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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
番外編
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【番外編十五】サンタクロース

 結婚して初めてのクリスマスを迎えようとしている十二月の初め、仕事が終わって学童へ迎えに行くと、拓都はどこか元気がなかった。

「拓都、何かあったの?」

 自宅へ帰る車の中でさりげなく尋ねてみると。

「うん、あのねママ、サンタさんって本当は居ないの?」

 つ、ついに来た! この質問はいつか来ると思っていたけど、何の答も用意していなかった。

「ど、どうして?」

 動揺した私は、慌てて的外れな問い返しをしてしまった。

「あのね、晴人君がね、サンタさんは居ないって言うんだ。それでね、クリスマスプレゼントはいつもお祖父ちゃんとお祖母ちゃんからもらうんだって」

 晴人君ってたしか、同じ学童でクラスは違うけれど同級生の子だ。

「そっか」

 私はそれ以上何も言えなかった。それぞれの家の事情があるから、どれが正しくて本物かなんて言えるはずがない。どう言えばいい?

「あっ、そうだ! パパってサンタさんと友達だって言っていたよね? ほら、去年のクリスマスに来てくれたでしょう?」

 あ……、そうだった。

「そ、そうだね。だったら、パパに聞いてみようか?」

 私は心の中で手を合わせながら、全てを慧に丸投げすることにしてしまった。

 それでも、いきなり拓都に質問されるのは申し訳ないと思い、こっそりと慧にメールをしておいた。

「ただいま」

 慧の帰宅の声を聞くと、いつも私より早く拓都が玄関先に飛び出して行く。私は大きなお腹なのに寒い玄関まで慌てて出て来ることは無いという慧の優しさに甘えて、今はそのまま台所で夕食の用意を続ける。

 リビングと台所が一続きになっている部屋へ入ってきた慧と目が合い、にっこりと微笑み「おかえり」と言うと、「ただいま」と微笑が返ってくる。そして、ダイニングテーブルに夕食を出していた私の傍まで来ると、腰を折って私のお腹に顔を近づけ「ただいま」と声をかけてお腹を撫でる。

 いつの間にか習慣になったお腹の中の赤ちゃんへの挨拶。どこかくすぐったい様な幸せがジワジワと胸を暖める。

「もう、用意できているから」

「じゃあ、先に食べようか」

 用意が間に合わない時は、先にお風呂に入ってもらうが、今日は朝の内におでんの仕込みをしておいたので楽だった。

「ねぇ、パパ、サンタさんって本当は居ないの? パパはサンタさんとお友達だって言っていたよね?」

 拓都はいつ言おうかと思っていたのか、食べだして会話が途切れた時に突然この話題を持ち出した。

 どんな答えが返ってくるのだろうかと、拓都は神妙な顔をしている。

 慧は少し驚いて見せた後、視線で私に合図を送ると、拓都と同じように神妙な顔になった。

「そうだね、これは大切なお話だから、食べた後に話そうか? それにね、パパはサンタさんとお友達という訳ではないんだよ。でも、あの時はサンタさんの気持ちが分かったから、それを伝えに来たんだよ」

 慧は拓都に優しい眼差しを向けながら、拓都に伝わるようにゆっくりと話す。

 あの時サンタさんの気持ちがわかったからというのは、去年のクリスマス前の私の気持ちを思ってだった。

 去年のクリスマス前、私は拓都のサンタさんへのリクエストが『パパをください』だったことを悩んでいた。そして、そのことを由香里さんが私に内緒で、二学期の懇談の時に担任である慧に話してくれたらしい。

