届かない手紙が届いた
[アリシアの記憶 傍観者視点]
続いてアリシアの記憶に浮かんだのは過去の俺の姿だった。
どうやら俺は、過去の俺の映像をアリシアの記憶を交えながら見ているようだ。
きっとこれから俺の中の記憶が、アリシアの記憶によって補完されるのだろう。
過去の俺は、机に向かうとロウソクに火を灯し卓上に置いた。
その横にはなんと空想状態のアリシアがいる。
半透明で透き通っているが間違いなくアリシアだ。
「アリシアに手紙でも描くか」
(これは、俺がさっき手紙を書いていた場面だ。アリシアもあの時俺の部屋にいたのか?)
過去の俺はテーブルに出しっぱなしになっている白い紙に、筆を走らせた。
「アリシアへ。俺はたまにアリシアのことを頭に浮かべる。
だけど、俺の頭の中にいるアリシアは俺に何も喋りかけてくれない。
だからこうして手紙を書くんだ」
その手紙を過去の俺が書いている間、空想状態になったアリシアが手紙をじっと横で見つめている。
(信じられない)
宛名しか書かれていない不思議な手紙を見つめながら過去の俺は、
「こうすると、届かないはずの手紙が届いた様な気がするんだ」
と、一人で言った。
その姿は触れれば壊れてしまいそうなほど脆かった。
もう見ていられなかった。
孤独という圧力にぐちゃぐちゃに押しつぶされたような姿だった。
そんな過去の俺に、
「手紙なら届いているわ」
と、アリシア。
「ケンに聞こえていないのはわかっている。だけど、ケンが聞いているような気がする」
(ああ。ちゃんと聞こえているよ)
しばらく過去の俺はペンを走らせると、突然手を止めて、
「またか」
どうやら頭に何も思い浮かばなくなったらしい。
それを見て、アリシアは、卓上のロウソクに手をかざす。
「炎よ踊れ!」
窓から差し込む光のような風ではなく、空想状態のアリシアがろうそくの火を揺らす。過去の俺は踊る炎を見て、
「アリシア。お前に会いたい」
「ええ。私も会いたい。不思議ね。
こんなに近くにいるのに。
会っているのに会えない。
でももうすぐ会えるような気がするわ」
矛盾する一文とともに、アリシアの記憶は完全に途切れた。
[現在]
アリシアがこの数年間何をしていたかわかった。
ずっと俺と同じように孤独に耐えていたんだ。
今日のこの日のために。
今日、俺たちが勝てないウルフとの戦いに勝てるように。
パワーワード(たった一言)で人生を変えるために!
月明かりはもう随分と弱くなっている。
黒い闇を夜明けが舐めていく。
俺たちの周囲は完全にウルフ達に囲まれていた。
ウルフは先ほどと同じように分身を使い、俺たちのことを包囲していた。
絶体絶命のピンチだ。
「アリシア?」
「なーに?」
「絶体絶命だな」
「そうね!」
俺とアリシアは剣を構える。
真っ直ぐにウルフの方を向く。
ウルフが警戒しながらにじり寄る。朝焼けが俺とアリシアの姿をくっきりと照らしだす。
ウルフはその姿を見て、
「お前らイかれているのか? この状況でなんで笑ってイヤがる?」
朝焼けが俺たちの体に刺さる。
「「人間は、人生のどん底を知っているから必死で這い上がろうとするんだよ」」
俺とアリシアは高らかに言い放つ!
「絶対に勝てない戦いに勝つ!」
太陽が地平線からその姿を現した。
「不死身を殺す!」
もう夜の闇は消えて失せた。
「不可能は可能だ!」
惑星の表面を陽の光が舐めていく。
「不利は有利よ!」
暗い影は一つ残らず焼きつくされた。
「百パーセント勝てない戦いで勝つ!」
欠けら程度の不安すらない。
「勝率零パーセントの状態で勝つ!」
陽の光は心をも温める。
「負けても勝つ!」
光が星を飲み込む。
「死んでも勝つ!」
二つの孤独は互いのことを抱きしめ合う。もうそこには苦しみなんてない。
「「絶対に勝つ!」」
『パワーワードを感知しました。ケンとアリシアの能力が大幅に向上します。これにより能力は上限に達しました。これ以上の強化は望めません』
そして、ウルフの分身達が一斉に襲いかかる。
「アリシア!」
「がってん!」