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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第三章:新婚編
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【九】噂の顛末(後編)

 二年生の教室の前の廊下は、あちこちで少人数の輪を作って話をしている保護者達がいたが、大半は教室の中に入って後ろから子供達の授業の様子を見ている。教室の入り口のスライドドアも、廊下側の窓も開け放されて、そこから中の様子を覗き見ている人もいる。

「私は大丈夫だから、自分のクラスへ行って」

 さっき話をしていた中庭からここまで来る間に、沢山の保護者達とすれ違って来たけれど、話をしている母親達と見かけると、皆が私の噂をしているような気がして、落ち着かなかった。そんな私の不安を感じたのか、千裕さんも由香里さんも「一緒にいようか?」と言ってくれたけれど、もうこれ以上心配かけるのも、彼女達に依存するのも、自分が情けなくて嫌だった。

 彼女達がそれぞれの教室の中へ入ってしまった後、私はやっぱり教室の中へ入るのを戸惑ってしまい、一年前と同じように教室の廊下側の窓から様子を窺った。

 この後、学級懇談もある。噂を知っている人は、私に気付いて好奇の目で見るだろう。でも、それに負けてどうするの。『ママはそんなことしていない』って言ってくれた拓都の想いに胸が張れるよう、ここが頑張りどころなんだから。

 そんなことをつらつら考えながら窓の前に立ちつくしていたら、背後の会話が耳に入って来た。どうやら遅れてやって来た母親を、そのママ友二人が待っていたようだった。

「遅れてごめんねぇ。ねぇ、ねぇ、聞いた? 守谷先生、結婚したんだって」

 遅れて来た彼女が、少し興奮気味に言う。

「知っているわよ。今もその話をしていたんだけど、相手は保護者だって知っていた?」

「そうそう、一年の時のクラス役員だった人だって。知っている?」

「クラスが違ったからよく分からないけど、一人は西森さんだったよね?」

「私もクラスが違ったから覚えていないけど、西森さんは違うでしょ?」

「じゃあ、もう一人の人? そういえば若そうだったけど、不倫だったの? それで離婚して守谷先生と結婚したのかな?」

「バツイチだったんじゃないの? 絶対そのお母さんが誘いかけたんだよね?」

「私は、亡くなった姉妹の子供を育てているって聞いたけど、独身なんじゃないの?」

「えー?! 独身で子育てもして役員までやる? 自分の子供じゃなくても結婚はしているんじゃないの?」

「独身だから守谷先生と結婚したんだと思ったんだけど」

「でも、守谷先生、前にも不倫騒動あったじゃない? 案外、人妻キラーだったりして」

「あれは、子供の不登校に一生懸命に対応していたら、相手のお母さんが勘違いしてその気になってしまったっていうことじゃなかったの?」

「本当のところはわからないじゃない? でも、守谷先生なら、よろめきたくなる気持ちも分からないでもないよね」

「そういえばさ、そのクラス役員さんって、愛先生に似ているっていう人じゃない?」

「あーそういえば、守谷先生のクラスの役員さんが、髪が短かったころの愛先生に似ているっていう噂があったよね。おまけに、守谷先生って愛先生と付き合っているって噂もあったよね」

「えー、じゃあ、その役員さんって、守谷先生のタイプだった訳だ。それで愛先生から略奪愛しちゃったのね」

 私はもう聞いていられなかった。

 静かにその場から離れ、昇降口から外へ出た。

 三人のクスクス笑いながらの勝手な噂話に、怒りよりもどうしようもない虚しさを感じた。

 彼女達の噂話は、良くある噂話に過ぎない。仲間内で話す時は、あのぐらいの過激なことは言うだろう。まさか、その当事者が聞いているなんて、思いもしないだろうし。

 そう、母親達の間だけの噂話なら、仕方ないと聞き流せたのに。どうして子供にそんな噂話を聞かせるかな。

 拓都の昨日の無理に笑った顔を思い出すと、やはりこのまま聞き流してはいけない気がした。


 五限目の終了のチャイムが鳴り、私はもう一度二年生の教室前まで戻った。千裕さんと由香里さんが私を探して二組の教室を覗いているのが分かり、私は二人に声をかけた。

「あ、美緒ちゃん、学級懇談はどうする?」

 千裕さんが心配気な顔で訊く。どうするって、出ないで帰った方がいいと言うのだろうか?

