差別
第二章 差別
店から出ると、そこは血の海だった。
火炎のように燃える血が地面の上でギラついている。茶色い砂上をどす黒い絵具が染み広がるようだ。
血液は砂つぶを食べながら進む。空気には鉄分の不快な匂いが混じっている。
その不快な光景の中でも一際不快なのは、その音だった。
幾度も幾度も人間に振り下ろされる拳は、醜い音を立てる。
グシャリ!
振り上げられた拳が顔を潰す。
バキッ!
握り拳が頬を砕く。
ドゴッ!
差別と偏見に満ちた右手が、ココの鼻をへし折った。
ゴリアテは数人の屈強な男に押さえつけられている。組み伏せられて、地面で身動きが取れていない。
ただじっと殴られているココの姿を見せつけられている。
「なにやっているんだ! お前らっっ!」
俺は怒りに燃えた怒号を放つ。
虫の息のココに女性が馬乗りになっている。
手は血に塗れて黒く変わっている。まるで悪意に染まっているかのようだ。
そいつは俺に気づくと、
「お前パワーワード使いのケンだな。邪魔しないでくれるか?」
ココをいたぶっていたのは、レストランで突っかかってきたクロコダイルと名乗った女だった。
「ココから離れろっ!」
俺は空気中に水の剣を生成。水は飛沫を放ちながら空へと燃え行く。
「あんたは関係ないだろっ!」
クロコダイルはワニのような八重歯の隙間から嫌らしい舌をべろりと垂らした。
銀色のピアスが舌を貫通して、痛々しく飛び出ている。
多くの人が、友達にはなりたくないやつだと判断するだろう。彼女の見た目はそれほど常軌を逸しているのだ。
普通の人は、クロコダイルのことを、“普通ではない”という括りにぶち込む。だがそれも差別に他ならない。
俺たちもまた、差別主義者なのだ。
クロコダイルの強烈な見た目で、彼女を意地の悪い人間だと判断する(実際にそうなのだが)。
そして、彼女は無抵抗のココを殴った。クロコダイルはココを許すことができない。
それもまた一つのただの意見なのだ。
俺の意見は、“ココを殴る彼女を許せない”だ。
混じり合うことのない二つの意見は、衝突する他ない。ぶつかり合う以外で、人間はわかりあえないのだ。
全ての人と分かり合って、友達になる。そんなの頭の悪い奴が考えた、ただの幼稚な理想論だ。
「水よ! 燃えろ!」「闇よ! 食い尽くせ!」
二つの意見は、正反対に飛ぶ流星。ただ真っ直ぐに逆方向に飛んでいく。
そして、その流星は火花を飛ばしながらぶつかり合った。




