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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第二巻 前半 騎士殺し
32/260

vsミノタウルス

[翌日]

そこは、朝食の席。大きな屋敷の大きな部屋に、小さな食器がいくつも並ぶ。色とりどりの野菜は、花火のよう。少し角が焦げたトーストは、食欲を誘うような香りを放つ。


空気に乗ったその匂いは、まっすぐに俺の鼻の奥に触れる。


俺は、寝ぼけ眼で、だらだらと食事を喉に運ぶ。正直、花火のような野菜も、焦げたトーストもどうでもいい。ただただ眠い。ぼやける視界とぼやける脳内が二重に俺を苦しめる。


「はよーっす」

寝室から起きてきたアリシアが寝ぼけながら柱に向かって話しかけている。いくら寝ぼけているからって柱に話しかけるとかないわー。


「アリシア。それ柱だぞ」

俺はめんどくさいなと思いつつも注意してやった。


「はあ? ケンは柱なんかじゃないわ! 血の通った人間よ!」

アリシアは目の前の柱に再度話しかける。

「いや、お前寝ぼけているだろ! お前が話しかけているのは俺じゃなくて柱だ!」

「違うわ! ケンは柱なんかじゃない! 目を覚まして!」

アリシアは木造りの柱に一生懸命話しかける。目を覚ますのはお前だ! いや、俺もか。つーか声が後ろから聞こえているだろ。本当は気づいていて、わざとやってんのかこいつ。


「でも、今日のケンはなんだか柱に似ているわね? 髪切った?」

いや、それ柱。つか俺って髪切ったら柱っぽくなるの? 初耳なんだけど。

「切ってねーよ」

「まあいいわ。それより早く朝食を食べちゃいなさいな! 冷めちゃうわよ!」

なんで自分が作った風なの? 俺が作ったんだけど。


「ああ。もううるさいな! 朝くらいボケるのをやめて静かにしてくれ!」

俺はアリシアの目の前まで行って、頭を叩いた。


「あいったーっ!」


悲鳴をあげたのは、なんと俺だった。俺は寝ぼけてぼやける視界を自分の右手に合わせた。虹彩が必死でピントを合わせようとする。そして、右手が腫れていることに気づいた。


俺が視線を上げると、俺が話しかけていたのも柱だった。


隣を見ると、アリシアもまた別の柱相手に口喧嘩をしている。というか、柱と取っ組み合いの喧嘩を始めた。そしてアリシアは負けた。

そんな俺たちを見て、

「何やっているんでちゅか?」

と、萌。




俺たちは気を取り直して、席に着いた。黙々と食事を喉に押し込んでいく。焦げたトーストの匂いとかもうどうでもいい。眠い。

「ケンちゃん。はいこれ」

萌が俺に一通の手紙を手渡す。俺はそれをそっとテーブルに置いた。

「ちょ、ちょっと! なんで読まないんでちゅか?」


「いや、眠い」

「ちゃんと読むでちゅ!」

俺はその手紙をアリシアに押し付けた。

「あら? なあにこれ? ラブレター?」


「いや依頼の手紙って言ったばっかりだろ」

「ダメよケン。私とあなたは友達。こんなの困るわ」

「だからちげーって!」

俺は手紙をバカからひったくると広げた。


『討伐依頼 討伐目標は“騎士殺し”。別名ミノタウルス』


騎士殺しの居場所などの情報とともに、前金も同封されていた。

「うおっ! すごい報酬」

俺は前金を数えながら、捕らぬ狸の皮算用をした。

「ちょっと! それ私のラブレターよ!」

アリシアが金を奪い取ろうとする。


「よーし! 今日の仕事はこいつで決まりだ! ミノタウルスを殺して早く帰って寝よう!」

俺は手紙をもう一度見ると、

「あれ? 差出人が書いていない。萌、この手紙どこにあったんだ?」


萌は少しだけ黙り込んでから、

「外に落ちていたんでちゅ」

萌の声色が少し変わった。

「外? 朝っぱらから外出していたのか?」

「ただの散歩でちゅよ! それより、早く準備するでちゅ!」



そして、俺たちは準備を済ますと早速出発した。部屋に戻る途中、柱に正面衝突して、椅子につまずいて、階段でこけて、何もないところでもこけた。『うわっ! 恥ずかしい』と思っていたらアリシアはもっと派手にこけていた。


