青筋隠し
[おかま家店内]
店内は至って普通の雑貨屋だった。
ほこりっぽい棚にいくつもの商品が乗っている。
陳列される器具は、見たことのないものばかりだが、人体をおかまに改造するものではなさそうだ。
「よかったー。改造人間手術室みたいなのじゃなくて」
「ふふふ。そんなわけないじゃないでしゅか!」
「じゃあなんでさっき“今日はいい天気でしゅね”とか言い出したんだよ!」
「ただの冗談でしゅよ。さ! おかま屋さんの店内を物色するといいでしゅ!」
俺は、おかま屋さんの商品をいろいろ見てることにした。
「え? なにこれ?」
俺が手に取ったのは、『髭隠し』と『腕用メイク用品』だ。
「それはお髭を隠すクリームと、腕をメイクするものでしゅ」
「髭隠しはわかるんだけど、腕にメイクするってなに? どういうこと?」
「ほら! ちょっと見てみるでしゅ」
ゴリアテは幹のように野太い腕を俺に差し出してきた。
破裂しそうな筋肉があちこちで隆起している。噴火寸前の活火山のようだ。
「ひいっ! ごめんなさい!」
「なんで謝るんでしゅか? 失礼でしゅよ」
俺はゴリアテの腕を恐る恐る見た。視線で探るようにして、腕の表面を見る。
「普通にいかついおっさんの腕じゃないのか? ん? あれ? メイクしてある」
「その通りでしゅ! 腕の毛を全部剃ってから、下地にファンデーションを塗って、青筋隠しや、ラメ、肌のトーンを明るくするクリーム、アームシャドウを塗るのでちゅ」
アームシャドウってなに? アイシャドウ的なやつかな。俺はもっとまじまじ彼の野太い腕を見た。
「いや、青筋ぜんっっっっっぜん隠せてないけどっ!」
ゴリアテの青筋は皮下から飛び出さんとしているみたいだ。
皮膚の下に蛇を飼っているんじゃないかと思うほど強く激しく色濃く濃密に浮き出ている。
はっっっっっきりと青筋が見えている。
「そんなことないでしゅよ! ノーメイクだと、あたちの青筋はお兄ちゃんの大腸と同じくらい太いでしゅ!」
ねえ、何でそんなグロい例え方するの? 怖いんだけど。
「それにレディーに腕のスッピンについて聞くなんてマナーが悪いでしゅ!」
腕のスッピンってなに?
「わ、悪かったよ。そんなに怒るなよ」
「プンプンでちゅ!」
ゴリアテがプンというたびに、青筋がピクと動く。
つまり、プンプンならピクピクだ。プンプンプンスカならピクピクピクスカだ。
「っていうかそもそもの話なんだけど、なんでおかまは、わざわざ女性っぽくなろうとするんだ?
性転換して性別を一致させればいいだろ?」
「そういうものでもないのでちゅよ! 性転換する人もいるけど、中には、一致を望まない人もいるのでしゅ。
このあたちみたいにね!」
ゴリアテは女性と男性が同居している巨大な体躯を見せつけてきた。
マッスルポーズが彼女の男性部分を際立たせる。
「なんで?」
「別に不一致でもいいじゃないでちゅか?
生まれたままの、ありのままの自分でいる。それも一つの選択肢なのでしゅよ」
「そういうものなのか?」
「すぐには理解できなくでも、そういう人もいるのでちゅよ」
ゴリアテは男性の顔で女性らしい笑顔をみせる。
普段ストレートに囲まれている俺には、少し珍しいタイプの笑顔だ。だけどその笑顔は彼女らしい素敵なものだった。