第一巻完
最終章 画家になった女の子
[数年後]
街の喧騒が風を切る。
いつもと変わらぬ情景は、いつものように俺の心を優しく撫でる。
この日の空はとても綺麗で、まるで頭の上に透明な海が乗っかっているみたいだ。
風のさざ波が街の間を縫っていく。複雑に入り組んだ街が風の潮流を生み出す。
俺は空気でできた塊を切り裂いて歩いていく。シトシトと肌に海が張り付いてくる。
爽やかな空の海は、何事にも代え難いほど心地いい。そんな俺に、
「パワーワード使いのケン?」
背後を振り返ると、そこには小さな女の子がいた。
整ったショートヘアーに大きな可愛らしい瞳。
栗色の髪の毛は陽の光を鋭く跳ね返す。
少女の瞳の幼さの中には、逞しさと強さが滲んでいるように見えた。齢は八歳くらいだろうか?
「だーれこの子? まさかケンの子供?」
「ちげーよ。自分の父親のこと呼び捨てにしねーだろ」
ポカンっ!
「あいたっ!」
俺は女の子の方を見ると、
「そうだよ。俺がケンだ。依頼なら“とっとこみんなの依頼をなんでもやる屋さん”略してナンの方に言ってくれ」
「依頼じゃない!」
少女はムッとしながら言った。
「じゃなんだよ?」
「ん!」
女の子は一枚の布のかかった板のようなものを取り出して俺によこした。
「なんだこれ?」
俺は布を取り払った。そこには俺とアリシアが仲よさそうに遊んでいる絵が描かれていた。
「これ私たちの絵?」
俺たちが視線を絵から女の子の方に向けると、その子はもう走り去って行った。
「おい! 待てよ!」
女の子は人ごみの中からこちらを振り返り、犬が何かを引っ掻くようなポーズをしてみせた。
「ぐるるるるるるる。わんわんっ!」
そう言うと、人ごみに紛れて見えなくなっていった。
「まさか? ウルフ?」
「ウルフって女だったのか」
ウルフもアリシアと同じように育児放棄された子供だ。
だから常識などが欠落して男言葉になっていたのだろう。
「人間に戻れたみたいね」
「そうだな」
俺は渡された絵をもう一度見た。
この絵に不自然なところなどない。
だが背景がなぜか真っ暗なのだ。
きっと一度真っ黒に塗りつぶしたキャンバスを白く塗りなおして、その上から描いたのだろう。
この絵は、白い状態の紙の上から書き始めた絵よりも当然汚い。
だけどその不完全さが逆にこの絵をより良いものにしているような気がした。
「ねえ。ケン?」
「ん?」
「私たちずっと友達よね?」
「なんだよ急に?」
「いいから答えてよ!」
「ああ。ずっと友達だ」
そして、
『パワーワードを感知しました。限界まで達したケンの能力が向上します』
もう上がらないと言われた能力が、ルールを無視して上がったような気がした。
矛盾を孕んだ文章は、人間の不完全な人生のようだった。
完璧ではない一枚絵は、完璧な絵よりも美しく感じた。
第一巻はここで終わりです。
お忙しい中、読んでくれた方本当にありがとうございます!!
心の底からお礼申し上げます。
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