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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第一巻パワーワード 第一章 綿棒を着る女の子 
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綿棒vsウナギ


第一章 異世界転生


[主人公視点]


どこからか声が聞こえてくる。

「起きて!」

誰かが俺のことを起こそうとする。

だが同時に、睡魔の誘惑が俺を夢の世界に引きずり込む。

せめぎ合う二つの力に引っ張られて、俺はどうしていいのかわからない。



「起きて!」

今度はもっと強く誰かが俺のことを起こそうとする。そして、睡魔は次第にその影を沈めていった。


「あ! やっと起きた!」

俺は目を覚まして、自分の周囲をよく見渡した。そこは見たこともない世界だった。

透き通るほど爽やかな野原の中心に俺はいた。


時刻は黄昏時。夕暮れが、野原をオレンジの光で焼いている。


「あなたは異世界から来たのよ! 私が呼んだのっ!」

目の前には女性がいた。ぴょんぴょんして喜んでいるが、目には涙の跡がある。

さっきまで泣いていたのだろうか?

「じゃあ俺は異世界転生してきたってこと?」


「そうよ! 君、名前はあるの?」

俺は自分が誰だか思い出せなかった。どこから来たのか、俺が誰なのかほとんど記憶がないのだ。

「俺の名前は……ケン」

微かに頭にある記憶の残滓を口に出した。


「そう! よろしくね! ケン! 私の名前はアリシアよ」


アリシアと名乗る女性の姿をもう一度まじまじと見た。

アリシアの顔はとびきり可愛かった。

この世の全ての可愛らしさを石のように固めて、その石を削って作った顔みたいだ。


頭部から生い茂る髪の毛は透き通るようなプラチナブロンド。宝石を無理やり頭に植え付けているみたいだ。

瞳は綺麗な蜂蜜色。金色とは違った趣がある。黄昏の時に見える黄金色の世界を眼窩に封じ込めたみたいだ。


俺の瞳はそんな彼女の可愛らしさに釘付けに()()()()()()。それ以上に視線を奪うものがあったのだ。


俺の視線を独り占めしたのは彼女の着ている不可解な服だった。俺はその様相を戸惑いながら口にした。



「アリシア。君、綿棒を着ているの?」



アリシアは綿棒を着ていた。

綿棒を着ているという状況が頭に浮かぶ人などいるのだろうか? 


そんなことを言われても、何が何だか分からずに思わず聞き返してしまう人が大半だろうな。



だけど、俺はこの右目と左目でしっかりと見た、アリシアが綿棒を着ているのを。





そして、

『パワーワードを感知しました。ケンとアリシアの能力が向上します』

と、どこからともなくアナウンスのようなものが流れた。


「ええ! 気づいてくれてありがとう! おかげでパワーが上がったわ」

アリシアが着ているのは、綿棒をたくさん編み込んだお手製の服だった。


綿棒と綿棒を並び立てうまい具合に網の目を作っている。

敷き詰められた綿棒はまるで白い草はら。

風に煽られて表面は艶めかしく揺れている。


そして、その綿棒の網はばらけないようにしっかりと糸で固定されていた。

この糸もきっと綿棒を加工して作ったものだろう。


綿棒と綿棒と綿棒と綿棒が折り重なって一つの服となる。

この異様な光景は異世界特有のものなのだろうか?

「ちょ、ちょっと頭が理解に苦しんでいるんだけど、なんで綿棒を着ているの?」

「なんでって強くなるためよ」


「は?」

「それがこの世界の常識なのよ。転生者さん!」


「え? 頭がおかしいのか? 君は頭がおかしい子なのか?」

「違うわよっ!」


「正直、異世界転生していきなり綿棒を着ている女がいたら困惑する。

異世界から来たから君が不審者なのか、変態なのか判別しかねる」

「不審者でも変態でもないわ!」


「異世界の常識って言われても、そんなことわかるわけない。

異世界にも頭のおかしな人なんているだろうし、正直、アリシアのことを警戒せざるを得ないんだ!」

「ケン! 私は、頭がおかしくないわ! 常識人よ!」


「いやいや、常識人よって。普通、常識人はそんなこと言いません」


「ケン! 聞いて!」

「頭がおかしい奴に限って自分には常識がある。自分は普通だとかいうんだよな」


「ケン! ちょっと聞いて!」

「だいたい異世界人に常識を得く方がおかしいよな! 

