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この小説は絶対に読まないでください 〜パワーワード〜  作者: 大和田大和
第一巻 第二章 椅子の家
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人間の踊り食い


第三章 パワーワードバトル


飛び上がった巨大な狼は、鋭い爪を大きく振りかぶって飛びついてきた。

どう猛な犬歯にはよく見ると何かの肉のようなものがこびりついている。


それが何の肉なのか想像してしまった。

狼の体の側面にはびっしりと目が群れをなしている。

目が群れをなすなんておかしな表現だがそうとしか言いようがない。


狼の両側面にはびっしりと二十四個の目玉が並んでいるのだ。

左右に十二個ずつ、綺麗に一列を作っている。


まるで狼の毛並みが生み出すストリーク(縞)の様だ。

だけどこの不気味な縞模様は、本物の狼の優雅なそれとは全く違う様相だった。


「ケン! 水を個体にして!」

「わかった!」

俺とアリシアは目の前に液体でできた立方体を生み出した。

立方体の表面には弱いさざ波が立っている。


透明な水は洞窟の中の光を反射して鈍く輝く。

その水の中にウルフは頭から突っ込んだ。そして、ウルフの全身の毛皮が激しく発火した。


「な、なんだこれは? 炎でできた水か? こんな能力があったのか?」

先ほど俺たちの能力は全部バレていると言ったウルフが戸惑う。

「これは、私とケンのパワーワード能力の合作よ!」


「使った俺たちですら知らない能力だ! こんなことができるなんて驚きだ!」

これならウルフの知らない能力だ。

なぜなら俺たちもこんな能力知らない。頭で何も考えずに発動した。


だがやはり付け焼き刃の能力、すぐに水炎は消えた。


「思ったよりは、パワーワードを使いこなせているみたいだな」

「もうお膳立てされた不自然な状況にツッコミを入れる初心者じゃないぜ!」


「いいだろう。なら本物のパワーワードバトルを見せてやろう!」

そして、ウルフはその口を引きちぎれるほど、というより引きちぎりながら大きく開いた。


「な、何だ?」

口はウルフの後ろ足の付け根まで大きく開いている。

大きく開いた口からはウルフの内臓や心臓が完全に露出している。


赤い心臓は不気味にうごめいている。


()()()()()()()()()()()だ」

想像してほしい、何らかの範囲を説明するときに、スタート地点の内部にそのゴールとスタート地点が入っているところを。


例えば、この街から隣町までがこの街だ。

朝から夜までが朝だ。


この状況が理解できるだろうか? 

