四年後
[四年後]
桜の花が狂い咲く。
夜の冷たい空気が花弁を空気に溶けて混ぜる。
梢からちぎり取られた桜の花は無念の表情を浮かべながら踊る様に地面に落ちる。
人はそれを見て嬉しそうな顔をする。
空を舞っている花びらはたくさんの人の視線をその身に集める。
月明かりが桃色を黒の中で映えさせる。
黒い夜空に浮かんで見える花は、それはそれは綺麗だった。
花びらは幾度かその身を翻すと、地べたにぶつかる。
泥の上に落ちた花びらはもうただのゴミだった。
誰もそんなものには見向きもしない。靴で踏みつけてその上を歩いていく。
空を舞う花びらと枝についている花びら、地面に落ちた花びらにその違いはあるのだろうか?
きっと桜の花は人間と同じなのだろう。一度地面に落ちたらもう枝に戻ることなどできない。あとはただ腐って土に戻るのを待つだけだ。
踏みつけられた花弁は徐々に色あせていく。綺麗な桃色だったのに、今じゃ見る影もないくらい茶色く腐っている。
俺は桜の花びらを感情のない足取りで踏みつける。そして、家に着いた。俺が今住んでいるのは街で一番大きな家だ。
ドアを開けると、
「お帰りなさいリーダー」
部下たちが俺のことを出迎える。
俺は彼らのことを無視して自室に向かった。
水や空気でできた料理ではない、血の滴る本物のステーキを一人ぼっちで食べた。
そのステーキからは何の味もしなかった。
まるで空気や水を食べているみたいだった。
俺は食事を終えると体をベッドで横にした。
言葉の持つ力は偉大だ。
たった一言で誰かを人生のどん底からすくい上げることができる。
どれだけ苦しくてもどれだけ辛くても、誰かにかけられた優しい言葉一つで人間は立ち直ることができる。
そして、同じ様にたった一言で人間を人生のどん底に突き落とすことだってできる。
相手の嫌がることを言って傷つければいい。そうすれば人間なんてすぐに地獄の底につき落とせる。
言葉の持つ力は偉大だ。
人を救うこと、人を傷つけること。
相反する二つのことをどちらか選んで行うことができる。
そして、大抵の人間は言葉を、人を傷つけることに使うのだ。
今の俺にもう友達はいなかった。
いるのは部下だけ。
金だけは腐る程ある。
たくさんの人が俺と友達になろうとしてくる。
みんな俺の金が欲しいのだ。
どいつもこいつも薄っぺらい薄ら笑いを浮かべて、俺の金にすり寄ってくる。
俺はそれを拒まなかった。
だが友達としてじゃない。
ただの道具として使うことにした。
そうすれば、そう考えれば、友達を失うことなんてもうないから。
そうすれば自分が傷つかずに済むから。
俺は積み上げたものを失った経験とウルフと戦った経験で一気に自分のパワーを上げた。
パワーワードの分類は、大きく分けて三つ。
一つ目は、通常使われない様な主語と述語の組み合わせ。
二つ目は、矛盾する一文。
最後の三つ目は、その人の人生を変える様な一言。そして、それは嘘であってはいけない。
「お前のせいだ」、「お前が友達を殺した」、「お前がこの世界に来たからこんなことになったんだ」、「責任を取れ」、「お前が全部悪い」、「さっさと死ね」、「あんなやつ早くどこかへ行っちまえ」、「産まれてこなきゃよかったのに」、「消えろよ」、「さっさと死ね」、「お前に何ができるんだよ?」、「一生一人ぼっちで暮らせ」、「二度と顔を見せるな」
数々の暴言は、俺の人生を変えた。
今の俺は昔の俺とはもう違う。
もう友情は必要なくなっていた。
パワーワードは俺の能力を大幅に押し上げた。
最強になった俺は、俺は街に住む奴らからの依頼をなんでもこなした。
どんな依頼でも完璧に遂行した。
たくさんの犠牲者を出しても、すぐに次のやつらを補充した。
パワーワードの戦い方はもう完全に熟知した。
俺は頭の中でここ四年間の戦いを鮮明に思い出した。
[一年前]
激しい熱気が地表を焼く。あれは一年ほど前のこと。
あの日の太陽は、俺の家を焼く炎によく似ていた。
砂漠のど真ん中に俺の汗がシミを作る。
だだっ広い砂の海に俺は部下を引き連れてきた。
「今度こそ追い詰めたぞ! ウルフ!」
俺たちに囲まれる様にして追い詰められたウルフがいた。
