ジュノンボーイ
アルは人間の姿に戻ると、口の中に巨大な義手を打ち込んだ。そして、舌ごと引っこ抜くレベルの力を俺の舌に加えた。クリスタルは舌から剥がれた。
「いってぇ。口の中に握りこぶしを突っ込まれたの初めてだよ! 取ってくれたのは感謝しているけど、もっと優しく頼むよ!」
「何言っているんだっ! クリスタルは重力物質だ。飲み込んだら腹の中から全部吸い込まれるぞ!」
『パワーワードを感知しました。アルトリウスの能力が上がります』
「腹の中から吸い込まれるってなんだよ? どういうこと?」
「いいか? この竜の国は空中に存在するだろ!」
「ああ。空に浮かぶ島だな」
「島が空に浮かんでいるのは、これらクリスタルのおかげなんだ。このクリスタルは重力を発生させる物質だ。基本的には周囲のものを弱い力で引き寄せる。だが触れると一気に強い力で引っ張るんだ」
「だから舌にくっついて離れなかったのか。っていうか俺死ぬところだったの?」
「そうだ! それとクリスタルはこの国の貴重な資源だ。こっそり持ち帰ったりするなよ。あとで大目玉くらうからな!」
その後、誰とは言わないが“口の中に大量のクリスタルを突っ込んで半泣きになった大馬鹿”を介抱し、そいつがこっそり持ち帰ろうとしているクリスタルを奪って、頭に三発ゲンコツ入れてから、ダンジョンの中に入っていった。
ダンジョンの中は、クリスタルパレスって感じだった。全部がクリスタルでできていて透明だ。床や壁のクリスタルはとりわけ重力の弱いものだから、足で触れるくらいは平気らしい。
仄暗いクリスタルトンネルの奥へ、道は続いている。奥は真っ暗で何も見えない。視界を何者かに奪われたような感覚だ。
「すいませーん。ハイデルキアのケンでーす。竜王様に言われてきましたー。ドラゴンナイトの皆さんいらっしゃったら返事してください!」
「うん? 誰もいないのか? この場所で間違いないのだろ。なんで誰も返事をしないんだ?」
「もしかしたらもうドラゴンナイトは全滅していたりして!」
と、大馬鹿が不吉なことを言い出す。
「そんなわけがないだろ。竜王直属の部下だぞ!」
そして、ダンジョンの中から
「お待ちしておりました!」
元気な声が聞こえた。
そして、一斉にトンネル内の壁と天井に灯りが走った。どうやら透明なクリスタルの内部に直接電気を流しているみたいだ。ダンジョン全体が蛍光灯代わりだ。
ダンジョンの床は真っ暗で何も見えない。床を電気で明るくする必要はないからな。
トンネルの奥からは足音が軽快に響く。そして、俺たちの目の間に凛々しい竜騎士が現れた。
黒髪が印象的でジュノンボーイとかに選ばれそうなやつだ。
俗にいう爽やかイケメン。第一印象は、“こいつイケメン”だ。
「あなたが竜王様直属のドラゴンナイトですか?」
「ええ! 私がそうです」
「あのー。他のドラゴンナイトさんたちはいないんですか? 部隊と合流しろって言われてんですけどー」
「いいえ。この部隊は私一人だけですよ!」
ドラゴンナイトの青年はにこやかに笑う。
「そうですか! 俺たちも助太刀します!」
「わかりました。では、ダンジョンの奥へと向かいましょう。そこに、人さらいがいるはずです」
そして、俺たちはダンジョンの奥へと進んでいった。
この時の俺は隣にいる青年が件の人さらいで、足元には本物のドラゴンナイトたちの残骸が隠されているなんて知る由もなかった。
本物のドラゴンナイトたちの死体は綺麗に切り刻まれていた。バラバラに細かく刻んでから床下にすし詰めにされている。血や細かい破片は全部クリスタルに吸い込まれた。
もっと注意深く警戒していれば、この後に起こる戦いなど避けられただろうに。