 きっと、あちこちで話されている私と慧の噂を耳にして、又心配になったのかもしれない。

「もちろん参加するよ。二人も出るんでしょう? それから、PTA総会も」

 私は二人を安心させるように微笑んで訊き返した。

「美緒、大丈夫? 無理しなくてもいいんだよ。参加しない人だっているんだから」

 由香里さんもまだ心配気な表情のままだ。やはり長い付き合いのせいで、私の作った笑顔は見破られているのか。

「大丈夫、大丈夫。いろいろ噂されているのは聞こえてくるけど、覚悟は出来ているから、聞き流せるよ」

 二人を安心させるために、私は笑顔でしっかりと話した。それは自分自身にも言い聞かせるために。

 それでもまだ心配そうな二人に、もう一度微笑んで見せた。「美緒がそこまで覚悟しているのなら」としぶしぶ二人は納得し、それぞれの教室へ入って行った。

 私は二人を見送ると、自分に活を入れて教室の中へ入った。担任は親を待つ予定の子供達を図書室へ送って行ったのか、まだいなかった。拓都はいつものように学童へ行っただろう。声をかけそびれたことが心残りだけれど、仕方がない。

 後方の出入り口から入った私は、中ほどへ入って行くのは戸惑われて、その場で立ち尽くしていた。私の方をチラリと見て、何か話をしている母親達を見ると、自分のことを言われているのかと思ってしまうのは、被害妄想だろうか?

 一年の時に同じクラスだった見覚えのある人もいる。それでも、挨拶程度しかしたことがない人達ばかりで、こちらを見ていたのか私が視線を向けると目があってしまった。私が小さく会釈すると、相手は慌てたように会釈を返し、顔をそらした。

 きっと知っているんだ。こういうのを針のむしろと言うのだろうか?

 自意識過剰だよね。

 そう思うと自嘲の笑みがこぼれそうになって、グッと唇をかみしめた。


 私は去年のように壁の掲示物を見つめていた。去年とは違う緊張はあるけれど、今は心の中にある彼への想いを否定することも、封じることもしなくていいということが、私を強くしてくれる。

