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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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【二十六】前倒しのホワイトデー

「バレンタインデーのお返しに、今度の土曜日にランチ食べに来ない? 由香里さんと一緒に御馳走するから」

 千裕さんから、ホワイトデーのお誘いを受けたのは、広報の会議の帰りだった。ホワイトデーといっても、十四日は月曜日だから前倒しなのだけど。

 私は喜んで了解した。きっと拓都も大喜びだろう。バレンタインデーの夜に、拓都にホワイトデーにはお返しがあるからなんて、勝手なことを言って拓都を慰めた手前、こんな風に気を使ってくれる友達に感謝の気持ちで一杯だった。

 その後、慧との電話で、チョコレートのお礼にランチに誘われた話をしてしまい、ホワイトデーの催促と思われては大変と、私は慌てて「私は花束を貰ったから、お返しはお互い無しということでお願いします」と釘を刺した。

 彼は私の慌てぶりを笑い、「それなら、拓都にだけお返しするよ」と言ってくれ、拓都への慰め言葉が、次々に実現していくことに驚きながらも、皆の思いやりに又胸が熱くなったのだった。


     *****


「わーい、お子様ランチだ!!」

 三月十二日土曜日のお昼、千裕さんの自宅のダイニングのテーブルの上に、白いプレートが並べられた。そのプレートの上には、エビフライ・唐揚げ・ミニハンバーグ・ウインナー・コロッケ・ポテトサラダ・プチトマト、そして、型を抜いたチキンライスの上には旗まで立てられていた。

 子供達は一目見るなり歓声を上げ、私は驚きに目を見開いた。大人の分は旗までは立てられていなかったけれど、内容はほとんど同じで、何とも懐かしい気持ちにさせられる。

「こんなにいろいろ作るのは大変だったでしょう? ごめんね、手伝わなくて」

 午前十一時過ぎに千裕さん家を訪れると、「美緒は子供達と一緒に遊んでいてね」と言われてしまい、なにも手伝うことが出来なかったのだ。

「何言っているの、お返しだって言ったでしょう?」

 千裕さんがクスクス笑いながら言った。由香里さんも「そうだよ」と微笑んでいる。

 なんだかそれだけで、胸の中に暖かいものが広がった。


 子供達は豪華なお子様ランチに、テンションが一気に跳ね上がった。

 大勢で食べる食事はやっぱりいいなと、普段拓都と二人きりでの食事を思い出す。別にそれが寂しいと思ったことは無かったけれど、由香里さんや千裕さんのところは兄弟二人なので、相乗効果なのか、子供達のテンションの上がり方が、拓都とは違った。

 不意に慧が言った言葉を思い出した。

 『拓都の弟や妹が欲しいだろ?』

 そんな日が、本当に来るのだろうか?

 やっぱりまだどこか、結婚を現実的に考えられない。本当にそこまで望んでもいいのだろうかと、思ってしまう。

 それはきっと、体に馴染んだ不幸体質のせい。あまりに大きな夢や期待を持つと、失くした時に立ち直れないような気がして、自然と防御してしまう。

 そのくせ、三人で幸せになるのだと、言い聞かせる自分も、私の中にいるのだ。


「美緒ちゃん、もう食べ終わった? そろそろデザートを出すね」

 ぼんやりと考え込んでいた私は、名前を呼ばれて我に返った。どうやら私が食べ終わるのを待たせていたようだ。

「ごめんなさい。ごちそうさまでした」

 お皿を片づけるため立ち上がろうとした時、千裕さんがさっと私のお皿とフォークを取り上げ「一緒に片づけるから、座っていてね」と全員のお皿を重ねて、流し台の方へ持って行った。続けて由香里さんが、デザートのイチゴを練乳の入った小さな器と共に並べてくれた。

「練乳をイチゴの上からかけようかと思ったんだけど、好みもあるだろうから、付けて食べてもらおうと思って」

 由香里さんはそう説明すると、子供達に実践して見せている。私は今まで拓都とイチゴを食べる時、練乳なんて付けたことが無かったから、拓都は興味を引いたようで、目がキラキラとしている。

