王
俺はさっきの竜が見つめていた方向を見た。そこには誰かがいる。祭壇にはあまりの高度で霧がかっている。それゆえよく見えないが、人影がまっすぐこちらに向かってくる。
そいつは、何もない空中を歩いている。コツコツと靴が空気を叩く。
俺たちとそいつの距離がどんどん縮まってくる。
(間違いなく近寄ってきているのが竜王だ!)
緊張感が心臓を濡らす。焦燥感が肌を焼く。焦げ付いた肌からは黒い恐怖が湯気のように立ち上る。
コツコツコツコツ。
霧の中からそいつはゆっくりと近づいてくる。まるで処刑を待つ囚人のような気持ちになった。
コツコツコツコツ。
乾いた足音は酷く恐怖を煽る。ぼんやりとそいつの姿が見えてきた。あまり大きくはない。
コツコツコツコツ。
もう少しで顔が見える。そいつが近づいてくると、あまり大きくない人物だということがわかった。俺と同じくらいの身長か?
コツコツコツコツ。
靴が地面をノックする。そして、そいつはさらに距離を詰める。ん? 俺よりも小さくないか?
コツコツコツコツ。
霧がほとんど影響しない距離まで来た。顔がはっきり見えた。竜王はもうすでに会ったことのある人物だった。
「お前は、さっきの飴玉をあげた子供。お前が竜王だったのか!」
俺が小さな女の子に飴玉をあげる場面をもう一度頭の中に描いた。
【お兄ちゃんよその国の人ー? あたちお兄ちゃんのこと初めて見るー】
【ああ。まあな。ほら飴玉やるよ】
【わーいわーい】
【なあ。竜王の城ってどっちだ?】
【あっちー】
俺はさっき竜王に飴玉をあげていたのだ。
俺は顔に驚愕の表情を貼り付けた。鏡を見たら顔面蒼白になっているだろう。あの時、もしあの子をぞんざいに扱っていたらハイデルキアとの国交は絶望的だったかもしれない。
こんな小さな女の子が竜王だなんて全く想像していなかった。
俺の人生の中で、こんなに驚いたことはない。
「そのとーり。あたちが竜王だよ。おにいちゃ……え? どういうこと? なんで?」
だが、竜王はもっともっと驚いていた。俺の何千倍も驚愕していた。
しかも俺の顔を見て驚いていた。そして、意味不明で不可思議で理解不能なことを言った。




