメリットはない。貯金も尽きかけてきた。こんなわけのわからない依頼を受ける余裕など一切ない。

「わかった。俺に任せとけ」

俺は依頼を受けることにした。孤独の辛さは他の誰よりもよく知っている。




そして、ウルフに事情を全部説明した。

「というわけで、お前の力を借りたい」

「ガルルル。いいけど作戦はあるの?」

「ああ。


まず俺が騎士殺しの部下になる。事前の調査で騎士殺しのパワーワード能力は、忠誠心奪取、裏切り、洗脳。そのあたりのものだと大体の検討はついている。いくら強くても、凄腕の騎士を何の痕跡も残さずさらうのは無理があるだろ。



その間、ウルフ! お前が俺の代わりを演じろ。ジミーと萌が二人ともスパイであることは知っている。二人は、ミノタウルスの手先。俺を潰すために送り込んできた。洗脳能力を使ったのだろう。



騎士殺しは、きっと国中のパワーワード使いの元にスパイを送り込んでいる。そうすれば、自信の殺害依頼が出た時にすぐに潰せる」


「ちょ、ちょっとケン。俺何が何だかわからないよ! もうちょっとわかりやすく説明してくれ! ガルガル!」


「時系列を追いつつもう一度説明する。


一、ミノタウルス討伐の依頼を子供から引き受ける。

二、その情報を入手したミノタウルスがスパイ(ジミー、萌)を送り込む。

三、敵に偽の情報をつかませる(序盤に萌が電話をかけるシーンのこと)。

四、ミノタウルスの腹心の部下になり、彼の弱点を調べる。

五、ミノタウルスの能力をわざと喰らい、今度はアリシアに忠誠を誓う。


細かい矛盾点とかまで追求するとわかりにくくなるから、とりあえず今の説明だけ理解してくれ。これだけ手順を踏んでやっと、ミノタウルスと対等に戦える」


「ガルルル。要するに、登場人物が全員二重スパイだってことだろ?」

「そうだ! 俺、ジミー、萌はそれぞれ味方を裏切るんだ。まあ細かいところは気にするな!」

「大体わかったけど、最後のはどういうこと?」


「ミノタウルスの能力はおそらく裏切り能力。だからミノタウルスの能力で、ミノタウルスを裏切るってことさ。要は、二回裏切ってアリシア側につくってことだ!」

「わ、わかった。難しそうなことはケンに任せるわんっ!」


「お前はしっかり俺の代わりを演じてくれ! ミノタウルスに順調だと思わせろ! 土壇場で逆転できる! そして最後に、一撃で即死させて終わりだ!」

この時は、この作戦がうまくいかないなんて思ってもいなかった。



[現在]

アルトリウスは腰に差していた剣を抜く。抜き身の剣は、絵海えうみからの反射光を反射している。海面を舐める光の破片は、眩くて儚い。


俺は、手にしていた水の剣を強く握りしめる。掌の中で、水が重量を放つ。ずっしりと重い水の塊は、絵海からの反射光を吸収して内包する。体の中に閉じ込められた光の群れは、内部で乱反射しながら悶える。

アルトリウスは振りかぶりつつ、飛び上がる。


「死ねえええええええ!」

「水よ! 燃えろ!」

俺も同様に水の剣を振りかぶる。水でできた剣は、空に溶けるようにして燃える。水の炎がパチパチと音を鳴らしながら、揺らめく。温度を孕んだ水は、俺の手に吸い付く。掌に対して、熱という刺激を植え付ける。


“熱い”という感覚が腕の中の神経を通り、脳に達する。脳髄にぶっ刺さった刺激は、ストレスホルモンを誘発した。


体の底から興奮と緊張がにじみ出る。それらは、嵐の海のように激しく体の中で荒れ狂う。心が火照り、体が焼ける。魂に火がつき、瞳からそれが溢れる。


そして、二つの剣は、互いの体を求め合った。


激しい音とともに、火花が空気を汚した。綺麗な線香花火はまっすぐに地面の絵海に落ちる。それが触れた瞬間、水に火を放り込んだ時のような音が聞こえた。


俺は、すぐに体をひねり、

「俺は空を泳ぐ」

空中に飛び上がった。パワーワードを発した瞬間から、粘つく空気が質量を孕んだ。さっきまでは普通の空気だったが、今は手で搔きわけられるほど重くなっている。


俺は、背後に向かって空気の中を背泳ぎで泳ぐ。今の俺にとって空気は泳ぐ場所だ。


アルトリウスの周囲を旋回しながら水流を作る。まるでボートの上の獲物を狙うサメだ。

アルトリウスは手を空に突き上げる。


「太陽よ! 凝縮しろ!」

「太陽? そんなものどこにあるんだ?」

俺は警戒しつつ、空気の潮流をさらに激しく掻き立てる。うねる空気の束は、透明な竜巻を生む。次第に激しい音を立てながら回転数が上がっていく。


「空で溺れろ!」

俺は、周囲の空気の塊をアルトリウスに向かって叩きつける。

「空気の水圧をもっと上げてやる!」


アルトリウスを中心にした透明なブラックホールのようなものができた。空気中に存在する水圧が彼女の体をミシつかせる。立派な騎士の鎧は、ミシミシと泣き叫ぶような声を上げる。