 慧、私に勇気をちょうだい。

 そっと胸に手を当てて祈る。

 そう、今は彼が一緒にいてくれる。それが、どんなに心強いか、今あらためて実感する。

 大丈夫。

 私はもう一度、心の中で呟いた。

「お待たせしました。今から学級懇談会を始めます」

 担任は教室に入ると保護者達に向かって声をかけた。そして、皆に声をかけて机を動かし、真ん中に長方形の空間を開けて、その周りを囲むように机を並べた。

「二年二組の担任になりました広瀬基樹ひろせもときです。一年間よろしくお願いします」

 皆が席に着いたのを確認すると、担任は自己紹介と共に挨拶をした。

 一年前の慧との再会シーンを再現しているようで、妙に落ち着かない。

 担任は、学級の様子やこれからの学級運営、そして二年生での学習の程度などを面白おかしく話した。

 やはりこの先生は、面白い先生の様だ。慧の時とは違う雰囲気に少し戸惑いながらも、楽しい学級になりそうだと安心した。

「それじゃあ、順番に自己紹介をしてもらいましょうか」

 担任が笑顔で言うと、こちらの方からと最初の一人を指名した。

 座っている順番に一人一人が立ち上がって自己紹介をしていく。自分の番が近づくごとに鼓動が早まるのを感じながら、私の中で漠然としていた想いが固まりつつあった。

 私の隣に座っている人の番になり、立ち上がり自己紹介をすると「よろしくお願いします」と頭を下げて席に着いた。

 いよいよだ。

 私はごくりと唾を飲み込んだ。

 落ち着いて、落ち着いて。

「篠崎拓都の母親です。よろしくお願いします」

 一年前と同じように自己紹介すると皆に向かって頭を下げた。そして私は、自分の中の決意のもとに担任の方を向いた。

「広瀬先生、あの、皆さんにお話ししたいことがあるので、後でお時間頂けないでしょうか?」

 私は担任の方を見て、一気に言いきった。自分の決意が怯まないよう、担任を真っ直ぐに見据えた。

 私の言葉を聞いて、周りがざわついたが、もう気にしないことにした。

「えっ? あ、はい、わかりました。皆さんの自己紹介が終わった後にどうぞ」

 さすがの広瀬先生も驚きを隠せないようで、戸惑いながらも了解してくれた。私は「ありがとうございます」と言うと、着席した。

 それまでの空気を一度に変えてしまったせいか、次の番の人が戸惑いながら立ち上がり、自己紹介を始めた。

 私自信が一番、自分の行動に驚いているかもしれない。

 でも、昨日の拓都を思い出すと、何かに突き動かされるように私は決意を固めていた。まだどう話そうかなんて、考えてもいない。けれど、話さなくてはいけないと思ってしまった。

 私は手に持ったハンカチを握り込んだ。自己紹介する人に視線を向けながらも、頭の中ではどうしよう、どうしようとグルグルしている。でも、拓都の笑顔を守りたい。

 慧、力を貸して。

 自分の無謀すぎる決意に、頭の片隅で呆れもした。いつもは慎重すぎるぐらい慎重の筈の自分なのに、慧の大胆さが移ったかな?

 私はそんな自分が可笑しくなって、心の中でクスリと笑うと、妙に落ち着いた気持ちになった。開き直ったと言うべきか。

「じゃあ、篠崎さん、どうぞ」

 全員の自己紹介が済むと、担任は笑顔で私に声をかけてくれた。皆の視線が一斉に私に向く。

 うわっ。

 心の中で叫び声をあげ、逃げ出したくなった。

 慧、助けて。

 ダメだ。ここは私の正念場だから。私が拓都の母として、慧の妻としてのけじめなのだから。

「私事で貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございます。皆さんには突然のことで申し訳ないと思いますが、少しだけ私の話を聞いて頂けますか?」

 そう問いかけながら、ゆっくりと視線を左から右へと移していった。

「あの、実は拓都は私の姉の子供で、拓都が三歳の時に姉夫婦が亡くなり、残された家族は私と拓都だけになりました。拓都はまだ三歳だったので、私は拓都の叔母ではなく母親として、現在まで二人で生活してきました。結婚も子供を産んだことも無い私の子育ては、とても未熟なものだと思っています。それで、もしもそのことで何か気付かれたことや、ご迷惑をかける様なことがありましたら、教えてほしいと思っています。よろしくお願いします」

 私はここまで一気に言うと頭を下げた。みんなの表情を見る余裕はなかった。私は急いでもう一つの大切なことを言わなければと、頭を上げ、話を続けた。

「それから、もうご存知の方もいらっしゃるかと思いますが。先日私は、昨年度一年三組の担任だった守谷先生と結婚しました。担任と保護者ということで嫌悪される方もいらっしゃるかもわかりませんが、彼の名誉のためにも、噂で流れているような不倫とかどちらかが誘惑したとかいうことはありません。実は私達は大学時代にお付き合いをしており、将来の約束もしていました。私の方が二つ年上で、私が社会人一年目の終わり頃に、拓都の両親が亡くなり、拓都の母親として生きていくことを決めた私は、まだ学生だった彼を巻き込みたくなくて、姉夫婦が亡くなったことを言わずに別れました。そして三年経ち、この小学校で再会しましたが、お互いの気持ちは変わってしまったと思っていたので、お互いに知らんふりをしていました。去年の十二月に養護の青木先生の代りに養護教諭となった本郷先生は私の大学時代の友人で、彼女のお陰で私と彼はお互いの気持ちが分かり、一年生が終わった時に、拓都のためにも早く家族になろうということで結婚しました。急なことで皆さん驚かれたと思います。こんなプライベートな話をして申し訳ないと思います。ただ、大人の間に流れる噂については覚悟しているのですが、拓都を含め子供達に漏れ聞こえた時に、嫌な思いやショックを受けることがないようにと思ってお話させて頂きました。最後まで聞いて頂いて、ありがとうございます」

