花の中に住む姫
「ここか! っていうか俺はてっきり人間のいらなくなった乳歯とかを組み合わせてそこに住んでいるのかと思ったよ」
その家は、巨大な生物の歯をくり抜いて作ってあった。サメの歯の様な逆三角形の歯は、全長十メートルほどもあった。可愛らしい丸いドアに可愛らしい丸い取手がついてあって可愛らしい。
空に向かって伸びる歯の先端は鋭利に尖る。そこだけ見るとこの家は、獲物を噛みちぎるための道具だったことが窺える。
葉の表面ではエナメル質が光をうっすらと反射している。弾き飛ばされた日光は、鈍く白く地面に反射光を落としている。
コンコン。
乾いたノックが静寂を破る。
「どなたかの?」
中から出てきたのは、ヨボヨボの爺さんだった。体は痩せ細り、骨に直接肌が張り付いている様にしか見えない。顎はガリガリに痩せていて、髑髏と喋っている様な気になる。怖い。
だけど、目には、優しい炎が点っている。心の中まで温めてくれそうだ。
「あの。俺ハイデルキアのケンって言います。この辺りに、差別主義者のオクトパスってやつがいるという噂を聞いたのですが、何か心当たりはありませんか?」
「差別主義者?」
「ええ。性的少数派の人を襲う悪いやつなんです。何か心当たりは?」
「ううむ。ないのう。そういえば、“花に住んでいるお嬢さん”は差別をよくしていたの」
「その人の家はどこにありますか?」
おじいさんには簡単な地図を書いてもらった。俺たちは、湖の底を歩いて、蓮の葉の橋をを通って、液状化した虹の池を歩いて渡った。
「さっきのおじいさんは差別主義者じゃなさそうでしゅね」
「いや、まだわからないだろ?」
「えー! とっても優しそうだったのに!」
「だから怪しいんだよ! 自分が殺人鬼だったら優しそうに振る舞うだろ?」
「みんな……着いたよ」
ココが指で目的地を指し示す。そこには色とりどりの花で固められた家があった。ちっこくて華やかだ。
「ここに人が住んでいるのか?」
赤、オレンジ、黄、緑、水色、青、紫様々な色が散りばめられている。
家は、花を縫い合わせて作ってある。天井も壁もドアも花でできている。窓はガラスだがガラスの内部には当然ドライフラワーが埋められている。
それはまるで花でできた城の様だった。物語の中でピンクのドレスのお姫様が住んでそう。少女の夢のかけらを縫い合わせて作った裁縫作品のようだ。
俺は近寄って、ノックしてみた。
クシャクシャ!
俺の拳が花にぶつかって、変な音が出た。これでノックしたことになるのだろうか?
少し待つと、中からその花の城主、お姫様が出てきた。その人物は会ったことのある人物だった。




