竜王の……
第一章 竜王の死
ケンがエルジービーティーの世界に行く前に、少しだけ過去の回想に入る。
[一ヶ月前]
ガンガン――
玄関をノックしたのは、一匹のドラゴンだった。
あの日の雨は、血を洗い流すほどの濃度だった。
濃厚な雨のカーテンが空から世界を押し潰す。黒い空を見上げると、吸い込まれてしまいそうになった。
「おい! お前は竜王の息子だな。なんでボロボロなんだ? 何があった?」
俺が玄関を開けると、“最強の竜王”の息子が血みどろで転がっていた。
翼にはあちこちに穴が開いていた。破けた翼膜は今にもちぎれてしまいそう。
「ママが……殺された」
暖炉の前でドラゴンは泣きじゃくる。それをアリシアがよしよしと撫で慈しむ。
「竜王が人間に殺されるなんて信じられない」
「でも前例がない話でもないのだろ?」
と、アル。
「そうだけど! 不意打ちをされても、何をされても傷ひとつつかなかったんだろ!
それをただの人間が、それもたった一人で殺すなんて信じられるかっ!」
「落ち着け。今更嘆いてもしょうがない。それよりこれからどうするか落ち着いて考えよう」
「竜王の世界に行ったのは、俺がパワーワード予知でハイデルキアが滅ぼされるのが見えたからだ。
竜王を殺したのは、多分ハイデルキアを攻めてくるやつと同じだ」
「竜の世界との同盟もフイになってしまったな」
「ならあの残酷な予知に一歩近付いたってことだな」
「そういうことになるな」
暖炉の火が俺とアルの顔に複雑な影を生み出す。鼻の形や目の窪みに影が流れ込んで闇を顔に塗る。
「他の国と同盟を結ぶのはどうだ?」
「他の国?」
「ああ。このオオカミ大陸には、竜の国、公平の国以外にもたくさんの国がある。それらと国交を結んで、襲撃に備えよう。竜王ほどではないが、戦力になってくれるはず」
「そんなことをしても竜王がこの大陸で一番強かったんだぞ?
弱いやつと同盟を結んでもただいたずらに殺されるだけなんじゃないか?」
「なら黙って死ぬか?」
嫌な沈黙が滑る。
「それもそうだな。アルの言う通りだ。ここで立ち止まったら竜王に呪い殺されそうだ。
竜王は俺の目標だった。そいつが死んだ今、次の目標は竜王に勝った奴だ」
瞳に映る炎が勇気に混じる。炎と勇気が溶け合い、ガラス細工のように絡み合う。
「ハイデルキアは、いやオオカミ大陸は、私たちの力で守ろう」
「そうとなると、まずは依頼だな。竜王と同盟を結んでから、連日他国から大量の依頼が押し寄せてくる。
それらの依頼を片っ端から受けよう。他国に恩を打って、味方につけるんだ」
「ああ! 必ず勝とう!」
アルは俺の手を握った。冷たい義手から冷気が流れ込む。
それが、俺の心に燃えるような火を灯す。
暖炉から溢れる熱気と灯りが俺たちの影を壁に映写した。




