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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第三章:新婚編
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【二】結婚報告(前編)

 慧と拓都を守るにはどうすればいいだろう?

 最初に広がる噂は、守谷先生が結婚したというものだろう。ただそれだけなら、皆は驚くだろうけれど、それ程問題ではない。問題なのは、相手が元担任をしていたクラスの保護者だということだ。これはどんなに隠してもいつかはバレる。

 それなら最初から、真実を噂として流せば……。こんな複雑な事情を一対一ではなく、大勢に流すとなると、やはり無理が生じると思う。伝言ゲームのように、少しずつ話が変わり、そこに聞いた人の憶測や思い込みが入り込んで、結局思いもよらない内容になってしまうのが、噂というものだ。

 私が心配なのは、今回のことが不倫だと思われると、前回の不倫騒動も本当は慧の方にも罪があるのじゃないかと勘繰られること。

 私はベッドの中で悶々と考え続けた。隣からは健やかな寝息が聞こえ、彼には罪は無いのに、何となく恨めしく感じてしまった。

 そして、私の友人達に月末に入籍をすると報告した時のことを思い出した。


            *****


 PTA会長のご自宅を訪問した日の夜、拓都はこの土日の二日間に起こった余りに多くのことに、気分がハイになっているのか、寝付くまでテンションが高かった。それでも拓都も疲れたのだろう、いつもより早く眠ってしまった。

 私も疲れていたけれど、拓都と同じようにどこか神経が高ぶり、それでも子供の様には眠気は訪れてくれない。

『守谷先生が結婚すると知ったら、皆驚くでしょうね。それも、自分のクラスの保護者だなんて。慧君、またいろいろ言われると思うわよ』

 PTA会長の言葉がグルグルと頭の中を回る。

 そんな状態に苦しくなった私は、何を言われたって、ドンと来いよ! と自分を鼓舞するように心の中で叫んだ。

 そして、負の感情を吹っ切るように、とりあえずこの二日間で起こった出来事を由香里さんに報告しようと、携帯電話を手にした。


 いつものように由香里さんに電話をして、この土日の二日間に起こったことを、順を追って話した。最初に拓都に了解してもらったことを言うと、「よかったねぇ」と言い、自分が再婚した時の子供たちへの対応を思い出し、アドバイスしてくれた。

 そして、彼のご両親やその家族にも歓迎され、彼が拓都のために篠崎に姓を変えてくると話したら、「守谷先生って、本当に美緒達のこと考えてくれているんだね」と感嘆の声をあげた。

 しかし、何より由香里さんを驚かせたのは、入籍の時期についてだ。

「えー!! 今月末に入籍ですって!!」

 由香里さん、さっさと結婚して子作りしろと言ったのはあなたじゃないの。

 心の中で文句を言いながらも、彼が新しい小学校では最初から篠崎で行きたいからと説明をした。彼女は納得してくれたけれど、どこか不満の様だ。

「二人とも初婚なのに、結婚式も挙げずに結婚しちゃうの? 守谷先生も結局自分の都合を優先しただけじゃない!」

 由香里さんの言葉は、本当の母か姉のようで、嬉しかった。

「違うの、違うの。順番が逆になっちゃったけど、結婚式は五月にするのよ。今日、いろいろ式場を見て来て、五月の第二土曜日が空いているところがあったから、一応予約入れて来たの。又招待状を出すから、出席してくれる?」

「もちろんじゃない。それなら良かったわ。私は美緒のお母さんやお姉さんの代りに、美緒の花嫁姿を見届けなくちゃって思っていたの。五月の第二土曜ね。予定空けておくわね」

 私が思ったことを本人の口から聞いて、彼女の思いやりが胸に広がって暖かくなった。この二日間で緩んだ涙腺が、簡単に崩壊する。私は鼻水をすすりながら、「ありがとう、由香里さん」とどうにか言った。

「でも、それなら、このお腹の子と同級生の子供を妊娠する可能性はある訳ね。楽しみに待っているからね」

 フフフッと笑いながら、楽しそうに話す由香里さんの言葉に、私は電話なのに頬が熱くなった。

「もう、由香里さんのところに赤ちゃんができるからって、拓都がウチにもできるのって聞いてくるんだよ。そんなに期待されたって、こればかりは神様次第だから」

「ごめんねぇ。ウチの陸が拓都君に自慢して煽っているんだろうね」

 たしかに陸君の話に影響はされているんだろうなぁ。でも、その影響がいい結果に結びついたんだから良かったよね。

「ねぇ、拓都君と守谷先生は養子縁組するんでしょう?」

「うん、そのつもりだけど、私が養親だから、由香里さんのところみたいな子連れ再婚の場合とは違うかもしれないと思って、婚姻届を出す時に訊くつもりなの」

「そっか、美緒が養子縁組する時もいろいろ手続き大変だったものね。でも、届け出するのは仕事終わってからでしょう? 夜でも婚姻届は出せるけど、窓口開いてないから訊けないんじゃないの?」