「潰れろっ!」


そして、俺が叫ぶや否や、背後から鈍器のようなもので殴られた。肩甲骨の間に鈍重な音が響く。きっと俺の骨が鳴った音だ。

「ぐわっ! 何だ?」

俺は地面に降り立った。着地の瞬間、足元から衝撃が登る。ふくらはぎから太ももを這いずるインパクトは、背中に達した。その瞬間、背中に亀裂のように痛みが走った。

「その程度か? 太陽で殴り殺してやる!」

アルトリウスの方を見ると、手に太陽を持っていた。


「絵で描いた太陽を物質化させたのか?」

アルトリウスは手で太陽を掴む。太陽は子供が描いたようなぐにゃぐにゃの絵だ。中心に大きな日の丸があり、その周囲を太陽光線らしき線がぐるっと一周取り囲む。


普通に絵の太陽を想像すれば、それがそのまま正解だ。

その太陽から発生している太陽光線のうちの数本が、束になって延長。そして、それは持ち手になっていた。


アルトリウスは絵の太陽を掴み、殴りかかってきた。



俺は、

「水よ! 燃えろ!」

水の剣で迎え撃つ。青い液体の剣が、空気に軌跡を描きつつ太陽に向かう。太陽のハンマーは、輝きを撒き散らしながら、俺の頭部を狙う。


俺は、剣で水平に太陽を切りつけ、素早くアルトリウスを抜ける。その瞬間、右手がへし折れたのを感じた。

「ぐっ! 剣で凌いだはずなのに」


痛みは右手の裂け目から次々と発生する。まるで、渓谷を通り抜ける風のようだ。割れた箇所から神経という谷を一目散に駆け抜ける。


右手で持っていた水の剣は、神隠しにでもあったかのように綺麗さっぱり消えていた。

(太陽の温度は、およそ六千度。触れた箇所から一瞬で蒸発したんだな)

「骨折した右手は、骨折していない」

俺はパワーワードを使い、一瞬で怪我を完治させた。


「ほう。怪我の治療までできるのか。大したパワーワード使いだ」

おそらくアルトリウスが狙うのは俺の喉。喉を潰して、発声が出来なくなれば、俺は確定で負ける。この戦い、先に相手の喉を潰した方が勝つ。


そして、アルトリウスは、

「私は、絵の中を泳ぐ」

そう言い終わると、一瞬で姿を消した。まるで神隠しだった。

「どこに消えた?」

俺は緊張と疲労でガタつくピントを周囲のものに合わせていく。自分が今いる部屋を見渡すと、遠くの方でアリシアとウルフが騎士たちと戦っている。


俺はぽつんと一人で絵海の上に立っている。絵海からはさざ波の音だけが聞こえる。部屋の天井は水色で塗りたくられている。空ということなのだろう。


俺は、警戒の糸を張り詰めながら、歩いた。さっきアルトリウスがいた方向に進む。一歩足を進めると、バシャリという音が足元から聞こえてくる。絵の海の上を歩くというのは不思議な感覚だった。踏んだのはただの絵なのに、同時に海でもある。


その証拠に俺の靴は海水で濡れている。水なんて何もないのに、絵に触れた箇所から発水しているのだ。

足を交互に進めて行く。一定のリズムで足音が刻まれる。


そして、

「こんな絵さっきまであったか?」

アルトリウスが立っていた箇所付近には、アルトリウスの絵が描いてある。クレヨンで描かれた絵は、彼女の特徴をよく表している。瞳を刺すような可憐な長い金髪。銀色に光を放つ鎧。美しい女性騎士だ。


だが、その絵には、決定的に不自然な箇所がある。

「なんでのっぺらぼうなんだ?」

アルトリウスの絵には顔がなかったのだ。本来顔があるべき場所には、ただ白い空白があるだけ。まるで完成間際の人形みたいだ。

「気味が悪いな」

俺は不気味な絵を背にして、少し進んだ。


すると、

ジャパっ!

背後から何かが水中で跳ねるような音が聞こえた。弾けるように背後を振り返る。そこには、何もない。ただ大海原の絵が地面に横たわっているだけだ。

「誰かいるのか?」

俺の声は、遠くまで響く。透明な声は、部屋の壁に当たって、テニスボールのように跳ね返った。


俺の台詞に対しても返事はない。耳をすませると、遠くの方からアリシアと騎士が戦う無機質な音だけが聞こえてくる。


「ん?」

俺は地面に描かれている絵をよく見た。先ほどのアルトリウスののっぺらぼうがこちらに近づいてきているような気がした。さっきの絵をまじまじと見たわけではないが、なんとなく絵が変わっているような気がする。


俺は、再び、絵を背にして進んだ。

そして、素早く背後を振り返った。


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