最後の戦い
アリシアに声をかけた瞬間、彼女は逃げ出した。
「待て! アリシアっ!」
アリシアは噴水広場から出ると、煉瓦造りの建物の影に入った。
「待てよっ!」
少し遅れて、俺も噴水広場から出ると、煉瓦造の建物の影に入った。
すると、アリシアが角を曲がった瞬間がチラリと見えた。
「アリシア! お前なのかっ?」
アリシアを追いかけて、俺も角を曲がる。
すると、アリシアが橋を渡った瞬間が目の端に映った。彼女の軽快な靴音が俺の耳にやけに残る。
「アリシア! 俺だ! 俺がわからないのか?」
俺も彼女の後を追って、靴音を響かせる。
橋を渡ると、アリシアが大きな廃教会に入っていくのが見えた。
「アリシア! 待ってくれ! 俺がどんなにお前に会いたかったか!」
俺も彼女を追って教会に入る。教会の中は寂れてカビ臭かった。
空気中にはたくさんのホコリとチリが舞っていて、それが不衛生に煌めいている。
教会の奥は巨大なステンドグラスになっていた。
色鮮やかなガラスはあちこち割れて、その完全性を失っている。
だけどそれが完璧なものよりもどこか美しい様に感じた。
外から入ってくる光は、ガラスを突き抜けて様々な色を地面に描く。
そして、綺麗な蜂蜜色の光がアリシアの顔を暗闇に浮かび上がらせる。
「月が綺麗よね」
アリシアは目線を上げながら言った。
「アリシア、お前なのか?」
「ぐるるるるるる。ガルガル。わんわん!」
アリシアは手で引っ掻く様なポーズをとった。
そして、右眼をえぐり出すと俺の方に放ってよこした。
「ウルフか……!」
俺はガラスでできた蜂蜜色の瞳を拾った。
「今日で決着をつけようぜ」
と、敵意むき出しのウルフ。
そして、俺は、
「なあウルフ。俺と友達になってくれないか?」
その瞬間、静寂に包まれていた夜の街がさらに冷たい静寂に包まれた。
「もうこんな戦いなんてやめにしよう。俺もお前ももうなんで戦っているのかわからないだろ?」
俺はウルフに近寄っていく。
ウルフは何も答えず、俺の瞳を覗き込む。
「俺にもう友達なんて呼べる人はいなくなった。
俺の知り合いの中で最も友達に近いのはお前なのかもしれない」
俺はさらにウルフに近寄っていく。
アリシアの姿のウルフは、俺の顔を睨みつける、アリシアの蜂蜜色の瞳で。
「俺と友達になってくれ。ウルフ」
「俺をこの娘の代わりにするってことか?」
「そうだ。ウルフは俺が殺したことにする。お前はアリシアになってくれ」
「いい考えだな。断る」
「どうしてだ?」
「俺にはやることがある。この世に存在するパワーワード使いどもを皆殺しにするんだ!」
「それはお前がパワーワードの産物だからか?」
ウルフのことはこの一年で調べ尽くした。彼の身に何があったのか。なんで悪に堕ちたのか。
「その通りだ」
ウルフの顔が暗い夜闇の中で黒く輝く。
不気味な温度が肌を舐める。
時の濁流が俺たちの体を吹き飛ばす。
夜の風は、とてもとても汚かった。
[?年前 ウルフ視点]
俺は生まれた、誰にも愛されずに、誰にも求められずに、誰にも必要とされずに。
「はははっ! 醜い子供だね!」
と、俺の父親。
「ふふふっ! こんな気持ちの悪いガキいらないね!」
と、俺の母親。
俺の両親は絵に描いたようなクズだった。
俺は、こう見えても人間の子供だ。
だけどその姿は一匹の気味の悪い化け物。
大きく裂けた口に、二十四個もある瞳。
不気味な様相のせいで俺は周囲の全てに拒絶された。
「お前なんかあっちに行け!」、「醜い化け物めっ!」、「死ねっ!」、「気持ち悪いんだよ!」、「どっか行け!」、「いなくなれ」、「殺してやる」、「不気味なやつだ」、「人間の仲間にも狼の仲間にもなれない」、「一生一人で生きろ」
ある日俺は勇気を出して、近所の子供達の中に声をかけた。
「ぼ、僕も仲間に入れて」
そして、俺は勢いよく突き飛ばされた。尻餅をついて目線を上げると、
「やだよ」
「どうして?」
「だってみんながそうするじゃん」
『みんなが俺を拒絶するから、俺も拒絶する』。そんなよくわからない理由で俺は疎まれた。
俺はただ友達になって欲しかっただけだったのに。
俺はただ一緒にいて欲しかっただけなのに。
俺はただ一人がもう嫌だったんだ。
俺は両親に尋ねた。
「お父さんとお母さんはどうして僕を作ったの?」
「ふふふ。それはね私たちがパワーワード使いだからよ」
「ははは。それはね父さんたちが強くなるためだよ」
「ふふふ。絶対に結婚したくない人と結婚して」
「ははは。欲しくない子供が欲しいと願う」
「「そうすると、パワーワード使いは強くなるんだよ。お前はパワーワードによって作られた物。パワーワードの産物だ」」
俺はパワーワードによって生み出された産物。だからこんな見た目になったんだ。
欲しくない子供が欲しい。その願いによって生み出された俺は、親に望まれてはいけない。
そして、親に忌み嫌われるようなこんな姿になったんだ。
