ペットボトルの唐揚げ
だがみんなはアリシアに夢中だった。
「ならみんなにとっておきの話をしてやるよ。
これを聞いたら絶対みんな笑っちゃうぜ!
実は俺はな!」
俺はすべらない話をしようとした。
「いやー! ミスアリシア! それはちょっと卑猥すぎるんじゃないでーすか?
卑猥を通り越して、お下劣よ!
変態よ! そんなところで!
そんな、ああこれ以上は言ーえませーん!」
だがみんなはアリシアに夢中だった。
「な、なあ。いい加減聞いてくれよ!
っていうかアリシアの話の方が面白そうだな。
俺も混ぜてくれよ!」
そして、俺たちのアリシア歓迎会は朝まで続いた。
お腹いっぱい空気と水を詰め込んで、みんな明け方には地べたで寝転んでいた。
こんな楽しい日々がいつまでも続けばいいのにな。
だがこの後、ここにいるメンバーのうち四人が数十時間も経たないうちに、無残に殺されてしまうなんてこの時の俺は知る由ももなかった。
今度は、アリシアのパワーアップのための演技ではなく、本物の悪意を持った人間による明確な殺意によって。
運命の歯車が動き始める。
軋むような壊れるような音を立てながら。
運命の糸はねじ切られた。
堕ちていく運命の奔流は誰にも止められないほど力強かった。
[数日後]
「おら。起きろぼっちっち女!」
俺はヨダレを綿棒の服に垂らしながら寝ているアリシアに声をかけた。
「もう、これ以上は食べられないよ」
お手本のような寝言で返事をしてきた。
「何を食べているんだ?」
「ヤカンとガスコンロよ」
「なんかアリシアが言うと、冗談に聞こえないな。
ほら貧乏娘! 仕事だ! いい加減金がない!」
俺は貧民アリシアを起こすと、支度をした。
「仕事って何をするのよ? 私料理くらいしかできないわよ?」
「料理って石ころを焼いたり、雑草を切ったりするアレのことか?」
うう。吐き気が。
「そうよ!」
「そうなのかよっ!」
俺は手を大きく振りかぶってアリシアの頭を叩いた。
「あいたっ!」
「まあいいや。俺たちはこの街で自立して生きることにした。アリシア!」
「なあに?」
「いつか水じゃなくて血の滴る本物のステーキを食わせてやる!」
「うん! みんなで一緒に食べましょう!」
「俺たちの仕事は何でも屋だ!
パワーワードで手に入れた能力を使ってモンスターを退治したり、料理をしたり、掃除をしたりするんだ!」
「わかった! 私は料理班ね!」
「な訳ねーだろ!
今の流れでなんで自分が料理やらされると思うんだよ?
戦闘班に決まっているだろが!
なんのためにこの前、大掛かりな芝居でお前の能力を上げたと思っているんだよ!」
「わかったわ。仕方ないわね。なら戦闘班のみんなに自慢の料理を振る舞うわ!」
「ちげーよ! お前も戦闘をするんだよ!
初めて会った時モンスターを一緒に倒しただろうが!
なんで頑なに料理をしたがるんだよ!
お前の料理食ったら腹壊すんだよ!」
「まーしっつれいしちゃうわ! なら、もうケンには虫料理食べさせてあーげないっ!」
と、言いつつ、アリシアがこちらをチラチラと見てくる。
こいつ俺があの虫料理を気に入っていると思っているのか? 何考えてんだ? まじで。
「とにかく! 俺たちは、自分の長所を最大限生かし、弱点をカバーし合って八人で生きていく!
金も身寄りもない俺たちは、いついかなる時も全力を尽くす!
それでなんとか生きていけるはずだ!」
「「「「おう!」」」」
「俺とアリシア、タイラーとアンジェリカは戦闘班。
懸賞金がかけられたモンスターを退治して金をもらう。
ロイとメリッサは家事班。
タラはお手伝い班。
お手伝いをして小銭をもらってきてくれ。
最後に残ったジャックは八百長班だ!
街中で『ケンのチームは優秀だぞぅ』、『ケンのチームは仕事ができるぞぅ』って言いふらして、俺たちがさも優秀であるかのようにホラを吹いてくるんだ!」
「「「あいあいさー!」」」
そして、俺とアリシア、タイラーとアンジェリカの戦闘班は、街の外にあるパワーダンジョンに向かった。
雑木道を風が通り抜ける。
木々の間を縫って這う風は、俺の体にぶつかると砕けた。
バラバラになった風は、何事もなかったかのように俺の後ろに流れていく。
風が通り抜ける瞬間、風はアリシアのプラチナブロンドの髪をひとつまみ持って行こうとした。
だけど、頭皮に頑丈にくっついた髪の毛は、少し揺れただけだった。
「ヘーイ。ミスターケン。パウァーダンジュンとはなんですか?」
と、アンジェリカ。パワーダンジョンの発音の仕方がなんかムカつく。
「この前説明しただろ。パワーワード使いのためのダンジョンだ!」
「全く! ちゃんと説明してあげないとアンちゃんがかわいそうでしょ!」
アリシアがアンジェリカの方を向いた。
「バカケンの代わりに私が説明してあげる!」
「オーマイガー。アーリガトでーす!」
「いい? よく聞いてね。パワーダンジョンていうのはね、パワーワード使いのためのダンジョンのことよ!」
「俺と同じ説明じゃないかっ!」
俺は手を大きく振りかぶって、ぼっちアリシアの頭を叩いた。
「あいたっ! イータイでーす」
と、アリシア。アンジェリカの喋り方に影響されてやがる。
「俺が説明するよ!
お前に任せると間違った知識とか言ったり、話を盛って喋るから危険だ。
パワーダンジョンっていうのは、パワーワード使いのために誰かが作ったダンジョンで、中にはパワーワードが溢れている。
俺たちがそこで何をするかわかるか?」
「むぐぐ〜」
俺はバカ(アリシア)の口を押さえて余計なことを言わないようにして、タイラーに聞いた。
「もちろん。パワーワードに対してツッコミを入れつつ、ダンジョン内を探索する。
そして、パワーアップを狙いつつ、同時に賞金がかかったモンスターを討伐する。
僕たちの生活費も稼げて、能力も向上する。一石二鳥の作戦だ!」
「イージートゥーアンダスターン! わーかりやーすいでーす!」
「おおっ! タイラー! その通りだ!
やっと俺と普通に会話できそうな普通な奴に普通に会えたような気がするよ!
お前は本当に普通な奴だ!」
「なんだか褒められている気がしないよ」
「あ、そうそう! 私みんなの分のお弁当を持ってきたから後で食べましょう」
「うっ。あれだけ言ったのに、お前弁当作ってきたのか。ちなみに料理はなんだ?」
「ペットボトルの唐揚げに、木の皮で作ったパスタ。河原で拾った食べられる石よ!」
「「「食べたくあーりませーん」」」
俺たちは片言のハイデルキア語で同時に返事をした。
そして、しばらくゴネるアリシアを無視しながら、俺たちはパワーダンジョンに着いた。