国境
竜の世界の領土は、“赤地の布に金竜の国章”がついた旗が取り囲んでいる。
黒い森の中をぐるーっと地平線の彼方まで、同じ旗が囲っている。森の中からは敵意にも似た気配がする。きっと竜たちが俺のことを待ち構えているのだろう。
その雰囲気は、“俺の心のロウソク”に緊張感の火をつけた。
「ここから、い」
俺が言い切る前に、
「ここから一歩踏み入れたら竜の世界の領土だ! みんな! 気を引き締めていこう!」
と、アル。
「そうだな。りゅ、」
俺が言い切る前に、
「竜は凶暴な種族らしいわ! 決して油断しないようにしましょう!」
と、アリシア。
「わかった。りゅうお、」
俺が言い切る前に、
「竜王との交渉は、ケンに任せて下がっていていいわ! ウレンたちは安全なところでのんびりお茶でもすすっていてくれ!」、「それがいいわ! 私の可愛い娘ウレンケル・ブラック!」
と、指人形をぴょこぴょこさせながらウレン。ってか、なんでこいつら俺に喋らせてくれないんだ? ウレンに至っては、完全に俺の台詞奪っているよね。
「じゃ! ケン! 竜の世界に一番最初に入って、罠がないか確かめてちょうだい!」
と、アリシア。
俺は、『なんで俺?』と思いつつ、竜の世界の国境に立った。
俺は竜の世界をもう一度両目で見た。一見すると、ただの黒い森にしか見えない。
ざわめく木の葉の群れの塊。巨大な黒影が眼前に広がっている。
空に突き刺さる巨木は、幹がかさぶたのように剥がれかかっている。きっと、樹齢一千年の木だ(多分)。
この先に竜たちが待っている。もしかしたら木陰から竜はこちらを伺っていて、領土に踏み入れた途端に襲いかかってくるかもしれない。鋭い鉤爪と、剣のような牙で、引き裂こうとしてくるかもしれない。
一握りの不安が、肋骨の間からこぼれた。黒いガスのようになった不安感は、骨の間から滲み出てくる。
俺は、その霧を頭から振り払った。
俺は目をつぶり大きく深呼吸をした。新鮮な森の空気が肺を洗った。肺胞全てに行き渡る酸素は、みずみずしくて清々しい。まるで、酸素が肺を通して俺に語りかけているみたいだ。
俺は、二酸化炭素を一気に口腔から吐き出した。空気がせせらぎのように流れ出る。
森に溶ける俺の吐息は、すぐに熱を奪われて消えていった。俺の口から出た気体が森の一部になったと考えると感慨深くもある。