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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
番外編
92/98

【番外編十】リベンジキャンプ(前編)

本日は6時と18時の2回の更新になります。

どうぞよろしくお願いします。

「今年も夏休みにキャンプに行かない?」

 それは七月の初めのある夜、千裕さんから久しぶりに電話が掛かってきた。

 今年度はもう役員をしていないので、千裕さんに会う機会が極端に減ってしまった。おまけに新婚さんの邪魔をしてはいけないとばかりに、週末のお誘いも遠慮しているみたいだし、私の妊娠が分かったから余計に気を使っているみたいで。

 でも、今回は久々に以前のように気軽に誘ってくれて嬉しかった。だけど、千裕さんのその一言で記憶が蘇ってしまった。一年前のあのキャンプでの出来事が。

「新婚旅行の代わりにならないかもしれないけど、どう?」

 私が一年前の記憶に囚われて言葉を発せ無いでいると、千裕さんはさらに言葉を重ねた。


 『新婚旅行』


 そう、春にバタバタと籍を入れた私達は、まだ新婚旅行なるものに出かけてはいない。拓都がいるからハネムーンなんていう甘いものにはならないけれど、夏休みに三人でテーマパークを満喫しようと話していた。妊娠も考えなかった訳じゃないけれど、自分が妊娠するなんてあまり想像できなかったし、妊娠しても病気じゃないんだから、何とかなると簡単に考えていたのは、私だけだった。

 結婚式を終え、落ち着いた五月の末、私は生理が遅れていることに気付き、念のために行った産婦人科で妊娠が分かったのだった。

 妊娠が分かってから、慧は過保護になった。本当は車を運転するのも心配らしいけれど、仕事に行くのに必要なので渋々認めてもらっている。でも、買い物は慧と一緒に行ける土日限定になってしまった。家にいても、重いものは持つな、お腹は冷やすな、無理をするなと口うるさい。

 だから、夏休みのテーマパークでの夢の休日は、慧に言わせるととんでもないらしく、無期限延期となってしまった。私的には、妊婦不可の乗り物に乗らなければいいんじゃないかと思っていたのに、人が多い場所で歩き回ることがとんでもないらしい。

「慧に訊いてみないと。テーマパークもキャンセルされちゃったし」

「篠崎先生、心配性だよねぇ。特に流産の心配の無い健康な妊婦なら、多少動く方がいいのにね。でも、炎天下のテーマパークよりは、涼しい山の中のキャンプ場でゆっくり森林浴するほうが、胎教にもいいんじゃない?」

「千裕さん、売り込みが上手だね。慧にそう言ってみるよ」

「ふふふっ、もう由香里さんにも参加の返事貰っているから、何とか篠崎先生にもその気になってもらわないとね」

「由香里さん家も行くの? 由香里さんのご主人も了解しているの?」

「由香里さん家は、ご主人が乗り気なのよ。前からキャンプに興味があったらしくてね、この際キャンプ用品を買いそろえるんだって、張り切っているらしいわよ」

「そっか。テントとかいるものね。私のところもキャンプ用品なんてないよ」

「テントなら去年のキャンプの時貸してあげたのがあるし、レンタルとかもあるよ」

 千裕さんの去年のキャンプという言葉を聞いて、またあの時の映像が脳裏によみがえった。

「去年のキャンプって、あれから一年しか経っていないのに、もう随分昔のことみたいに感じるよ」

 たった一年で、こんなにも立ち位置が変わってしまった。

 あの時、必死で押さえこんだ想い。だけど今は、その想う同じ相手の子供をお腹に宿して、幸せな日々を送っている。

 悲しい思い出でしかなかったキャンプは、いつの間にか記憶の彼方へ押しやられていた。

「あぁ、去年のキャンプと言えば、あの時は知らなかったとは言え、無神経に美緒ちゃん傷つけていたよね。本当にごめんね」

 私は千裕さんの言葉に驚いて絶句した。

 千裕さん、ずっと気にしていたのだろうか?

 千裕さんは思う以上に周り気を使う人だ。だけどそれを極力周りに感じさせないようにもしている。

「な、なに言っているのよ。千裕さんは何も悪くないでしょ。むしろ、何も言って無かった私の方が悪かったのよ。気を使わせてごめんね」

「いやいや、それでね。去年のキャンプをやり直すというか、思い出を塗り替えるというか、リベンジできたらと思って、去年と同じキャンプ場に行く予定なの」

「リベンジ?!」

 千裕さんの突拍子もない言葉に、私は思わず声を張り上げた。

「そうよ。あのキャンプ場と私達と行ったキャンプを思い出す度に嫌な気持ちにさせてしまったら悲しいもの。だから、キャンプの思い出をラブラブな思い出に塗り替えるのよ!」

 ち、千裕さん。なんだか、テンション高くありませんか?

 それに、ラブラブな思い出って。他の家族もいるし、拓都もいるのだから、それは無いって。

「千裕さん、ラブラブは無いと思うけど」

「ふふふっ、新婚さんは一緒にいるだけでラブラブなんじゃないのぉ? 私達のことなんか気にしないでいいからねぇ」

 あぁ、千裕さん、スイッチ入っちゃっている。こうなると暴走しちゃうからなぁ。

「ま、まあ、とにかく、慧に聞いて返事するから」

 私は電話を切ると大きく溜息を吐いた。

 さて、慧にはどんなふうに話そうか。まさか、リベンジなんて言えないし。


 その夜、拓都が寝た頃に帰って来た慧にキャンプの話を切り出してみた。

「キャンプ? 西森さんと川北さん家族と?」

「そうなの。新婚旅行の代りにどうかって。由香里さんのご主人は凄く乗り気で、キャンプ用品を買いそろえるんだって。それに、涼しい山の中のキャンプ場でゆっくり森林浴するのも胎教にいいんじゃないかって。ほら、妊婦が二人もいるし」

 私は勢い込んで千裕さん仕込みの売り文句を並べる。慧はそれを聞いて考え込んでいるようだ。

「うーん。八月頃なら、美緒も安定期に入る頃か」

 慧が独り言のように呟いた。

 安定期って、初めての妊娠なのにやけに詳しい。もしかして、勉強したの?