そうすれば矛盾を有したまま、俺は存在できる。
親に嫌われた子供として存在できる。
両親は俺を作ったことによってとっても強くなったらしい。
両親はすごく嬉しそうだった。『欲しくない子供が欲しい』俺にはその気持ちがなんなのかよくわからなかった。
俺はそれからも人に忌み嫌われ続けた。
疎まれて、蔑まれて、罵られて、馬鹿にされて、嫌われて、虐められて、虐待されて、憎まれて、誰からも必要とされずに育った。
俺は何もしていないのに、俺は誰も傷つけなかったのに、みんなは俺のことを傷つけた。
罵詈雑言の雨嵐は、人を傷つける強い言葉は、俺の心を醜く歪ませた。
人間の人生というのは、真っ白いキャンパスだ。
生まれた時には何も書かれていない。
そこに自分の人生を描くんだ。
誰でもどんなことを書いてもいい。
一枚の絵を描いてもいい。
抽象画を描いてもいい。
漫画を描いてもいい。
詩を書いてもいい。
自分の名前だけ書いてもいい。
何も書かなくたっていい。
だけど人生のキャンパスに絵を描くのは、いつだって俺じゃないんだ。
俺の人生に色を与えるのはいつだって他人。
親や周囲の人間は、いの一番に俺の手から筆を取り上げて勝手に何か描き始める。
「お前はこうすべきだ」、「お前はこうなんだ」、「お前は父さんのようになりなさい」、「将来はこうなりなさい」、「お前は馬鹿だ」、「お前は誰にも必要とされない」、「お前にそんな能力はない」、「お前にできっこない」、「お前はこういう子だ」
そして、気づけば、俺は何も書かずに他人が俺のキャンパスを好き放題に塗り尽くすのをただ見ているだけになる。俺の人生のはずだったのに。俺の絵のはずなのに。
そして、俺は遂に決めた。
「俺は人に忌み嫌われる醜い化け物になる」
これは人生で初めての俺の判断だった。
その時に、俺が自分のキャンパスを見ると、そこにはもう真っ黒に塗りたくられた紙があるだけだった。
もうそこには何も書けなくなっていた。
この選択が俺の意思なのか他人の意思なのかよくわからなかった。
でもそんなこともうどうでもよくなっていた。
「俺はなりたくない悪になる! 殺したくない人を殺して、傷つけたたくない人たちをたくさん傷つける!
みんなが俺を拒絶するなら、俺もみんなを拒絶する!」
俺の独り言は力強くうねる。
強い意志とともに俺の真っ暗な人生を変えた。
狂った歯車はもう止まらない。軋む身体は錆びている。
体の表面は曇っている。機械のようになった俺の冷たい心がさらに冷たく凍りつく。
そして、
『パワーワードを感知しました。ウルフの能力が向上します』
俺は変身能力を手に入れた。
今の俺はどんな人間にもなれる。
俺は今まで誰でもなかった。
いないものとして扱われた。
そんな誰でもなかった俺は、誰かになれたような気がした。
「俺は今日からは狼男だ!」
俺の瞳が光り輝く。
希望の炎を絶望の海がかき消した。
うねる闇の飛沫が顔にかかる。
黒い風が頬を撫でる。
汚い炎が瞳の中で怨嗟の怒りを醜く放つ。
俺は心まで醜い化け物になった。
俺はまず父親に変身した。
そして、自分がかつて言われた罵詈雑言を使って母親を口汚く罵った。
すると、母親は激怒した。狂ったように怒りの炎を撒き散らす。
暴れ狂い、そして、俺は素早く本物の父親を母親の前に突き出した。
母親は父親を殺した。俺はそれを見て言葉というものの強さを理解した。
それからは復讐の毎日だった。俺のことを罵った人物の最も身近な人に変身して、口汚く罵る。
そうするだけで人間どもは勝手に殺しあった。
人を殴ったり、斬りつけたり、噛んだり、ひっかいりたりするよりも、もっとずっと効果があった。
言葉の暴力は、パワーワードで獲得した他のどんな能力よりも醜い力だった。
人間の最悪な部分を見たような気がする。
そして、俺はパワーワード使いどもを皆殺しにすることにした。
最初は復讐だった。復讐は次第に色濃くなり、俺に使命感を植えつけた。
「パワーワード使いを殺す。もう次の俺(いらない子供)を生み出させたりしない」
優しい言葉を互いに掛け合うような社会ならみんなが強くなれた。
そうすればみんなが幸せだった。
なのにそんな言葉をかけてくれる人なんてただの一人もいなかった。
優しい言葉の代わりに、口から出てくるものといえば、罵詈雑言に妬み、嫉妬、そねみ、悪態、悪口、そんな醜いものだけだった。
俺を生み出したのは人の悪口だった。
俺はパワーワードの産物。人間の悪意によって生み出されたモンスター。
[現在 ケン視点]
「それはお前がパワーワードの産物だからか?」
「その通りだ」
ウルフの声は冷たくて、鋭く尖った刃物のようだった。その刃物は俺の鼓膜に音を立てて突き刺さった。
そして、教会の中で最後の戦いが始まった。
ここ暗いですね……ここまできたらぜひ最後まで読んでください!
絶対がっかりさせません!!