俺は寝ぼけて怪我した箇所をさすりながら、

「ああ。全身が痛い」

特に右足が痛い。痛い。痛い。痛い。いたーい。

「ぐふっ! これまでか!」

アリシアは吐血した。どうやらまた柱に足を打ち付けたらしい。

「なんで足を怪我して血を吐くんだよ」

「もってくれよ私の両ヒザー!」

アリシアは膝をガクガクさせながら、たくさん吐血した。

アリシアのボケが、だんだんエスカレートしている。



そして、だらだら準備をしてからミノタウルスのねぐらに向かった。ねぐらは街から少し離れた山奥の中の奥の奥の奥にある。空を飲み込む木々の群れの中をひたすら歩いた。木から落ちた枝を踏みつつ進んでいく。枝を折る音はすごく心地がいい。ペキペキ、ミシミシ枝が折れる。耳に届く枝の断末魔は、爽やかに鼓膜を賑わせる。


木々のマイナスイオンシャワーを全身で浴びる。身体中の皮膚から体内にリラックスを打ち込む。

一息吸い込むたびに、肺が潤う。一息吸い込むたびに、毛細血管が歓喜の声を上げる。


肺は落ち着いてその体積を変化させる。大きく膨らみ、小さくしぼむ。必死で空気を出し入れする。濡れた空気は、新鮮で心地がいい。土曜日の朝に、二度寝するときのようだ。


肺が生き返るようなみずみずしい空気は、まるで液体のよう。肺が空気を飲んでいるみたいだ。

空を見上げると、天蓋は、ほぼ全て森に飲まれている。頭上を覆い尽くす深緑の蓋は、濃厚な油絵のようだ。


もし、俺が超金持ちで教会を買ったのなら、これを天井画にしたい。そうすれば、いつでも森の中に行けるような気がする。

森の天蓋のわずかな隙間からは、時折、光が紛れ込んでくる。木々に阻まれつつも、光は地面に落ちる。まるで、天井の隙間から刺す陽の槍のようだ。


足元に突き刺さる光の槍は、俺にぶつかると周囲に跳ね返る。それがどこか楽しいものだった。

俺たちは森の中をさらに進んでいく。木々をかき分け、緑を縫っていく。たまに顔を出す野ウサギがとても愛おしく感じた。


そして、目的地が見えてきた。

「おい! あれか? あんなもの初めて見る」

「うわあ。すっごい。子供の夢みたい!」

「萌もすごいと思うきゅ! 可愛いにゅ!」



俺たちが着いたのは“絵でできた城”だった。

その城は、壁も扉も窓も全てが絵で描かれていた。子供用のクレヨンで描かれた城は甘いタッチでどこか心が温まる。


想像してみてほしい、子供が書いたようなお城の絵を。様々な色が使われていてとてもカラフルだ。扉は青で、尖塔(尖った屋根のこと)は赤。城門は緑色でドアノブは黄色だ。壁はまっさらな紙のように白だ。こんな派手な城が存在するのは、子供のスケッチブックの中だけだと思っていた。


窓は、水色で描かれていて反対側が見えない。材質はなんなのだろう?


城の角は全て手書きのぐにゃぐにゃの線で描かれている。まだまっすぐに線を引けない子供が描いた線だ。左右に大きくうねりながら線は城の輪郭を産む。だが所々線が途切れていて、その部分はパックリと開いている。


城はしっかりと三次元の建物になっている。側面なども同じようにクレヨンで描かれた絵でできている。三百六十度全てが絵だ。


これはおそらくお城の絵をパワーワードで具現化したものだろう。間違いなくパワーダンジョンだ。二次元の絵を無理やり三次元にしたらきっとこういう感じになるはずだ。


そしてそこには、“いかにも敵だ”というような格好をした人物が待っていた。

「あなたが“騎士殺し”ね?」

ミノタウルスのねぐらの入り口に立っていたのは、黒いフルフェイスのヘルメットのようなものを着用した人物だ。黒い中二っぽいマントを着て、中肉中背。見ただけでは男か女かもわからない。


「私は騎士殺しではないのである」

声は分厚いマスクに阻まれて聞き取りにくい。まるで、電話越しの声みたいだ。そしてすごく中二病っぽい。

「お前絵に住んでいるのか?」

「そうなのである」

「騎士殺しの討伐依頼が出ている。お前は騎士殺しの部下か何かか?」

「いかにも」


黒マントは腰に差していた絵で描かれた剣を抜く。ギラつく絵画剣が光の波の中で揺れる。歪な形の剣は、城と同じように子供の絵だ。だがそれがどこか恐怖を煽った。

「ならお前も討伐対象だ」


俺は腰に差していた剣を抜く。抜き身の剣は血を求める。銀鏡のヤイバは光を弾きながら手の中で疼く。

それをみて、アリシアと萌も戦闘態勢に入ろうとする。


「アリシアと萌は手を出さないでくれ!」

「えっ? どうしてっ?」

「こいつは俺が殺す!」

そして、戦闘が始まった。


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