「俺を殺す気か? わんわん」
「いや、お前は俺の友達の仇だ。だから殺さない。生きたまま死ぬほどの苦痛を与えてやる。殺してくれと泣きついても殺さない」
パワーワードでの戦いには慣れていった。
パワーワードを使いこなすもの同士の戦いは常に熾烈。
なぜならどんな不可能な状況も、言葉一つでひっくり返るから。
どんな劣勢でもすぐに体勢を立て直すことができる。
例えば、無くなった右目が見える。動かない右手が動く。
言葉一つで形成がすぐにひっくり返る。
パワーワードでの戦いでは、いかに相手を即死させるかが重要になってくる。
いかにパワーワードでも、『死んだ人間が生きている』などといった矛盾は受け入れてもらえない。
だから瀕死や重症に追い込まずに一撃で殺すしかなかった。
さらに、剣の腕や体術を磨くと同時に、頭のキレと回転を上げる訓練もした。
パワーワード使い同士の戦いではこれが最も需要だ。
一瞬で状況を判断し、形勢逆転ができる様な言葉を思いつかなければならない。
砂漠での戦いでは、ジャックが死んだ。
「ケン。拙者の仇をとって欲しいでござる」
そう言い残しジャックは息絶えた。
あの日からジャックとの関係はギクシャクしていた。
そして、ジャックが死ぬまで俺たちの関係は戻らなかった。
俺はジャックが俺のことを睨みつけたあの恐ろしい目が忘れられなかった。
[二年前]
冷たい氷が肌を焼く。
あれは三年ほど前のこと。
あの日はメリッサが死んだ。
あの日の冷たい空気は、俺の絶望をより強く鮮明に浮かびあげた。
氷河のど真ん中に、かがり火が掲げられる。
俺は氷の大陸に大金で雇った部下をたくさん連れていった。
「今度こそお前を殺す! ウルフ!」
「無理だ」
「そういう強い言葉を使うと命取りになるぞ? わかっているだろ?」
強いワードはパワーワードの格好の餌だ。
例、不可能を可能にする。不死身を殺す。など。
「ククク。俺たちが戦うたびに、俺たちはより強くなっていく。気づいているだろ?」
「ああ」
俺とウルフは幾度も戦った。まるで互いを食い合う一匹の蛇の様だ。
俺に変身したウルフは嬉しそうな表情になる。
「俺がなんでパワーワード使いを目の敵にしているかわかるか?」
「そんなことどうだっていい。お前が苦しめばそれでいい」
パワーワードの戦いは諸刃のつるぎ、お互いがお互いの弱点だ。
パワーワード使いの弱点は同じ様にパワーワード使いだ。
常に矛盾や、言葉の粗を探す。
そして、互いが互いの矛盾をつき、殺し合うのだ。
ウルフが逃げた後、メリッサが俺の腕の中で事切れた。
俺はもう彼女のことを友達だと思わない様にした。
だからなんの感情も湧かなかった。
いや、そうするしかなかった。俺はそうしないと生きていけなかった。
[三年前]
虚ろな洞窟の中に湿気が充満している。
一息吸い込むたびに肺がグチョグチョに濡れていく。
湿った空気は俺の肌の僅かな熱をも奪い去る。
黒い洞窟はまるで大きく口を開けた蛇。
獲物を待ち構える食欲の塊のようだった。
その蛇の体内にウルフはいた。
「追い詰めたぞ。今日で最後だ」
「ぐるるるるるる! 死ね!」
狼は通常ウルフパックという群れを作る。
それは人間の家族と同じようなものだ。
大きな群れは作らずに家族や血縁関係のあるものだけのグループ。
だけど、その輪の中から好んで外れるものもいる。
俗にいう一匹狼というやつだ。
俺は自分の姿を見た。その姿はウルフによく似ていた。
人間のグループに馴染むことができずに、一人ぼっちで生きている。
一人でいれば仲間など失わない。そうすれば心がもう痛まない。
俺とウルフはもしかしたらよく似ているのかもしれない。俺は少しだけウルフに興味が出てきた。
「お前、どうしてパワーワード使い達を殺すんだ?」
「クックック。さあ、なんでだろうな?」
ウルフがまたしても逃げた後、俺は金で雇った仲間の死体を跨いで帰った。
これでまた一人ぼっちだ。
俺は気づいた、いつの間にか自分がウルフそっくりになっていたことを。
[現在]
俺は昔のことを思い出すと眠れなくなってしまった。
机に向かうとロウソクに火を灯し卓上に置いた。
「アリシアに手紙でも描くか」