過去
[赤ちゃんの過去]
俺様は生まれつき頭が良かった。成人のそれと変わらないほど、頭がキレた。
生後数週間で言語を理解した。政治的な問題や、倫理や、哲学も完璧に理解できた。
だけど、全ての生物の一生の中で最も重要な要素、運だけがなかった。
人生は不公平だ。もはやどう形容していいのかわからないほど理不尽だ。
どんなに才能があっても、いい個性があっても、運で全てがひっくり返る。
俺様には才能があった。他の誰よりも、どんな人間よりも有能だった。両親なんて俺様の足元にも及ばなかった。両親はあまり運のない人たちだった。才能がなく、ルーレットの出目もいつも悪かった。
すると両親は、俺様の才能を妬み、叱責し始めた。親が子供に嫉妬し始めたんだ。そんなことあるのか? 俺様はそう思った。だけど結構よくあることらしい。
親は子供よりも優れているとでも思っているのだろうか?
俺様には両親の気持ちが理解できなかった。
両親の叱責は、日に日に強く激しくなっていった。
「誰が産んでやったと思っているんだ!」、「調子に乗るな!」、「子供は親の命令を聞くもんだよ!」、「ちょっと才能があるからっていい気になりやがって!」、「私たちがどれだけ苦労したと思っているんだ!」、「お前は幸運でいいな」、「もっと可愛げのある子が生まれれば良かった」、「別の子供が良かった」
俺様は両親のストレスのはけ口だった。罵られ、叩かれ、殴られ、打たれて、タバコを何度も押し付けられた。
両親はその度にニコニコ笑顔になっていった。すごく幸せそうだった。苦しむ俺様の泣き顔を見て、両親は笑っていた。
俺様は自分を否定されるような汚い言葉で強く賢く成長した。パワーワード(嫉妬の言葉)は弱者を強者に変える。俺様は自分の身を守れるように進化した。喋ることができるようになったのは、この辺りだったかな。
この世界のルールでは、力ではなくルーレットの出目で全てが決まる。最悪の家庭に生まれた俺様の出目は、いつも最高だった。
「不運よ。俺様の出目をいい目にしろ!」
『パワーワードを感知。乳児一四番の能力が上昇します』
俺様に名前なんてなかった。アナウンスには、乳児一四番と呼ばれた。それが俺の名前代わりだった。
パワーワードとルーレットがなければ俺様はとっくに衰弱死していた。だけど、この世界では、運が悪ければ悪いほど、運が良くなる。矛盾を有したままいられるというルールが俺様の命を救ってくれた。
不運だけが俺様の味方だった。