魔法発動!
「それでね! 俺はこう言ったんだ! “俺の仲間は俺が守る”ってね! するとヒゲ伯爵は何て言ったと思う?」
「さ……さあ?」
シャーリーは船を漕ぎながら、俺の話を聞いて……いないな。
「シャーリー? ここからが大事なんだ!」
「う、うん。聞いているわ。でもまる三日、飲まず食わずで寝ずのぶっ通しだから疲れちゃって……」
「そう! その通り! ヒゲ男爵は“飲まず食わずで寝ずのぶっ通しで相手をしてやる”って言って俺と戦ったんだ! それでね……」
「え? 今ので合っているの? っていうか、本当にねむ――」
そして、もう三日が経った。
「――それで、ヒゲ男爵のヒゲがねグググんっと伸び始めたんだ! それは何でだと思う? ヒントはねー、四日前の正午にここで俺が話したことだよ!」
「…………」
ガクン。ガクン。ガクン。シャーリーは完全に寝ている。首がもぎとれそうになりながら、気持ちよさそうに眠っている。
「ねえ! 起きてよ!」
俺は頭を彼女の膝の上でのたうちまわらせて彼女を起こした。
「うっ。ここは……どこ?」
「そう! 正解! よく分かったね。ヒゲ男爵のヒゲが伸びたのは、記憶喪失が原因だったんだな! 記憶喪失により呪文を間違って、ヒゲ伸ばしの呪文を唱えちゃったってわけさ!」
「あの……ケン……私そろそろ……」
「何だよっ? もうギブアップか? だらしがないな? でももう六日もここで膝枕しているし、そろそろデートの続きでもしようか?」
「いえ。もうそろそろ……私、帰りた――」
そして、一ヶ月が経った。
「――そこでね、ヒゲ男爵が俺の目をじっと見つめてこう言ったんだ。“わしがお前の父親――”ん? シャーリー聞いている?」
「…………」
返事はない。シャーリーは死んでしまったかのように動かない。
「あれ? シャーリー? 生きている?」
「…………」
「おい! シャーリー?」
俺は膝枕のままシャーリーの体を両手で揺すった。
「…………」
「やばい! 調子に乗りすぎた! シャーリーが餓死寸前だ! こんなことやっている場合じゃないっ!」
ようやく我に帰った俺は、転移呪文でシャーリーを病院に送り届けた。
[病院にて]
「――そこで、ヒゲ男爵と俺との夢の一騎討ちが実現したんだ! 燃え盛る溶岩の中、飛び交う炎の飛沫が舞って――」
「こらっ! ケンさん。あなたここはシャーリーさんの病室ですよ? あなたいつまでここにいるんですか? あなた手術中も膝枕してましたよね?」
「え? あ、ごめんなさい」
「シャーリーさんに行方不明届が出て大変だったんですからね。病院に届けられた時は、栄養失調と、睡眠不足で死にかかっていましたよ? これ本当にダンジョン内で迷子になっていたんですか? 両足には長時間の膝枕の跡がくっきりついていましたからね!」
「ま、まあまあ。看護師さん。ケンはいい人だからその辺で――」
俺に助け舟を出すシャーリー。うう……いい子だ。
「おまけに、シャーリーさんを運んでいる最中も、タンカに乗せている間も、診断している間も頑なに膝枕をしようとするし……」
俺はシャーリーから膝枕を現在進行形でしてもらいながら、
「あー! ちょっと余計なこと言わないでください!」
「しかも、その間中……なんだっけ? ヒゲ男爵?って人の話をずーとぺちゃくちゃぺちゃくちゃと喋って、うるさいってクレームも死ぬほどすごいんですけど」
「うう……ごめんなさい」
「ちゃんと反省してください! シャーリーさんにももっとしっかり謝りなさいっ!」
俺はシャーリーの方を見て、
「シャーリーごめんよ……俺、人生初の膝枕が楽しすぎて我を忘れちゃったんだ。もう二度としないよ」
「いえ。何度もでもしてください」
シャーリーはいい子だ。天使のような笑顔を見せる。
「シャーリー……俺、誓うよ! 絶対にもう君を悲しませたりしない!」
「いえ。いいんですよ」
「だから……俺、膝枕のことはなかったことにする!」
「?」
「空間回帰魔法で、今から過去に戻るよ!」
「えっ?」
「でも、あの膝枕のことはずっと忘れないから! じゃっ!」
「は? え? ちょっ――」
「魔法発動ぉおーう!」
そして、俺は都合よく事実をねじ曲げた。




