性差別
「お兄ちゃん。別におかまをそんなに怖がる必要はないでしゅ!」
「そうよ! みんなとってもいい人たちなんだからっ!」
「ケンおにいたんは、頭が堅物でしゅよ!」
「ケンは大馬鹿ものよ! 最低!」
「ケンおにいたんは旧時代の人間でしゅ」
「ケンは大アホよ! アホの中のアホよ!」
その瞬間、堪忍袋の尾が切れた。
「うっせー! 俺が悪いのかよ! いきなり筋肉の群れに放り込まれて、迷惑しているのはこっちだよ!
大体、俺はおかまじゃない! 俺の恋愛対象は女の子だ! 俺は普通だ!」
その瞬間、レストラン内の空気が変わった。ピリつく空気が雰囲気を変える。
和やかな雰囲気は一転して、厳格な空気に乗っ取られた。
体の上にのしかかる空気の層は、ネバ付き始める。
温度は少し下がり、怒りの混じった冷気が張り詰める。
まるで電流が周囲に垂れ流しになったみたいだ。笑っている人は一人もいない。
完全に“地雷を踏んだ時”の空気だ。
「ケンお兄ちゃん……今のはまずいでしゅね」
と、いつになく真剣な表情のゴリアテ。
「な、何かまずいこと言ったか?」
ゴリアテは何も答えない。これはやっちゃったな。何かやらかしたな。どうしよ。
「あの、何か変なことを言ったのなら謝るよ」
「ケン。あなたやっちゃったわね。ああ、やっちゃったわ。そんなあんたなんてこうよ!」
アリシアは俺に、“右手親指で首をかき切る仕草”をしてきた。まじでやめてくれない?冗談言う空気じゃねーだろ。
「ケンお兄ちゃん。この世界は“エルジービーティーの世界”でちゅ。この世界では、性的少数派の人が自分らしく生きていけるのでしゅ。この世界では誰が誰を愛してもいい。そして、自分らしく生きていいのでしゅ」
俺は唾をゴクリと飲み込んだ。説教の空気だ。今すぐこの場から逃げ出したい。
「誰かを愛する権利は、誰にでもあるものでしゅよ?」
と、ゴリアテがにこりと笑う。筋肉の間から白い歯が見える。
「ああ。もちろんだよ。俺もその通りだと思う」
ってか俺の発言の何がマズかったんだ?
「あたちたちおかまは体は男性。中身は女性でしゅ。それは生まれつきそうだったんでしゅ。
あたちたちが選んだわけじゃない。
そして、あたちたちはただの少数派。
別に間違っているわけでもないし、異常な状態でもないでしゅ」
「俺がさっき、“俺は普通だ”って言ったのがマズかったんだな?」
ゴリアテは黙ってうなずいた。
ストレート(異性が恋愛対象の人)の人を“普通”と言えば、おかまやおなべが“異常”だということになってしまう。
俺は無意識のうちに、差別してしまったのだ。