 そのことが切っ掛けで、彼はクリスマスに行動をおこし、今の私達がある。

 そんなことを頭の片隅で思い起こしながら、私は彼が拓都にどんな話をするのだろうかと、どこか落ち着かない様な気持ちでドキドキしていた。

 食後、リビングのソファーに移動すると、私と慧の間に拓都を座らせた。

「拓都、拓都はサンタクロースはいると思う? いないと思う?」

「いつもプレゼント貰っていたから、いると思うけど」 

 拓都は自信無げに慧を上目づかいで見上げる。

「でも、友達にいないって言われて、もしかするといないのかなって心配になった?」

 慧にそう訊かれて、拓都は少し不安気な表情で頷く。

「そっか。サンタクロースの姿って見たことがないし、いないと言われると不安になるよね。でもね、サンタクロースは信じる人のところだけ来てくれるそうだよ」

「ほんと! じゃあ、僕信じる。絶対に信じる」

 さっきまで不安そうな顔をしていた拓都の表情が、花が開くように笑顔全開になった。その様子を私も慧も微笑ましく見つめる。

「なぁ拓都、お友達が言ったことは嘘でも無いんだよ。それぞれのお家によって考え方が違うからね。どちらが正しくて、どちらが間違っているかなんていうことはないんだ。お友達のお家はサンタさんが来ないかもしれないけれど、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんからプレゼントを貰うんだろう? それならクリスマスが来るのを楽しみにしているのはお友達も拓都も同じだろう? だから、このことでもう拓都は悲しい思いをしなくてもいいし、お友達にも違うって言わなくてもいいんだよ」

 拓都は慧の方を見上げながら一生懸命に聞いていた。そして「うん」と頷いた後、しばらく考えていた。

「ねぇ、パパ、晴人君のお家は、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがサンタさんなんだね」

「そうだね、そうかもしれないね」

 慧は拓都の言葉に目を細め、嬉しそうに拓都の頭を撫でてあげている。

 私は二人の会話を傍で聞きながら、胸が一杯になった。慧の説明も、説明を聞いた後の拓都の考え方もどちらも私では出てこなかったことだ。

 私はお腹を撫でながら、『こんなに素敵なパパとお兄ちゃんで嬉しいね』と心の中で赤ちゃんに話しかけた。


「拓都、サンタさんにお願いするプレゼントはもう決まったの?」

 私は解決したことにホッとして、話を変えた。私の言葉にこちらを振り返った拓都は、「うん、だいたい」と答えた後、「ママ、サンタさんにお手紙書くから紙と封筒、ちょうだい」と言うので、私は引出しから便箋と封筒を取り出し、渡した。



 それから数日後、拓都からサンタさんへの手紙を渡された。「絶対に見ちゃダメだよ」という言葉付きで。

 そんな風に言われると開封することに罪悪感を覚えてしまうけれど、見ないことには始まらない。その夜、慧に手紙を渡し、一緒に見てみることにした。

 手紙に書かれていたのは、拓都が持っている携帯ゲーム機用のゲームソフトらしい。

「ああ、これ、今凄く人気のあるゲームだよ」

 慧は毎日子供たちと接しているせいか、子供達の好きな物はわかっているようだ。

「じゃあ、俺が買ってくるよ」

 ゲームのことはよく分からなかったので、お任せすることにした。

 そういえば、結婚して初めてのクリスマスだ。慧へのプレゼントも考えなくてはと、今頃になって気付いたのだった。


 今年は曜日の関係で十二月二十二日が終業式だった。この日の夜、慧は職場の忘年会があるため夕食は要らないと言っていたから、仕事帰りに拓都を迎えに行き、慧へのクリスマスプレゼントを買うためにショッピングモールへと出かけた。

 フードコートで簡単に夕食を済ませ、お目当てのお店へと向かう。何にしようかといろいろ悩んだけれど、カシミアのセーターに決めた。

「拓都も一緒に買いに行ったから、これはママと拓都からのプレゼントにしようね。パパにはプレゼントのことは内緒だよ」

 そう言うと、拓都は嬉しそうに頷いた。

「ねぇ、ママ。パパ、きっと喜ぶね。パパがね、パパにとってサンタさんは僕とママなんだって」

「えっ? そんな話、いつしたの?」

「昨日、お風呂の中で。それでね、パパは僕とママと家族になれたことが一番のプレゼントなんだって。それに、赤ちゃんも生まれるでしょう? 来年も大きなプレゼントをもらえるねって言っていたよ」

 私は拓都の言葉に胸が震えた。慧の想いを拓都が伝えてくれて、それだけで私には大きなプレゼントだ。

「拓都、パパと家族になれて、よかったね」

 私は思わず拓都を抱きしめていた。拓都はくすぐったそうに笑っている。

「僕ね、昨日パパから、僕とママがサンタさんだって聞いて、ずっと考えていたんだ。僕、去年サンタさんにパパが欲しいってお願いしたでしょう? そうしたら本当にパパ来てくれたし、弟か妹が欲しいって思っていたら赤ちゃんも来てくれた。これって全部、守谷先生がパパになってくれたからだよね。ねぇ、ママ、もしかしたら、パパはサンタさんかもしれないね」

 拓都は恥ずかしそうに声を潜めて言うと、「パパには内緒だよ」と顔をそむけた。








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