性転換
「性転換したいのか……」
ココはよほど勇気を振り絞って言ったのだろう。少し顔を赤らめている。
「俺はその辺のことはよくわからないけど、お前がやりたいならやるべきだ！ ゴリアテは体男、中身女でいいって言っているけど、別にそれが正解ってわけじゃないしな！」
「なら？」
「ああ！ 俺は性転換した方がいいと思う！ 理由はお前がやりたいと思っているからだ！ 体と心の性別を一致させた人なんてたくさんいるし、珍しくもないだろ！ 体が変われば、元の社交的だったココに戻れるさ！」
「じゃあ僕……手術を受けるよ！」
きっとずっと手術を受ける踏ん切りがつかなかったのだろう。ゴリアテはあんなだし、相談できる人なんてそうそういないだろ。
そういえば本棚に性転換についての本もあったな。
「手術はいつ受けるんだ？」
「わからない……とにかく今は、差別主義者を捉えたい」
「そうだな！ まずはあいつを捕まえよう！」
「そのためには……」
「パワーワードの特訓だ！」
そして、不安を洗い流すように特訓は始まった。一握りの希望を握りしめ、勇気をロウソクに点火させ、眼前に明るい未来だけを描いた。
［翌日］
俺たちは、ベッドに腰掛けて、
「俺は水を操る。アリシアは炎だ。お前はなにを使いたい？ なるべく自分の人生において大きなトラウマだったり、人生を変えるものだったりした方がいいな」
「なら……僕は花がいい。よく一人で摘んできたり、部屋に飾ったりしたから」
「わかった！ ならココは花を使おう！ お前らしくていいんじゃないか？ ワードはなんにする？」
「花よ！ 咲き誇れ！ とかは？」
「それじゃダメだな。矛盾していない普通の文章になっている。もっと意味不明な文章の方がいいな」
「花よ！ 食い尽くせ！」
『パワーワードを感知しました。ココの能力が上がります』
「怖いな……でも能力が上がったからそれで決まりだ。ん？ っていうかどこかで聞いたことがあるフレーズだな」
食い尽くせ。食い尽くせ。食い尽くせ。
俺はクロコダイルのクソ野郎のセリフを思い出した。
【闇よ！ 食い尽くせ】
「あ！ クロコダイルの台詞と同じだ！ でもなんであんなやつと同じ台詞にしたんだ？」
「クロコダイルのパワーワードと同じなの？ 僕は、薬物に蝕まれた経験から、今の台詞を作ったんだ」
「あ、そういうことか。確かに、ココにとってそれは大きなトラウマだしな！」
そして、俺たちがパワーワードの特訓を始めて一週間が経った。
「花よ！ 食い尽くせ！」
ココは必死で練習した。虐げられた最悪な過去は彼の原動力となった。辛い思い出が彼を突き動かし、努力させた。だが……なんの成果も出なかった。
「ダメだな」
「うん……僕才能がないのかな」
「いや、一週間で能力開花なんてそうそうない。気長に頑張ろう！」
その時だった。
乾いた音がココの家に響いた。アリシアとゴリアテがドアを開けた音だった。
「差別主義者の容疑者を見つけたわ！」
差別主義者の容疑者は何十人もいた。この中から虱潰しに探すしかない。
「まずは、歯に住んでいるっていう人からだ！」
俺たちは早速行動開始した。
容疑者の一人目は、山奥に住んでいる。人との関わりを絶って、孤独の海の中で生活している。差別主義者は、孤立している人が多いい。なぜなら人の意見を尊重できない人が多いからだ。
人の意見を、頭から否定して、自分の意見を押し付ける。そうすれば自ずと孤立してしまう。
俺たちはエルジービーティーの国の端っこを目指して移動を始めた。
朝焼けが空を濡らして汚す。乾いた空気は湿っている。口から吸い込む空気は、ひんやりしていてどこか暖かい。
夜明けの光は、弱々しくて力強い。地平線からその身を乗り出す太陽は、地上に向かって光を撃つ。
土砂降りの様な朝焼けは、見る者の心を優しく溶かす。まるで砕けた光の破片が心に突き刺さっているみたいだ。
朝露に溶ける空には虹がかかっていた。虹は、性的少数派の人を表すモチーフ。ココの人権が空に浮かんでいるみたいだった。
誰もが、他人を認められる社会なら、被差別者は生まれない。誰が誰を愛そうと自由なはずなのに、人間は他人のことを認められないのだ。
人間はみんな違う。それなのに、なぜか同調を求める。それは、孤独になるとすぐに壊れてしまう弱い人間の弱い心を表しているのかもしれない。
「ココちゃん？ 性転換するんでしゅって？」
「うん……！」
「いいじゃないでしゅか！ きっと素敵な人間に生まれ変われまちゅ！」
「ゴリアテは反対じゃないの？」
「ううん。大賛成でしゅ！」
「私もいいと思うわよ！ ココちゃんが女の子になったら一緒にケンを省いてガールズトークしましょう！ ね！ ケン！」
「なんで俺にその話フったんだよ？ 意味わかんねーよ」
そして、俺たちは歯の家についた。
