生まれてくる意味
[現実]
俺は赤ちゃんの過去を読み取ると、
「そんなことがあったんだな。最初は本当に虐待されていたのか」
胸の中がどす黒いヘドロに覆われた。臭くて、粘つく黒い泥は、俺の心を溶かした。
「そうだ! 俺様が虐待をしなければ、虐待は止まらなかった! 身を守るためにはああするしかなかった!」
赤ちゃんは、小さな体から悲しみに溢れた声を出す。
「でもどうしてこの国の人間を片っ端から殺すことにしたんだよ? この国の住民は関係ないだろ?」
「いいや、大アリだ。この国の罪のない人間がこの腐った社会を作り上げたんだからな」
「どういうことだ?」
「現在の社会に生きる人間は、他人に無関心のクズしかいないんだよ! 隣の家で虐待が起きていても、道端でホームレスが野垂れ死のうと、自分には関係がないからどうでもいいんだろ!
みんな自分の薄汚い金欲と自己承認欲求を満たすためだけに生きている!
他人からよく思われたいから子供を産む。あの人は、子供を持てるくらい家庭に余裕があって充実しているんだ。そう思われたいから子供を作るんだ。
俺様はこんな世界に産んでくれなんて頼んだか? 俺様は何のために生まれてきたんだ?
ただの親のサンドバックジゃないか! ボロ切れになるまで虐待されて、泣き叫んでも誰もが無関心だった。
俺様は親の欲求を解消するための道具として生まれたんだよ!」
声から伝わる悲しみは、もうとっくに漆色に染まりきっていた。
「お前は確かに不幸だ。だが、もうそれ以上自分から不幸にならないでくれ」
「断る! 俺様はこの世界から一人残らず人間を消してやりたかった! そうすれば次の不幸な子供が生まれなくなる。この世界で最も不幸なことが何かわかるか? それは、“この世に生まれてくるこ”とだ」
「確かに今のこの社会は生きにくい。真面目な人や心が真っ直ぐな人ばかりが損をする。そういう風になってしまった。だけど、お前はそれでも悪に堕ちないでくれ」
「正義のヒーロー気取りで、説教か? あ? それなら、映画でよく聞くような定番の台詞を言えよ!
『そんなことない』、『闇が濃ければ、その分光も濃い』、『希望はまだある』、『夢は必ず叶う』、『この社会のルールは不完全だ。だけど、それは人間の努力の結晶だ』、『優しい人だっているさ』、『次があるさ』、『誰かが助けてくれるさ』、『人生山あり谷あり』、『勝ったり負けたり』、『辛いのは今だけだ』、『いつかきっと』、『多分』、『もし』、『たら』、『れば』
いくらでも綺麗事を並べればいい! そんな台詞いくら言われても、俺様の辛かった人生は変わらないからよ!」
赤ん坊は目に涙を浮かべながら、怒号を放つ。
「この社会では真面目な人間がバカを見るんだよ!」
赤ん坊は怒りをまっすぐに俺にぶつける。
「ルールを守って、正しい行いをする人間が損をする!」
赤ん坊は燃え盛るような怒りを小さな体から絞り出し続けた。
「この世界に、生きる価値のある人間なんて一人も残っていないんだよ!」
赤ちゃんの怒号は、苦しみの塊みたいだった。
「つまりお前が言いたいのは、この世界は腐りきっていて存在するに値しないと?
この世に生きる価値のある人間など一人もない。
だから皆殺しにしていい。
殺した方がこの世界のためだと?
親が子供を作るのは、ただの自己満足。
子供からしたら迷惑以外の何物でもない。
この世に生まれてこないで死んじまった方が幸せだと言いたいんだな?」
「その通りだ」
赤ん坊は恨みのこもった目を光らせる。俺はその瞳を優しく見つめて、
「俺もそう思うよ」