それに、異世界なのに言葉が通じているし、何がどうなっているのか分からない。さらに--」

「ケン! 聞いてってば!」


気づくと、アリシアの表情がさっきと違って強張っていた。

ピンと張り詰められた緊張の糸が目に見えそうだ。

「なんだよ、さっきから? 人が喋っているのに、横槍入れやがって!」

「違うの! 私たち()()()()()()!」


その瞬間、緊張の原因がわかった。

鼻につくような獣臭。


そして、周囲の草原がかすかに揺れている。

きっと何かが茂みの影に身を潜めているのだろう。

そして、その何かは一匹や二匹ではない。


「な、なんなんだよ?」

俺は困惑と緊張が同居したような声を発した。


「あなたは異世界人だから馴染みがないのね! 

この世界に普通にいるモンスターたちよ! 

戦う準備はいい?」

「いいわけねーだろ!」

「あなた綿()()()()()()()()()()()?」

「はあ? 綿棒なんて持っているわけないだろ!」


俺はポケットの中を急いで探った。

全部の指先を尖った神経のように張り巡らせた。

手をポケットから抜いて、開くと、幾許かの小銭が出てきた。


「それ、異世界の小銭?」

アリシアが物珍しそうな顔で俺の両手を覗き込んできた。

小銭の銀色にアリシアの可愛らしい顔が湾曲して映る。


「そんなのどうでもいいからなんとかしてくれ!」

「わかったわ! ケンも綿()()()()()()!」

『パワーワードを感知しました。アリシアの能力が向上します』

アリシアが懐から大きめの綿棒を出すと構えた。そして、あのアナウンスが流れた。


「だから綿棒なんて持ってないっつってんだろ!」

「私が合図したら綿棒でモンスターの首を切り落として! 用意はいい?」

「だからいいわけねーだろー!」

()()()()()!」

アリシアは俺の台詞を逆の意味で捉える呪いにでもかかっているのだろうか?



「じゃあ行くわよ! 三秒前!」

「ちょっと待てって!」

「二!」

俺の話を無視してアリシアはカウントを進めていく。

周囲の草の揺れは次第に激しくなっている。

草波がこちらに向かって駆けてきているようだ。


心臓は激しくその体積を変化させる。

汗が肌に張り付いて不気味な感触を俺の素肌に与える。

「一!」

「くそっ!」

そういうと俺はこちらに背中を向けるアリシアの服を引きちぎった。

音を立てて綿棒の服は千切れる。

手の中には数本の折れた綿棒が転がっている。


「ちょっとなにすんのよ! でも時間がない! 今よ!」

「わかったよ! 綿()()()()()()()()()!」


そして、俺は振り向きざまに綿棒で思いっきりモンスターに切りつけた。

『パワーワードを感知しました。ケンの能力が向上します』



その瞬間、綿棒の質量が増えたような気がした。

手の中の綿棒がその重力を惑星に向けて放つ。

ずっしりと重い綿棒はまるでゲームに出てくる大剣のように心強かった。

振り抜いた大剣は大剣よりも大剣らしかった。


気づくと、目の前には綿棒で切りつけられたモンスターがいた。

モンスターは見たことのないような姿だった。

全身緑色の四足獣。

頭からは巨大なピストルが生えている。

目も口も鼻もない。


「な、なんだこいつ?」

「そいつはテッポウナギよ!」


「テッポウナギ? ウナギなのかこいつ?」

「見ればわかるじゃない!」


「分からないよ! なんで頭からピストルが生えているんだよ? 生物の構造上変じゃね?」

「それはピストルじゃなくてテッポウよ! あなた頭がおかしいの?」

「お前にだけは言われたくねーよ!」


「無駄口叩いてないで構えて! 次が来るわよ!」

「無駄口叩いているのはお前だろっ!」


そして、俺は再び“綿棒でできた大剣?”を構え直した。

綿棒は俺の両手の中で呼吸をしているように存在感があった。

綿棒と俺の呼吸は次第に重なっていく。

俺の腕の中で息をする綿棒は、生きているみたいだ。


俺は一人じゃない。綿棒と二人で一人だ!


そして、一斉に飛びかかってきたテッポウナギを綿棒で返り討ちにした。

綿棒の切っ先がウナギの首筋、脇腹、脚の腱を正確に攻撃する。


綿棒を持った俺は、人が変わったようだった(まあ記憶を失っているから想像だけど)。

鬼神のように荒れ狂う俺は綿棒を自分の腕のように自由自在に操った(つもり)。

俺の綿棒と一心同体になって繰り出した一撃は正確に、ウナギの一番弱い部分を突いた(気がする)。

そして、俺に恐れをなしたウナギの群れは一目散に逃げていった(と、思った瞬間、足元に擬態していたウナギに急所攻撃をされた俺は悶絶の表情を浮かべて気絶した)。


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