切断された頭部
「お前は……クロコダイル」
中から出てきた姫君は、花の家に似つかわしくない棘の女王だった。
「私の家に何の用だ? まさか仲間を引き連れてリベンジでもしにきたのか? やめとけ。今日は人をボコす気分じゃ――」
「ちげーよ。お前確かこの国で有名な差別主義者だよな?」
「…………」
クロコダイルはなにも答えない。
「ひょっとしたらお前が、性的少数派を殺して回っているオクトパスってやつかと思ってな」
「私がオクトパスね……」
「正直、お前の態度を見ているとそうとしか思えない。違うなら何か反論してみろ」
「私がオクトパスではないと証明することはできないね」
クロコダイルは舌に突き刺さった銀ピアスを見せびらかす。
「もしお前が件のオクトパスなら必ず俺がぶっ潰してやる」
「お前にできんのか?」
クロコダイルは俺の胸ぐらを掴む。挑戦的に血のように赤い瞳をキラつかせる。
「できる……!」
そう叫んだのはココだった。
「へえ……ココがそんなことを言うなんて思ってもいなかったね。お前はただの腰抜けの弱虫だと思っていたよ」
「ココは弱虫なんかじゃない。弱いのは、時代の変化を受け入れられないお前の方だ! クロコダイル!」
「ふん! 好きに言ってろ! あんたがなにを言おうと私はオクトパスじゃない。これで要は済んだだろ。とっとと消えろ!」
「言われなくてもそうするよ。お前の顔なんて見たくないからな。でも最後に一ついいか?」
「なんだよっ?」
「この国は自分らしくいられる国。意見をはっきり言わせてもらう。俺もココもお前のことが大嫌いだ。もう二度と俺たちの前に現れるな! お前みたいな最低なやつと同じ空気も吸いたくない」
「ふんっ!」
クロコダイルは少しだけ寂しそうな顔をしてから、ドアを勢いよく閉めた。
「クロコダイルはオクトパスじゃないだろうな」
「あんだけ啖呵切っといて?」
「だってあそこで引き下がったらかっこつかないだろ! な! ココ?」
「うん……! なんだかすっきりした……!」
「じゃあ気を取り直して、次の容疑者のところに行こう!」
そして、俺たちは正体不明の差別主義者を虱潰しに探し回った。
美男美女の若い夫婦。シングルマザー。三世帯の賑やか大家族。老夫婦。隠居している老婆。いろんな人の家を訪ねたが、それらしき人はいなかった。
俺たちは普通の民家の前にきた。ドアに対して――
コンコン!
乾いたノックが空気を揺らした。中からはリアクションがない。痺れを切らしたアリシアが俺に話しかけてきた。
「ふー。ここが最後の一軒ね。私なんだか疲れちゃった。今日はココちゃんちで闇鍋パーティーをしましょう!」
「なんでだよ。普通に鍋にしようよ」
「いやよ!」
アリシアは首を横に振る。
「だからなんでだよ! いつも思うんだけどアリシアの行動はひとつたりとも共感ができないんだけど、そもそも――」
俺と闇鍋バカがドアの前で言い争っていると、
「ねえ……これ血じゃない……?」
その瞬間、辺りを薄暗い影が包んだ。周囲の温度が下がり、肺に飛び込んでくる空気が震え始めた。
「中から人の気配がするのに、誰も出てきましぇんね」
「アリシア?」
「がってん」
アリシアは炎の剣を精製。俺も水の剣を生み出した。
「行くぞ?」
三人は頷いた。俺はゆっくりとドアを押し開けた。
ギギギギギギギギギ
ドアが悲鳴を上げる。軋むような音が鼓膜に嫌に残る。耳の中に滑り込むドアの悲鳴は、人間の断末魔のようだ。
耳を通り抜けた刺激は、神経を伝わり心臓に響く。バクつく心はまるでドラムのよう。エイトビートをめちゃくちゃなリズムで叩く。
ヒュン――
ドアの中から何かが飛んできた。
俺はそれをキャッチした。それは悶絶の表情を浮かべた人間の頭部だった。




