自殺(他殺)
第三章 自殺(他殺)
ココは吊るされて、振り子のように揺らぐ。右に左にぶらぶら揺れる。凪の中なのに風に弄ばれているみたいだ。
首に括られたロープはシーツを組み合わせて作られたものだろう。白い結び目がいくつも見える。
凸凹のロープはココの首に絡みつく。蛇のようにトグロを巻く。それはまるで、見えない他人に首を締められているかのようだった。
「おいっっっっっっ! ココっ! 何があったっ?」
俺は動揺を隠しきれない。顔の裏側にある動揺が皮膚を突き破って顔に浮き出そうだ。
「水よ!」
俺は水の短剣を生成し、ココを空に縛りつけるロープを掻き切った。ココの躯体は鈍い音とともに、ベッドに沈んだ。
俺は彼を抱き上げて、
「おい! 差別主義者にやられたのか?」
ココはよだれを吐きながら押し黙る。もし、差別主義者がこの家に侵入したのなら隠すはずがない。すぐにでも言うはずだ。なのに、ココは黙り込んでいる。ということは――
「お前、自殺しようとしたのか? どうして?」
不穏な影がするすると胸の中に入り込む。骨の間を縫って、血管を突き破って、臓器に絡みついて来る。
二対のベッドが並んでいる。それらに腰掛けて俺とココは向かい合っている。
「落ち着いたか?」
ココはコクリとうなずく。
「聞かれたくないだろうけど、原因を無くさないとまた同じことが起きる。だから聞くぞ? なんで死のうと思った? クロコダイルが原因か?」
クロコダイルに会うまでは、あんなに楽しく過ごしていたのに。
「違う……」
「じゃあどうして?」
俺はどんな顔をしていいのか分からない。無表情の上に、困惑が塗られているような顔でココを見る。
「僕は……生きていたって……しょうがないから……」
そして、ココの悲しい過去が俺の中に流れ込んでくる。目を覆いたくなるような悲しい過去は、見るもの全ての心を汚す。眼球に直接タールを塗り込まれているようだ。
だけど、人間は両の目を見開いて事実と向き合わなければならない。目を閉じたって事実は何一つ変わらないのだから。
[ココの過去]
ココが自分の中に違和感を感じ始めたのは、思春期に入ってからだった。
男らしくなる体に、心が違和感を覚え始めたのだ。
なんだかむず痒くて、こそばったいような感覚。自分の体なのに、自分じゃないみたいに感じた。
ココの心の中にはいつも二人の人間がいる。一人は外見だけのココ。もう一人は、内面だけのココ。そして、その二人の性別は異なっている。
この日、ココはいつもみたいにみんなと遊びに公園に行った。いつもみたいに一緒に遊びたかった。だけどこの日はいつもと違った。
【お前もうこの公園に来るなよ!】
ココは突然突き放された。
【え? どうして?】
【だってよ……】
男友達たちは、目を見合わせる。そして、
【お前普通じゃないじゃん】
ココに冷たく言い放つ。
【前から思っていたけど、お前おかまだろ?】
【そうだけど、それが何? 昨日まで一緒に遊んでたじゃないか?】
昨日までは、平穏だった。だけど人生の分岐点なんて突然やって来る。人の気なんて知らずに、残酷に人生を歪ませる。
【いや……そうなんだけど、なんか気持ち悪くて】
【なんだよそれ? 僕が何かしたのか?】
【いや、何もしてないよ。でももう俺たちに関わらないでくれよ。おかまの仲間だと思われたくないからさ】
ココは何もしなかった。だけど周囲の人間は、ココにひどいことを言い始めた。
この日を境に、ココの人生は大きく変わった。
昨日まであんなに楽しかったのに、昨日まで幸せだったのに。もう今日からは違う。
ココの両親は、
【なんでおかまなんかになるんだよっ! 普通にしてちょうだい!】
【ココ? 父さんたちはなにもココが嫌いになったんじゃない。だけどお願いだから周りの子と同じ様にしてくれ】
【よりによってなんでうちの子が?】
泣き崩れる母親。
【きっとこれは天罰だ】
顔に怒りに似た何かを浮かべる父親。そして、その矛先はココにまっすぐ伸びていた。
そして、一人が言い始めると、他の人も追従する様にココを傷つけた。
【気持ち悪いんだよ】【どっかいけ】【なんか臭くね?】【お前は異常だ】【あっちに行けよ】【なんで男なのに女なんだよ】【ズボン脱がせてやろうぜ】
【普通にしろ!】
【普通にしろ!】
【普通にしろ!】
【普通にしろ!】
【普通にしろ!】
“普通にしろ!”その言葉は、ココにとっては重たくて苦しいものだった。ココにとっては、これが普通なのに。それを認めてもらえなかった。みんなと違う。ただそれだけで熾烈な責め苦を受けた。