 私が怪訝な顔をして彼を見つめると、彼は何を勘違いしたのか慌てて「いや、何もかもダメだと言うつもりはないんだよ」と言い訳のように言った。

「うん、わかっている。拓都もね、夏休み中どこにも出かけないんじゃ、可哀想だと思うの」

 私はもうひと押しだと拓都の名前を出した。

「わかった。キャンプに行こう。その代わり、できるだけ木陰にいて、動き回らないように。重いものは俺が持つし、少しでも異常を感じたらすぐにいうこと。美緒のことだから、皆が楽しんでいるのに水を差したくないとか思って、少しぐらいの異常は我慢してしまうだろ?」

 慧の言葉は思い当ることがあって、うっ、と言葉に詰まってしまった。

 この前も買い物に行ってずいぶん長くかかってしまったせいか、少しお腹が張るなぁと思いながらも後少しと我慢したことがあったっけ。

「わかっているわよ。慧の言い付けは守ります」

「美緒、本当に分かっているのか? 俺が言うから守るんじゃないだろ? 美緒のお腹にいる俺達の子供は、美緒しか守れないんだぞ。俺はそのサポートするぐらいしかできないんだから、美緒が赤ちゃんを守ろうという気持ちでいてくれないと」

 慧の真剣な眼差しと言葉に、私は痛いところを突かれたように、今度こそ言葉を失くし俯いてしまった。

 ああ、本当に! 自分自身の身の内に子供を宿し、日々実感しているというのに、まだ子供の存在を実感できないであろう慧に諭されるなんて。

 今まで妊娠していても今までと同じように働く同僚達を見て来たから、慧の過保護ぶりに少しうんざりとしていたのだ。

「ごめんなさい」とどうにか口にして、上目使いに彼の様子を窺えば、彼は自嘲気味に大きく息を吐いた。

「まあ、そんなに神経質になることもないとは思うけど、な。出産経験者もいることだし、気になることがあったら、彼女達に訊けばいいし。とにかく、キャンプへ行こう。拓都にも夏の思い出は必要だしな」

 彼はそう言うといつもの笑顔を見せた。私もその笑顔に答えるようにおずおずと笑顔を返した。


『俺達の子供は、お前にしか守れないんだぞ』

 慧の言葉を思い出すたび、まだ膨らんでいないお腹に手を当てて、「ごめんね。ママが守るからね」と話しかける。

 はぁ、私って、人に心配されるのは苦手だと思う。少しぐらいのことなら我慢してしまう方が多い。だからと言って、お腹の赤ちゃんをないがしろにしていたつもりは少しもないのだけど。


******


 お腹が空くと気持ち悪くなる悪阻が治まりだした頃、夏休みになった。

 キャンプの前に相談しようと、由香里さんと千裕さんが我が家にやって来た。子供達はパパ達が、夏休みの子供向けのアニメ映画に連れて行ってくれたので、母親三人でのんびりトーク。

「良かったねぇ、キャンプへ行けることになって」

 千裕さんがニコニコ笑って言った。

「そうそう、キャンプまでダメだって言ったら、篠崎先生に文句言いに行こうと思っていたのよ」

 由香里さんが過激なことを言う。

「文句って」

「そうでしょう? 妊婦だからってあれもダメこれもダメって言われたら、ストレスたまっちゃうでしょう? ストレスの方がずっとおなかの赤ちゃんには悪いのに」

 さすが三人目を妊娠中のベテラン妊婦のいうことは、的確だ。

「でもね、お腹の赤ちゃんはお前にしか守れないんだからって言われちゃった」

「そんなこと言って、ますます妊婦を追い詰めるんだから」

「いや、あのね、彼は私が周りの人に気を使って無理をするといけないと思って言ってくれるの」

 心配してくれている彼を悪者にしたくなくて言い訳すると、千裕さんがクスリと笑う横で、由香里さんは呆れた顔をした。

「いやー、新婚さんはいいねぇ。お互いを思いやって。うふふっ」

 千裕さんが嬉しそうに笑う。由香里さんは「腹を立てた私がバカみたい」と呆れかえっている。


 その後、私達はキャンプでの食事のメニューを考え、役割分担を決めた。去年のキャンプの時に食べたパエリアが忘れられなくて、それを一日目の昼食メニューに入れてもらい、夜はバーベキューとなった。

 スイカ割りもしようとか、花火も沢山用意してとか、いろいろな意見を出し合いながら、計画を決めていくとワクワクしてくる。千裕さんじゃないけど、去年の辛いキャンプの思い出を塗り替えてしまえそうだ。

 その夜、今日立てたキャンプの計画を慧と拓都に報告すると、拓都は嬉しそうに歓声を上げた。私は心の中で、『よし。絵日記の一枚分は確保できた』とニンマリした。

 我が家も由香里さんのところに負けず、キャンプ用品をそろえることになった。慧は前々から家族ができたらキャンプ用品をいろいろ揃えたかったのだと、アウトドア用品売り場で手に取って見ながら嬉しそうに言った。

 妊婦の私を心配しながらしぶしぶキャンプ行きを了解した彼だったけれど、実際のところ一番喜んでいるのも彼なのかもしれない。

 私は喜々としてキャンプ用品のうんちくを話して聞かせる彼に耳を傾けながら、心の中が安堵と喜びに溢れていくのを感じていた。







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