おしぼりです
ある時は、意地悪な主人に使える猫耳奴隷を助けた――
もえが『この国にはもう悪い奴はいない』って言っていたけど、普通にいるじゃねえかよ。
「きゃああ! 助けて!」
「うるさい! お前は俺の所有物なんだ! 口答えするなっ!」
俺はタイミングを見計らって、ここぞというタイミングで民家のドアを勢いよく開けた。
バターン!
「ちょっと待ったー!」
俺に続いて、アリシアたちも民家にゾロゾロと侵入した。
「誰じゃ貴様は?」
「あ、あなた様はもしや……」
俺は、地面に伏す猫耳ちゃんを抱き抱える。
「もう大丈夫ですよ? 僕が来たからには、安心してください」
「は……はい」
猫耳ちゃんは涙を拭うと、安心したような顔になった。俺の腕の中で柔らかな温度を放つ。
「今からあのモブを顔の形が変わるくらいボコボコにして圧勝するから、ちょっと離れていてください」
「いやです……私、勇者様から離れたくありません」
猫耳ちゃんは万力のような力を込めて俺の胴に手を回す。肋骨を全部折ろうとしているのか、というほど力強く俺に抱きつく。
(いてててて! こんだけ力が強いなら絶対いじめられないだろ!)
と、思ったが楽しいっちゃ楽しいので黙っておいた。
「なら僕にしっかりとつかまっていて下さいね」
俺は猫耳ちゃんを抱き抱えたまま、
「さあ、かかってきなさい」
左手でチョイチョイと挑発した。
「何を〜! このワシに逆らおうなんて百年早いわい! その奴隷はワシの所有物。ワシを倒さない限りは、永遠に解放などされない哀れな生き物なのじゃよ! ホッホッホ」
俺は丁寧に解説してくれたモブに、向かって、
「御託はいい。来な」
キメ顔を見せた。
「おーのれー! どこまでも舐めおってー!」
モブはめちゃくちゃゆっくりと突っ込んできて、右手のむちで弱々しく殴りかかってきた。
「「「危ないっ! あれはどんな装甲をも貫くという必殺むち攻撃ジェノサイドミサイル!」」」
女の子たちが、敵キャラのハードルを上げる。
「一撃で十分だ」
そして、俺は左手だけで軽くそれを払った。
ペシっ!
渾身のキメ顔で、
「大したことないですね」
「ば、ばかな……ワシの攻撃がいともたやすくあしらわれるじゃとっ?」
「そんな! ありえないわ!」「それも片手だけで!」「それに右手に女の子を抱いたまま」「さらにさらにケン様の今日の運勢占いの結果は“凶”なのよ? にもかかわらず勝つなんて!」「さらにさらにさらに、床に落ちた辞書のページで虫が死んでいるわ! あの虫は多分辞書で調べ物をしている時にページの間に迷い込んで、そのまま潰されたのね!」
最後の関係あるか?
「さっきまでの威勢はどうしましたか? もう終わりですか?」
「くそっ! どうやらワシに勝ち目はないようじゃな。こうなったら……奴隷も家も素敵な庭も家具一式も丹精込めて育てた花も家庭菜園も全部貴様にくれてやる! そいつと結婚でもなんでもして末長く幸せに暮らすがいい! お幸せになっ!」
モブは捨て台詞?のような何かを残して去っていった。っていうかここお前の家だろ……? いいのか? なんで自分の家から逃げるんだよ。どこ行くつもりだこいつ?
俺はまだ万力のような力を込める猫耳ちゃんに、
「さ! これで君は自由ですよ。さっきの雑魚は、結婚しろとか言っていましたがお気になさらずに、僕のようなどこにでもいる凡人などではなく、あなたにぴったりの素敵な人を見つけて、幸せになって下さいね」
「いやです!」
「はい?」
「私をケン様の奴隷にして下さい!」
そして、俺は家と奴隷を手にれた。
またある時は、ハーフエルフの奴隷を助けた――
「くくく。お前はワシのものじゃ! お前は道具らしくワシの言うことにだけ……」
「ちょっと待ったー!」
以下略。
「私をケン様の彼女にして下さい!」
俺に人生初の彼女ができた。
またある時は、チンピラに絡まれている女性を助けた。
「なあ姉ちゃん。いいだろ? 俺たちと遊ぼうぜ? ゲッヘッヘ」
チンピラは絵に描いたような典型的なチンピラ。そうとしか言いようがない。
「そ、そんな困ります。私は女神なんです。人間の方と親密な関係になることは許されていないのです」
水色の髪の女神様は、絵に描いたように困っている。
「ちょっと待ったー!」
以下略。
「あなたはすごく清らかな心を持つ方ですね」
俺は女神様に気に入られた。女神に気に入られるのもなろうあるあるなのだろうか?
またある時は、ひったくりにあった人(もちろん女性)を助けた。
ある時は、彼氏にフラれた女の子を助けた。その子にはすぐに彼氏ができた(当然俺のこと)。
ある時は、貧乏な人(女性)にお金を恵んであげた。
「これくらい当然ですよ!」「そのまさかですよ」「今ので全力か?」「御宅はいい。来な」「大したことないですね」
俺はこの国の全奴隷(なぜか全員女性)を全解放した。
この国の王様が俺に跪き、
「神様。おしぼりです」
王様はちょっと太っていて、赤いローブに金の冠を被っている。どこにでもいる王様だ。
「うむ。苦しゅうないぞ」
俺はおしぼりを受け取ると、手を拭った。
「ケン! おしぼりよ!」
と、アリシア。
「ケン! おしぼりだ!」
と、アル。
「はい! おしぼり! あんたなんかに使って欲しくなんかないんだからね!」
と、もえ。ならなんで渡した?
そして、俺のハーレムたちが、
「私のおしぼりもどうぞ!」「私のも!」「あたいのも!」「あたちのも!」「あたしのも使って!」「私が人肌で温めたおしぼり使って!」「私のも!」「わしのもじゃ!」
一斉に俺におしぼりを渡した。ん? ってかじじいが混じってなかったか?
「ケン! 靴を温めておいたわ!」
「サンキュ」
「はい! コーヒー!」
「今日の分の新聞よ」
「焼き芋焼いたからどうぞ!」
「はい! レモンティーとおしぼり!」
「ありがとう。ってかおしぼりはもういいんだけど……」
気づけば、おしぼりは山のようになっていた。こんなにいっぱいあっても役に立たないだろ。もはや若干嫌がらせの域に入ってない? ってか俺の手ってそんなに汚いって思われているの?
「お兄ちゃん。この国に来てからだいぶ無双したわね! でもそろそろ無双生活にもマンネリしてきたでしょ? だから今日からはなろう系らしく学園生活をしてもらうんだからね!」
「学園生活? ほう、なにかねそれは?」
「異世界にきた引きこもりが、もういちど学校に行く制度よ! これで失った青春や、甘い初恋のページを人生に書き加えるのよ!」
「はっきり言うな……まあいいや。俺はその学園生活というのに興味がある。今日から俺は高校生だ!」




