第四巻 竜の世界
第四巻 竜の世界
プロローグ
霞が“濃厚な透明感”を空気に与える。透明な空気が、さらに透明で染まったようだ。
透明に重ねられる透明は、色も質量もない。だが、確かに空気の持つ色をより濃いものへと変えている。
世界を朝露がしっとりと濡らす。空気を舐めたなら、喉の奥まで水滴が入り込んできそうだ。
清涼感が肌に張り付いて離れない。空気中を飛び踊る水分は、まるで桜の花びら。ひらひらゆらゆら空気を泳ぐ。
透明なベールがそこにいる巨大な影を抱き隠す。空に浮かぶ大きな黒い影は、久遠に見える太陽に向かって、
「創造主様」
と、呟いた。
黒い影の正体“竜王”は、空よりも広い羽を広げると、その場で羽ばたかせた。すると、空の中に風の波が生み出された。風は津波となり、地表を駆けていく。空を滑り、大地を舐めて、薄暗い空を切り裂いた。
さっきまで霧の海の中だったのに、世界は凪に包まれた。竜王の起こした風で全ての霧は、空気から引き剥がされた。
そこには、露を削り取られた空気だけが佇んでいる。
黄昏の光の中で、竜王は思惑する。
「この世界の創造主様よ。あなたのことが恋しい。どうして我を連れて行ってくださらなかったのですか?」
竜王が何か喋るごとに、口腔から火炎が零れ出る。まるで吐息のようなその炎は綺麗な色をしていた。赤、オレンジ、黄色、ピンク。様々な色が空気を飾る。
火花の吹雪は、空に溶けて、やがて消えてしまった。
黄昏の中で、悠久の想いだけが息をしている。それはどこか悲しくて、どこか淋しかった。