「ほら今、市役所、週に二回、夜の八時まで窓口開いているんだよ。今の市長さんになってからサービス良くなったよね。三十一日も木曜日だから開いているの」

「へぇ、そうなんだ。知らなかった。市役所なんて、転入の手続きした時ぐらいだよ。でも、ぬかりないわね。それは、守谷先生の入れ知恵ね」

「入れ知恵って、計画と言ってよ。もう、何もかも彼にお任せしておこうと思ってね」

「はいはい、仲良くしてください」

 由香里さんの言い方に、思わず笑ってしまった。

 その後、入籍した時から同居することや、週末に本格的に引っ越して来ることを話した。

 由香里さんが引っ越しの日に手伝うか拓都君を預かろうかと言ってくれたので、また彼と相談してから、お願いするかもしれないと、有難くその言葉を受け取った。

 いつになっても、母や姉のように、また人生の先輩として、時に叱り、時に諭し、そして、私のことを自分のことのように喜んでくれる由香里さん。彼女と出会えたことは、一生の宝物だと思った。


 由香里さんとの電話を終え、心がほっかりと暖かいまま、次は美鈴にも報告しようと、再び携帯電話のめ電話帳を開く。

 由香里さんの時のように、順番に話していくと、美鈴も同じように今月末入籍に引っかかった。でも今度は、結婚式は五月にするのだと付けくわえたけれど。

「今月末?! 今月末って、後四日じゃない! えー! 美緒はそれで良かったの?」

「でも、新しい学校には始めから篠崎で行きたいって」

「はぁー、美緒。あなた達の付き合い始めの時もそうだったけど、美緒って守谷君の押しに弱いよね。自分の気持ちをはっきり言わなくちゃダメだよ」

 押しに弱いって。過去を振り返ってみると、思い当るところがあって、反論できない。でも、今回は確かに慧が強引に話を進めているけれど、私は嫌じゃないから任せておこうと思ったのだ。

「慧の決めたことは私の願いでもあるから、いいのよ」

「まあ、いいわ。美緒に不満が無いのなら、何も問題ないわよ」

 美鈴が私のことを思って言ってくれているのは分かっている。その気持ちが嬉しかった。私は小さく「ありがとう」と言うと、フフッと笑った。

「去年の大学祭の時、私が婚活しようって言っても、結婚しないって言っていたのに、さっさと結婚を決めちゃうんだものなぁ。それにしても、守谷君が噂対策をちゃんと考えているって言っていたのは、自分が篠崎になるってことだったのかしら」

「それもあるかもしれないけど、PTA会長にもお願いしたの」

 そういえば、PTA会長も私と拓都の姓が変わらないのなら、少しは対策ができるかもしれないって言っていたっけ。

「PTA会長?! あのM大の折原教授の奥様でしょう? そんな力があるの?」

「わからないけど、以前慧の不倫騒動の時に、彼は被害者だって広めたらしいの。実際被害者なんだけどね。でも、中には今でも彼の方が誘惑したんじゃないかって思っている人もいるみたい」

「ああ、その噂は聞いている。でも、今回も担任と保護者なわけだから、まず不倫だって思うでしょうね。美緒は結婚していないって広めるの? それとも、拓都君が美緒の子供じゃないって? たとえ美緒に旦那がいないことが知れ渡ったとしても、担任が保護者をくどいたと思われるのもどうかと思うし、もしかすると美緒が誘惑したって思われるかも」

「私はいいのよ。悪く言われても。でも、慧がまた悪く言われたり、拓都が嫌なこと言われたりするのは、やっぱり辛い」

「だから転校した方がいいって言ったのに」

「噂のために転校するなんて、おかしいでしょう?」

「まあ、どうなるか分からないこと、先案じしていても仕方ないわね。もういっそ、本当のことを皆に言いまくってその噂を広めるとか?」

「そんなことできると思う? ややこしい事情をみんなに広められると思う?」

「いっそビラでも撒く? って、冗談だけど、いずれにしても守谷先生に関する噂なら、あっという間に広まるでしょうね。悪いことをしてないから堂々としているっていうのでもいいと思うけど、きちんと三人でよく話し合わないとダメだよ。拓都君は子供だからって思わずに、真剣に話せばある程度は理解できると思うから」

「そうだね」

 私は力なく返事をした。由香里さんと話した時の胸の暖かさはいつの間にか冷めて、寒々とした風が吹き抜けていく。私が気落ちしたのが分かったのか、最後に美鈴が元気な声を出した。

「まあ、あまり気に病まないで。美緒達が苦しんだ三年間を思えば、たいしたことないよ。私も後一年は虹ヶ丘小学校にいるから、できるだけ拓都君には気を配るようにするからね。とにかくまず守谷君と話しなさいよ」

 美鈴はズバズバと鋭いことを言うけれど、私のことを心配してくれているのは、長い付き合いだからよく分かっている。

 たかが噂にそんなに怯えなくても、と思うけれど、保護者達の中での噂の効力を知っている私には、二人を守るためにどうすべきかと、また考えを巡らせ始めた。




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