初めて掴む女性の手の感覚は最高だった。この世の快楽と悦楽を全て混ぜて生み出した特濃の快楽の園。
「へっ? どういうことで――」
「だから抹殺卿はもう倒したよ! だからクリア不可能クエストはもうクリアだ! お疲れ様!」
「そ、そんな信じられません。本当に抹殺卿をたお――」
「ほら! これが抹殺卿の生首だよ! 触ってみて!」
俺は懐から抹殺卿の生首を取り出した。まだ生暖かいモンスターの首は、恐怖で凍りついている。目はカッと恐怖で見開かれていて、口からは力なく舌がだらりと垂れている。
よほど俺が怖かったのだろう。モンスターとはいえ、かわいそうだ。
その生首はシャーリーの顔を見ると、
「たす……けて……」
最後の力を振り絞って助けを求める。
「ひいっ」
驚くシャーリー。
「おやおや。まだ生きていたみたいだね。トドメですよ」
プチュっ!
「はい。これで依頼完遂です(ニコッ)」
「えっ? 私、驚きが隠せません! どうやら、本物の抹殺卿みたいですね。一体いつのま――」
「もちろん、ギルドカードを登録した瞬間だよ! 時間停止魔法で時間を凍結させて、探知魔法で抹殺卿の位置を発見。その後、転移魔法を使ってこの場に一瞬で召喚。そして、処刑魔法で抹殺卿を抹殺したってわけさ! ほら! 向こうを見てごらん! まだ抹殺卿は自分が死んだことに気付いていないから、首なしの死体が内臓をまき散らしながら歩いているはずだよ!」
俺はギルド受付の方でうろうろしている抹殺卿の体を指差した。
「ね? 内臓が全部床にこぼれ落ちているでしょ?」
「ひ、ひ、ひええ。ならこれでクエス――」
「そ! クエストクリア!」
その瞬間だった――
『クエストクリアー! おめでとうございます。ケン様、シャーリー様お二人の新設パーティーが抹殺卿の討伐に成功しました。受付で報酬を受け取ってください』
「わ、私何にもしていないから報酬はケン様お一人でお受け取りくださ――」
「報酬は全部シャーリーさんにあげるよ」
「え? でもそれじゃあ――」
「僕は、百垓マニーくらい貯金があるからね」
「ひゃくがい? 百垓ってどれくら――」
「百垓はゼロが二十一個ある桁のことだよ! 僕のことはお気になさらずに、もらってきてください」
「じゃあお言葉に甘えさせてください。それと、言いにくいんですが、抹殺卿意外にも倒してもらいたいモンスターがたくさ――」
「もう倒したよっ!」
「えっ?」
「だから、この国のモンスターは全部倒したよ! ゴブリンもドワーフも一匹残らず根絶やしにしたからもう安心だよ!」
「じゃあ北の渓谷に住むという魔王カイザーヴァルキリーも倒したんですか?」
「倒したよ!」
「なら南の洞窟に住む魔王アビドラズーラアも倒したんですか?」
「それも倒したよ!」
「ならなら東の湖に住む十股の巨大オロチ(強い)も倒したというのですか?」
「それももちろん倒したよ!」
「グランドフロッグは?」「倒したよ!」「伝説のソードマスターゾンビ武者は?」「それも倒したよ!」「アルティメットドラゴンは?」「それもそれも倒したよ!」
俺はシャーリーの方を向いて、
「全部倒したよっ!」
その後、本当に全モンスターが絶滅したことを確認すると、
「し、信じられません。本当に倒すとは……じゃあ私、何かお礼をしないと、そうだ! それならわた――」
「うん! じゃあ代わりにダンジョンでデートでもしようか! 僕のことはこれからケンって呼び捨てにして!」
「わかりました! ならケンも私のことをシャーリーと呼びす――」
「わかった! シャーリーって呼ばせてもらうね! じゃあ行こうかシャーリー!」
「はい! いきま――」
そして、俺はシャーリーの袖を掴んで、ダンジョンの奥へと進んでいった。
ダンジョンは色とりどりのクリスタルがいくつも突き出た洞窟だった。壁から結晶が柔らかな光を放射している。
ライトのない仄暗い洞窟内を、結晶光が刺す。赤、オレンジ、黄色、緑、そしてファンタジーっぽい水色のクリスタルが光の舞踏会を行っているみたいだ。
「へー。ここがなろうのダンジョンか。こういうファンタジーなダンジョンが人気なの?」
「そうです! なろうでは、今まさに空前の異世界ファンタジーブームなのです」
「ふーん。いいな! ファンタジー。これぞ冒険って感じ!」
「そうなんですよ!」
「ってかこの国に来てから、ラスボスも瞬殺できるくらい強くなっちゃったけど、これってなろうだと普通なの?」
「いいえ! 異常です」
「あ、そうなんだ」
「だって、一瞬で全世界の全モンスターを倒したらその後、何をするんですか? 読んでいてめちゃつまらないと思うのですが……」
「それもそうだな……」
「だから私はさっきデートイベントを提案したんです! デートはなろうにつきものですよ! だからはい! 私と手を繋いでもらえませんか? 私、なんだかケンのことが好きになっちゃったみたいです」
(いやったあああああ! 手? 女の子と手を繋いでもいいの? え? まじで? うっわあ。めっちゃ嬉しい! なんだよこの世界最高じゃないか! いやあっほおおおい! やったぜ! やったぜ! やったぜ! よっしゃああああ!)
と、思ったが恥ずかしいので精一杯平静を装って、
「ああ」
ボソリと一言だけ言った。俺はシャーリーに向かって汗ばんだ右手を伸ばす。心臓が破裂した。“心臓が破裂しそう”じゃなくて“破裂した”だ。過去形だ。
シャーリーは、俺の手を見て、
「あの……手がモンスターの内臓でぐちょぬれなんですけど……」
「ん?」
俺は自分の右手を確認した。すると、右手は、内臓を入れたポリバケツに手を突っ込んだ時みたいにぐちゃぐちゃだった。あちこちにモンスターの汚らしい内臓がくっついていて、異臭を放つ。つーかマジできったねえ。
「ふー。デート前にこれは失礼」
俺はその場で、空に向かって話しかけた。
「おい!」
すると――
「お呼びでしょうか? 神様」
どこからともなくこの国の王様が出てきて、俺に頭を垂れる。膝を地面につき、どちらが上なのかを俺に態度で示す。
「デート前なのに、手が汚れた」
俺は手をプラプラさせて王様に見せた。
「はっ! おしぼりです!」
俺はおしぼりを受け取ると、手にこびりついた内臓と死臭を拭いとった。
(なんだ案外役に立つじゃないか、おしぼり)
「さ! 行こうか!」
俺は綺麗になった手でシャーリーの右手をひったくると、デートに戻った。
初めて掴む女性の手の感覚は最高だった。この世の快楽と悦楽を全て混ぜて生み出した特濃の快楽の園。