 私は一礼すると着席した。まだ心臓はドキドキしている。手のハンカチをぎゅっと握りしめ、私は目の前の机に視線を落とした。

 言ってしまった。きっとみんな驚いているだろう。

 でも、誰がどう思おうが、もう気にするのはよそう。

 私にできることをしたのだから、後は誰にどんな噂をされようが、私達家族が仲良く幸せなら、それでいい。

 私は毅然として顔を上げた。

 後ろ指を指される様なことをしていないのだから、胸を張って前を見なきゃ。

 その時、目の前に座っている母親と目が合い、彼女はニッコリと笑うと「おめでとうございます」と言った。

 えっ?

 驚いていると、他からも「結婚おめでとうございます」と言う声が聞こえて、胸が震える。

 あ……こんな風に祝福してもらえるなんて、思ってもみなかった。

 私は思わず立ち上がると「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。

 次々に込み上げる熱い想いが頬を濡らす。握りしめたハンカチで拭うが止まらなくて、結局目をハンカチで覆ったまま席に着いた。

「篠崎さん、おめでとうございます。本当に良かったですね。では、次はクラス役員を決めたいと思います」

 担任の声が遠くに聞こえた。その後、どうなったのか記憶にない程、頭はぼんやりとしたまま過ぎて行った。



   *****


「美緒、広瀬先生に今日のこと、聞いたよ」

 慧が帰って来るなり、ポツリと言った。そういえば、彼は広瀬先生と仲が良かったんだった。

 今日のことをどう話そうかと思っていたけれど、担任から話が行っているなんて思いもしなかった。

 けれど、何の相談もせずに、プライベートなことを他人に告白したこと、彼はどう思っただろう?

 私は思わず「ごめんなさい」と謝っていた。

「謝らなくてもいいよ。もしかして、拓都のこと、聞いたのか?」

 彼の問いかけにドキリとしながらも、私は素直に頷いた。

 慧もやっぱり知っていたんだ。

「慧は拓都から聞いたの?」

「ああ、今朝話をした時に、な。拓都には、そんなことは無いから安心するように話をして、分かってくれたから、大丈夫だよ。さすがに今回は俺も何か対処をした方がいいかと思ったよ。それを今夜美緒と相談しようと思っていたところなんだ。まさか美緒がそんな行動に出るなんて、思いもしなかったから」

「ごめんね、一人暴走して」

「いいさ。拓都を思ってのことだから。広瀬先生も、驚いていたけど、さすがにおまえの選んだ女性だなって笑っていたよ」

 あー、なんだか気の強い奴だって思われたかも。

「私がね、話をした後、おめでとうって言ってくれたお母さん達がいてね、祝福してもらえるなんて思ってみなかったから、凄く嬉しくて……」

 思い出すとまた涙がこぼれそうだ。

 思わず俯くと、彼に肩を引き寄せられ、彼の胸に頭をもたせ掛けた。

「そうか、よかったな」

 彼の言葉がじんわりと胸に広がる。

 泣きたい程の幸せって、こんな気持ちを言うのかもしれない。

「私、自分でもとても驚いたの。広瀬先生に話をする時間をくださいって言った後で、逃げ出したくなったぐらい。でもね、私には慧がいてくれるんだって思ったら、とても心強かったの。だから、皆に話をした後、もう誰に何を言われようと、私達家族が幸せならそれでいいって思って。私達が信頼し合っていれば、怖いものなんてないんだよね」

