第二巻
第一章 愉快な仲間たち
ケン対ウルフの死闘が終わり、数ヶ月が経った。紅蓮の紅葉が森を濡らす。真っ赤に染まる木々はまるで火の海のよう。梢まで紅に侵される。
舞い散る木の葉は、ゆらゆら揺れながら地べたを目指す。火の粉が透明な空気に色をつけているみたいだった。
そして、火の海の中で戦闘が始まった。
「ジミー! そっちに一匹いったぞ!」
「自信がないです」
消え入りそうな音でジミーが返事をした。ジミーは、“とっとこみんなの依頼をやる屋さん”の新しい仲間だ。すごく地味な見た目とは裏腹に、中身はすごく明るいということもなく普通に地味だ。外見も内面も地味だ。本当に地味だ。だからジミーだ。
まるで白い紙に白い文字で何か書いてそれを消しゴムで消した後みたいに地味だ。
顔面にはなんと普通にメガネをかけている。メガネは本当に地味な黒縁だ。
小説でおきまりの、どんなに性格がアレでも女の子の顔は彫刻のように美しいという設定も特になく、普通に地味な顔だ。
「萌! そっちにも一匹いった!」
「任せるでちゅ! ランランラーン!」
萌は楽しそうに変な歌を歌いながら、棍棒を振り回す。萌もジミーと同じく新メンバーだ。身長は低くて、幼稚園児みたいだ。髪の色はド派手なピンクと水色。頭蓋の右半身がピンク。左半身が水色だ。
「アリシア!」
「がってん!」
アリシアは名前を呼んだだけで、俺の作戦を理解してくれた。アリシアは空中に炎の球を生み出す。回転する小惑星は、アリシアの頭上で温度を放つ。轟々と燃え盛る小型の太陽は、俺たちの形の影を地面に描く。
アリシアは俺の大切な友達だ。アリシアはもしかしたら俺のことを友達だと思っていないかもしれないけど。もしそうなら悲惨だ。
「っし! 愉快な仲間たちの自己紹介も終わったし、ついに俺の自己紹介だ!」
俺は腰から剣を引き抜くと、高く掲げた。目の前にいるのは三匹の生きたカレーライス。カレーライスに手足と顔面がある。ジャガイモが目で、ニンジンが鼻だ。手足はスプーンだ。
「よく聞け! 雑魚ども! 今日はお前らモンスターが英雄の手によって土に帰る日だ。そして、その英雄の名前を忘れるんじゃねーぞっ! 俺の名前は、」
ドゴォォォーン!
空気の読めないアリシアが放った火炎球は、カレーライスを貪り、飲み込んだ。『小型の太陽の核融合でも見ているんじゃないか?』と言うほどの衝撃が地べたに走る。地震とともに、周囲の木から紅葉が一斉に落ちる。まるで紅葉の首を落としたみたいだ。
土煙と爆煙が空に向かって落ちていく。しばらくの後、ようやくそれらが収まり、
「アリシアさんお疲れ様です」
「あーい! ジミーちゃんもお疲れ!」
「アリちゃん! お見事だにゅ」
「えへへ。もっと褒めて」
「あの。俺もいるんだけど」
俺は女性陣の輪に入れずにいた。井戸端会議を始める女性の周囲をウロウロ褒めてほしそうにアピールした。だけどシカトされた。
「ねえ。俺も活躍したよね? ね?」
「ジミーちゃんの攻撃って本当に地味よね!」
「そ、そんなに褒めないでください」
それ褒めてる?
「なあ。俺も頑張ったんだけど?」
「萌ニャンの攻撃って本当にグロいわよね? 髪の毛にモンスターの内臓がついているわ!」
「わっ! ほんとだにゅ!」
“ほんとだにゅ”じゃねーだろ。可愛くねえよ。
「なあ。俺の話も聞いてよ」
会話に入れずに、人の輪の外側にいる俺は、心に虚しい風が吹く。会話に入れないことを認めずに、辺りを右往左往する人間ほどみっともないものはない。そう感じた。
そんな俺の袖を誰かがひく。俺は満面の笑みを浮かべて振り返ると、顔面にカレーをぶっかけられた。
「さっきのモンスター生き残っているじゃねーか! ってかあっちーーー! あっつ!」
カレーがかかったところは激しく焼けただれ、肉がピンク色に変色している。こいつただのカレーじゃないな。
「何! 新手か!」
と、アリシア。いや、オメーが仕留め損ねたんだよ。
「アリシアファイアー!」
アリシアは炎でムチを作り、それをカレーライスに向かって放つ。地べたを這いずる炎の曲線はまるで一匹の蛇。踊るように滑空していく。そして、カレーライスに触れる直前で、アリシアの炎は消えた。
「アリちゃん! 何しているにゅ? なんで攻撃やめちゃったきゅ?」
「え? 私何もしてないわ!」
その後も幾度か攻撃を繰り返すが、一向に当たらない。まるでアリシアの独り相撲だ。
カレーライスに炎が触れそうになると、すぐに消える。それを何度か繰り返した。
「え? え? どうなっているの?」
完全に油断していたアリシアたちは、カレーライスに追い詰められていく。
「ケッケッケ。情報通りだな」
「カッカッカ。情報通りだ」
「ライススス。死ね!」
そして、カレーライスたちは激辛のカレーを一斉にアリシアたちに向けてぶっかける。濁流のような濃厚なカレーが飛沫をあげながらアリシアに向かう。まるでマグマを頭から浴びせようとしているみたいだ。
「危ないっ!」
俺が叫んだ瞬間、視界の端から何か黒いものが飛び出して、アリシアたちをカレーから守った。その何かは目にも留まらぬスピードでどこかへ走り去っていった。
「い、今のなに?」
と、目をパチクリしながらアリシア。