帰れ
「お待たせしました。おつまみを用意しました。ゴリラの丸焼き三頭に、鯨の踊り食い、クロコダイルの蒲焼、ケッツァコアトルのお頭、パンデモニウムの筋子、アナコンダ丸ごと一頭です。こちらは一気飲みしてください」
ずらりと並んだ料理の数々は、テーブルごとベッドに置かれた。ベッドが広すぎてそうするしかないのだ。もはや、ベッドが床みたいになっている。みんな土足でベッドに上がる。
「うむ。つまみと言ったはずなんだが……」
「でしたら一口だけ食べて残りは捨ててください。では!」
(もったいな!)
セバスチャン(元国王)は奥に引っ込んでいった。後には靴跡だけがベッドに残る。
「ほらー! お前ら起きろー! 飯だぞー!」
ようやく女の子たちが起きてきた。全員髪はボッサボサでくっちゃくちゃ。
「うわあ! 美味しそう! これなーに?」
と、アリシア。
「それはケッツァコアトルのお頭だってよ」
俺は見たこともないモンスターの頭部を見て言った。真っ赤なイボとウミだらけのトサカがデロリと垂れている。イボからは異臭が漂い、口からは灰色の舌が力なく垂れている。めちゃくちゃまずそうだな……
「へー。美味しそう!」
アリシアはお頭にスプーンを突っ込んで目玉を引きずり出した。ずるずると視神経ごと目玉が体外に飛び出してきた。ブチュリという音とともに、目玉から液体がテーブルクロスに滴る。信じられないほど臭い匂いが鼻を突く。
「うっわあ! 美味しそうね! いっただっきまーす」
そして、ずるずる視神経をラーメンみたいにすすりだした。おえっ! 吐き気が。
「これは一体なんだ? ものすごく美味しそうだ」
と、アル。
「それは鯨の踊り食いだってよ!」
俺はガチのマジのモノホンの鯨一頭丸ごとを見てはしゃぐアルに言った。部屋を埋め尽くすほど巨大な鯨は、一応皿の上に乗っているらしい。
皿から完全にはみ出しているのだが、皿の意味はあるのだろうか? これじゃ地面に直と同じだ……あ、ベッドだった。
「踊り食いってことは、一息で食べるのか?」
「ああ。俺はいらないから丸ごと一口で全部食べて良いぞ!」
「わかった! いただきます!」
アルはまだ生きている鯨に歩み寄り、ヒレの先っちょにかじりついた。
鯨は痛みを感じて、ジタバタと踊り始めた。
「こんなかんぎでいいのらろうか? ものふごく食べにくいのらが」
「いいんじゃないか?」
「ねえ。これなあに?」「さっさと答えな!」
と、ウレン。こいついっつも指人形と一緒だな。
「それはパンデモニウムの筋子だ! ライスにかけると美味いってさ!」
パンデモニウムの筋子は、イボイボでクソ気持ち悪い。吐き気を催すような紫色の卵はマジでクソ気持ち悪い。食欲を失せさせるぶどうみたいだ!
「美味しそうね!」「いただきまーす! ガツガツ!」
そして、音を立てて食い始めた。
「ケンー! これ見て! がるる」
ウルフはアナコンダを丸ごと一頭運んで、俺に見せてきた。めちゃくちゃ嬉しそうだ。っていうかこいつらなんで全員これ食えるんだ? 頭おかしいんじゃないか。
「アナコンダの一気飲みだぞ? 喉に詰まらせるなよ? そんな太い蛇を喉に突っ込んだら即死だぞ!」
「わかってるって!」
そして、ウルフは、オオカミに変身して、一気にアナコンダを飲み干した。
「ふああ。食った。食った。もう食えねえよ。お腹いっぱいになったら眠くなってきたな。もえ! シャーリー! いるかー?」
「「は! お呼びでしょうか? 神様」」
「今から寝るから膝枕してくれ!」
「「御意!」」
そして、フカフカのダブル膝枕の上で夢の世界に飛び込んだ。
「この生活、楽しすぎ!」
[一週間後]
俺たちがゴロゴロし始めて、一週間が経った。
「ふあー。よく寝たー。ん? なんだまだ朝か。ならこのまま夕方まで寝ないと」
俺たちの生活は完全に歯車が狂った。人間とは、こんなにも一瞬で落ちぶれてしまうのか。恐ろしい。
「うーん。よく寝たー。寝過ぎて頭がガンガンするわっ! なんか気持ち悪い。気持ち悪いから、また寝よ」
「キャビアのフォアグラかけトリュフ添え持ってきてー」
「私には、ゴリラちょうだーい」
「膝枕!」
「ほら! 起きろ! よう卒!」
「今日は月曜日よ! ケンったらおっちょこちょいね」
「そっか。今日は月曜だから夕方まで寝ていいのか! ん? あれ?」
「マッサージ!」
「おやすみ!」「おはよう!」「おやすみ!」「おはよう!」「おやすみ!」「おやすみ!」「おやすみ!」「おやすみ!」
そして、俺たちはなろう廃人になった。
夜にもそもそと起き始めて、そのまま明け方まで従者に身の回りのことをさせる。マッサージに贅沢品に膝枕三昧。
食って、寝て、食って、寝て、食って、また寝る。
歯も磨かずに、風呂も入らずに、着替えずに、ひたすら眠り続けた。俺たちは完全なニートと化した。いや、ニートも歯は磨くか……
モミモミモミモミ。トントントントン。
「ふああ。気持ちいい……」
「お兄ちゃん、肩こりとれた?」
俺の背中に馬乗りになりながら、もえが言った。
「ううん。もっとやって」
「お兄ちゃん、口がものすごく臭いんだけど」
「じゃあもっと肩揉んで」
「関係ないでしょ……っていうか、うわっ。本当に臭い。口の中になんかの死体でも入っているんじゃないの?」
グッグッグッグッグ。トントン。
「力加減はいかがですか?」
「うん。私にはもっと強い方がいい。もう少し強めでお願いする」
と、うつ伏せのアル。
「「「了解です」」」
アルの全身をマッサージする従者たち。かれこれ二時間くらいやらされている。
ナデナデナデナデ。
「ほーら。いい子ね」
「にゃああん」
アリシアは、なんか高そうな猫をもらってきた。それを恍惚の表情でブラッシングしている。
「あなたにそろそろ名前をつけてあげる。うーん、そうね。あなたは今日から、“もょもと”よ」
なんて読むんだよそれ……
「にゃあん」
ぐーたらぐーたらする俺たちに、
「あの……ケン様たち……そろそろ帰ってもらえませんか?」
と、国王。腰を低く折って、深く頭を下げる。