 私は彼の胸から頭を離すと、確かめるように彼の顔を見た。見つめ合ったまま彼は微笑み「ああ、そうだな」と言うと、私を抱きしめ、涙を吸い取るように目尻に口づけを落とした。



         *****


 あの学級懇談の後、由香里さんや千裕さんと合流し、学級懇談でのことを話すと、二人ともとても驚いた。でもその後すぐに由香里さんは笑い出し、「美緒って結構気が強いんだった」と言うではないか。やっぱりあの行動は、気の強さの表れなのかな。自分では弱くて情けないと思っていたのに。

 あの日以来、私は噂のことは気にならなくなった。けれど、千裕さんのところに集まってくる噂を、時々聞かされたりする。その中に『守谷先生と篠崎さんは純愛を貫き通した』っていう美談ぽい話になっているのもあって、とても驚いた。まあ、中には『篠崎さんって気が強いよね、皆の前で守谷先生は私のものです宣言したようなものだものね』というのには、参ったけど。

 あれから数日後、PTA会長が我が家を訪ねて来て、悪い噂が流れてしまったことを謝られてしまった。会長のせいじゃないのに、責任感の強い人なのだとあらためて感心した。なんでも会長が動き出す前に保護者と結婚したという噂が流れだし、尾ひれがついてあっという間に広まってしまったらしい。その後で否定する噂を流したけれど、皆が当事者たちを悪者にするような噂の方を好んだからなのか、否定しきれなかったのだと言っていた。不倫の方が噂にはなり易いということなのだろうか?

 あのことがあったお陰で、私達はより一層家族らしく、親子らしくなったんじゃないかと思う。結局は自分自身の気持ちの持ち方次第なのだ。噂を気にして、噂に怯えていては足元にある幸せに気づけないのだから。

 

 そうして私達は、平穏な日々を過ごし、いよいよ結婚式当日を迎えた。

 そういえば、職場の同僚の速水さんのお子さんの担任が、私の結婚相手だということは、まだ話せていなかった。けれど、速水さんがそのことを知った時、どんな反応をするかがとても楽しみだった。

 結婚式の当日、教会の赤い絨毯の上を私と慧が腕を組んでしずしずと進んでいくと、両側の席に座った参列者たちが、カメラを向けたり、声をかけてきたりした。そんな中で「あー、篠崎先生」と指をさして叫んだのが速水さんだった。

 私達は思わず顔を見合わせクスリと笑うと、私は速水さんに向かってVサインをして見せた。

 週明けに速水さんと顔を合わせたら、質問攻めにあうだろうなと、そんなことさえ楽しくてならない。

 一通り結婚式が終わり、外へと繋がるドアが開けられ外へ出ると、式の間に雨が降ったのか、地面が濡れている。

 教会の中にいた人達とは別に駆けつけて来てくれた人もいたようで、千裕さんや由香里さんのご主人や子供達もいる。他にも子供がいるのは、彼の教え子たちだろうか?

 階段の両側や階段の下にいる人達の嬉しそうな顔が、皆私達を見つめている。

 そんな中に、この四月から同僚になった梓ちゃんと、その友達の安藤詩織ちゃんの驚いた顔もあった。

 ブーケトスの後、私達は拓都を真ん中に両方から手を繋いで、ゆっくりと階段を下りて行った。皆の嬉しそうな顔が眩しくて、宙を舞う花弁も雲の隙間から顔を出した太陽の光に輝いて見える。

 私は遠くの空を見上げた。

 神々しい太陽の光があたり一面に降り注ぎ始めると、全てが眩しい程輝いて、視線の先に祝福の七色の橋が架かった。

 それはまるで空から見守る両親や姉達からの贈り物のようで、思わず指をさしていた。

 

 お父さん、お母さん、お姉ちゃん、お義兄さん、ありがとう。


 慧が私の方を見て微笑んだ。不思議そうに見上げた拓都の顔はどこか嬉しそうだ。きっと私も嬉しさを隠しきれずに緩んだ表情をしているに違いない。

 さあ、前に進もう。三人なら、もう何も怖いことはないのだから。



  本編・完 



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