聞いて欲しいことがある
ココは社交的だった。ココには友達がたくさんいた。ココは両親に可愛がられていた。ココはよく笑う人だった。ココは楽しく生きていた。ココは普通だった。
だけど、あの日を境にココの人生は地に落ちたみたいだった。
内向的になり、友達は消え失せ、両親に愛想を尽かされ、笑わなくなった。辛い人生を騙し騙し生きることにした。もう普通じゃなくなった。
あまりにつ辛い人生を、ココは耐えられなかった。ココは気を休めるためにドラッグを使い始めた。
ココは使い終わった注射器を床に捨てて、
【気持ち……い……い】
脳内の恍惚を口からこぼした。
ココは、モルヒネ、大麻、ヘロイン、コカイン。様々な薬物を使った。
人の体を食い破るドラッグだけがココの友達だった。
死のうと思ったことは、一度や二度ではない。なんども手首にナイフを押し当てて、首を括って、飛び降りようとして、頭を撃ち抜こうとした。
世間から“死んでほしい”と思われたから、死のうとした。
自分には生きている価値などないから死のうとした。
だけど、運命はココを死なせてくれなかった。あれだけ煙たがられたのに、あれだけ迫害されたのに、逃げることは許されなかった。
[現実に戻る]
俺の頭の中からココの過去は消えてなくなった。
「こんな過去があったなんてな」
「僕たち性的少数派は……少なからず今の様な目に遭う……差別はどこにでも起こる普通のこと……」
「俺の体は男性だ。そして中身も男性だ。だから俺はお前の気持ちはわからないし、なんて言っていいのかわからない」
「うん……」
ココは俯いて、地面を見つめている。
「お前は悪くない。運が悪かったんだ。ココはココだ。そんなチンケな台詞だけでお前が救われるとは思えない」
俺は少しだけ笑顔を作って見せた。
「だから俺はそんなことは言わない。代わりに、お前を痛めつける残酷なことを言わせてもらう」
「えっ……?」
ココは慰めてもらえるとでも思っていたのだろう。困惑が顔の上で踊っている。
「ココ、お前の体は男性で、中身は女性だ。お前はおかまだ。そして、性的少数派だ。だからお前はこれからもずっと差別され続ける。お前がやめてくれと泣き叫んでも、周囲の人間は変わらない。これからもずっと死ぬまで差別される」
「…………」
ココはおし黙る。
「というかココが死んだ後も、なにも変わらないだろうな。人間は少数派を認めることができない。永久に差別なんてなくならない。だって、“差別的な意見を持つな!”その意見ですら一種の差別だぜ?」
「でも……」
「だから、お前はこれから強くなるんだ、俺と一緒に。そして、今よりももっとずっと強くなって、力で周囲の人間をねじ伏せるんだ! 差別する側の人間に変わってくれと願ってもなにも変わらない。お前自身が強くなるしかないんだ! 世界が変わるんじゃない! “お前”が変わるんだ!」
「でも……僕なんかに」
「できる! できるまでやるんだ! お前の性別が人と違うことは、何かを諦めていい理由にはならない」
「…………」
ココは俯いていた顔をほんの少しだけあげる。長い前髪で隠れていた瞳は、炎の様な赤色だった。
「そうだ! 上をむくんだ! っていうかそんな派手な瞳だったんだな! 今まで、前髪で隠れていて見えなかったよ」
「うん……母さん譲りで……」
「ココ。お前は、自分で思っている以上に、頑張ろうとしている。本棚に並んだ自己啓発の本の山。あれはお前が自分を変えようとしている証拠だ。お前は死にたいなんて思っていない!」
「うん……!」
「内向的な人間や、友人を作るのが苦手な人は世間じゃ不良品扱いされる。だけど、本当の不良品はそういうのをバカにする奴の方だ。欠点を認める勇気が人を強くしてくれるはずだ!」
「うん!…… 僕、強くなりたい!」
「今のままじゃ俺もクロコダイルにすら勝てない! 一緒に特訓しよう!」
ココは力強くうなずいた。いつの間にか心に蔓延る黒いカビは、勇気の炎に焼き尽くされて消えていた。
「ケン」
「なんだ?」
「聞いてほしいことがある」
俺はココの話を黙って聞いた。