この意味不明で矛盾を孕んだ一文はパワーワードとなりウルフの能力を向上させた。


『パワーワードを感知しました。ウルフの能力が向上します』


その瞬間、ウルフの言ったことは現実になった。

臀部まで大きく開いた口から一斉に鋭い歯が飛び出てきた。

まるで、包丁で最後まで切りきれなかったパンみたいだ。


大きく開いた上下の口は、かろうじて臀部のところでくっついている。

体全体が口になったモンスターはその口をさらに大きく開いた。



ウルフの上半分はさらに大きく海老反りしていく。

完全に開ききった口は、もう何と形容していいのかわからない。


「これじゃまるで狼の口じゃなくて、口にくっついている狼だ! もはや本体であるはずの狼が体の一部のようだ!」


そして、口の狼がその“開いたと形容していいのかわからないほど完全に体外に露出した口”で噛み付いてきた。


アリシアはそれを見て、炎の水飛沫を飛ばした。

アリシアの両手から発生した炎は、ウルフの内臓を濡らした。


その瞬間、ウルフは口を閉じて口腔からつばとともに炎を吐き出した。


俺は、空気中の水分を右手に集めて、水でできた剣を生成した。


ウルフは俺の顔を見て、

「知っているぞ、お前の能力を。

殺戮洗浄剤“処刑君”で死にかけた経験と初めて食べた水料理がお前のパワーワードの源だ」


再び口を百八十度開いたウルフが、口の外から声を発生する。

もう生物の構造を完全に無視している。

喉も声帯も声を発生できる状態ではないのに、明らかに声が発生している。


「その通り。俺の能力は、水に関連するものが中心だ」

ウルフはタイラーのふりをして俺から能力を全て聞き出している。隠しても無駄だろう。



「なら空気中の水分を全部使い切ったらお前は終わりだ。わんわんくーん。クククっ」

「使い切る前にお前に勝てばいいだけだ!」

俺は液体状の剣を大きく振りかぶってウルフに斬りかかった。



パワーワードで生み出された物質、つまり()()()()()()()()()は、矛盾する状態を維持することができる。


俺の個体の剣は液体だ。


何を言っているのかわからないだろうが、そうとしか言いようがない。


『赤色が黄色だ。肉が野菜だ。右が左だ。一が二だ』などと言った明らかに矛盾するものがパワーワードによってその矛盾を有したまま無理やり存在できている。


俺の右手を見ると、液体が俺の手元から伸びて、剣の様な形を保っている。


触れると通常の水の様に俺の指が濡れる。

そして、感触は完全に普通の水だ。

掴むことができずに、触ろうとしても指の間をすり抜けるのだ。


だが切れ味があり、何かを切断することができる。

想像してほしい、水で何かを切断する映像を。


コップになみなみと注がれた水を、果物にぶっかける。

すると、果物が包丁で切られたかの様に一刀両断されているのだ。


普通の人間の感覚と常識だと、刃を持った鋭い何かでしか物を切り分けることなんてできない。


例えば、『バケツで果物を切るとか、ボールで果物を切るとか』だとかいったことはできない。


だけど、今の俺は水で獲物を切り裂いた。まるで果物をナイフで切る様に。


水がかかった場所から裂傷が生じた。

ウルフはそれを確認して、半歩下がった。


大きく臀部まで開いた口は、大きな武器であり、同時に弱点でもある。

そして、再び人間の姿に戻った。


今度は俺の姿に変身したウルフが、俺の顔のまま地面に血の唾を吐いた。

結晶化した牛乳に血がついて綺麗な白と赤のコントラストが生まれた。


ウルフは目を大きく息を吸い込み、目を開く。


「来るわ!」

アリシアも同じ様に炎の剣を構える。

アリシアは“とっとこみんなの依頼をなんでもやる屋さん”略してナンのリーダー。


リーダーを務める理由は、彼女の強さにある。

アリシアの現時点での能力は、炎の使役。炎を自分の体の様に扱える。

これは当然、パワーワードを使って行う現象だ。


だからなるべくあり得ない様な形容の仕方ができる方法で攻撃したほうがいい。


アリシアは、温度や、湿度、火種など、通常発火に影響を与える要素を完全にコントロールできる。


氷点下百度の炎も、水中でものを燃やすことも、炎そのものだって燃やすことができる。


アリシアに燃やせないものなどない。

水も氷も空気も、個体だろうが、液体だろうが、気体だろうが、なんでも燃やせる。


そして、ウルフは俺の姿のまま俺とアリシアの体の間に滑り込んできた。

さっきとは段違いのスピードだ。

大きな狼の姿から小さな人間の姿に変身したことで、スピードが大幅に上昇したのだろう。


完全に不意をつかれた俺とアリシアは素早く体を翻し、対処しようとする。

だが、遅い。

ウルフは再び巨大な狼の姿に戻った。

急激な体積の膨張により、俺とアリシアは百八十度違う方向に同時に吹き飛ばされる。


狭い洞窟内の壁に鈍い音が響く。

お互いの距離が離された。分断して一人ずつ殺すつもりだろう。


ウルフの最初の狙いは……俺だ。


ウルフはこちらに向き直る。

大きく裂けた口を閉じて、左右についた二十四もの瞳で俺のことをじっと見ている。


()()()()()()()だ〜」


いやらしい声が狼の口腔から溢れた。

ウルフの口から声が発生するたびに、歯ぐきにこびりついた腐りかけの肉が揺れる。


風に乗って生き物の死臭が俺の鼻腔を突き刺す。


ウルフはゆっくりと俺に近寄ってくる。

間近でウルフの顔を見ると、心臓が止まりそうになるほどおぞましかった。

表情も声も匂いも全てが不快だ。


そして、先ほどウルフが口に出した台詞を俺の体で実行した。


俺はウルフの口内で転がされる。

俺は必死でもがいて抵抗しようとする。


だが、筋力の差がありすぎる。

ウルフのナイフの様な犬歯が俺の大腿骨に深々と突き刺さる。


ウルフの顎が俺の頭部に圧をかける。

生きたまま人間に食われるイカの気持ちが少しだけわかった様な気がする。


俺はまだ生きている。俺はまだ餌じゃない。

そんなこと聞き入れてもらえるはずがなかった。


俺はウルフに舌で転がされながら必死で考えた。

思考を止めてはいけない。逆転のチャンスは必ずどこかにある。

最後まで諦めなければ、活路は必ず見出されるはずだ!



そして、何の活路も見出させるはずもなく、ウルフの口からぼろ雑巾の様に吐き出された。


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