「ママ、練乳付けると美味しいね。お子様ランチも美味しかったし、チョコレート作ってよかったね」 

 拓都が小さな声で私にそっと言う。

 お返しを期待してチョコレートを作った訳じゃないけど、今の拓都には素直に喜びを感じていてほしい。こんな風に、物を通じて相手への想いをやり取りすることを、自然に覚えていってほしいと願いながら「そうだね」と笑って返した。


 ランチが終わるといつものように、子供達はゲームをするためリビングへ行き、私達はダイニングでお喋りタイム。

 もう千裕さんに何も隠すことが無いんだと思うと、それだけでずいぶん気が楽になった。

 いつものように、紅茶とお菓子を用意する千裕さんに、「まだ食べるの?」と呆れてしまった。千裕さんは「お菓子は別腹でしょ?」と気にも留めない。

「おやつの時間のケーキが入らなくなっても知らないわよ」

由香里さんがやんわりと釘を刺すのを、私も同意するように頷いた。


「今日は、報告があります」

 お茶の用意が済み、皆が席に着くと、由香里さんが急に神妙な顔で、厳かに告げた。

 驚いて由香里さんの方を見ると、由香里さんは少し照れたように笑った。

「なに、なに? 報告って?」

 千裕さんが、驚きながらも問い返している。

「あの、赤ちゃんができました」

 由香里さんはポツリと言うと、又照れたように笑った。

「ええっ! 本当? おめでとう!」

「わー、由香里さんおめでとう!」

 突然の報告に、私も千裕さんも破顔した。

 こんなに嬉しいことは無い。いくら子供が二人いるといっても、再婚したご主人の子供もやはり欲しいだろうから。

「ご主人、喜んだでしょう?」

 千裕さんがすかさず訊くと、由香里さんは苦笑した後、落ち着いた声で話し出した。

「彼はね、子供達の反応がとても気になったみたいで、ね。子供達が喜んでくれたのを見て、やっと心の底から喜んでくれたの。礼と陸をとても大切に考えていてくれるんだって、嬉しいような、申し訳ないような、感じなんだけどね」

 由香里さんは言い終わると、少し照れたように笑った。

 そんな由香里さんがとても綺麗に見えた。

 自分の子供とそうじゃない子供。由香里さんのご主人の気持ちも、何となくわかる気がする。私も拓都が兄弟なんかいらないって言ったら、考えてしまう。

 慧が言ったように、授かることができるなら、拓都にも兄弟がいた方がいいとは思う。けれど、それは拓都が兄弟の存在を否定しないという前提だ。

 でもそんなことより今の私には、妊娠するということは、結婚よりももっと遠い現実だ。頭の中では、拓都に兄弟をと思うし、その父親は慧だと思っているけれど、やっぱりどこか夢物語のような気がしてしまうから。

「ねぇ、美緒。美緒もこのお腹の子と同級生を産まない? だいたい六月頃までに妊娠したら、同級生になると思うんだけど」

 由香里さん、何を言い出すのよ。

「わー、守谷先生の子供って見てみたいよねぇ」

 千裕さんまで。

「簡単に言うけど、そんな思い通りに妊娠するはず無いし、それに六月なんて、後三ヶ月だよ。絶対に無理。結婚だってしていないのに」

 私は二人の言い分に呆れて、ちょっと意固地な言い方をした。

「何言っているの! あの守谷先生の様子だと、一年生が終わったら、速攻で拓都君に話をして、すぐに結婚しそうな感じだったじゃないの。あー、守谷先生と美緒ちゃんの子供、早く見たいよぉ」

 千裕さんは、嬉しそうな顔をして、そんなことを言うが、彼のどこがすぐに結婚しそうな感じだったのだろうか?

「そうそう、さっさと結婚して、子作りしなさい。そしてまた同級生のママになろう」

 由香里さんまで。子作りって、経産婦は平気でそんなことを言うけれど、私ってまだ結婚もしたこと無いんだよ。

「もう二人とも、私のこと、からかっているでしょ?」

「いやいやいや、いたって真面目に言っているんだよ。また子供が同級生なら、いろいろ相談し合えるでしょう? そうだ、千裕ちゃんも、どう? もう一人ぐらい産まない?」

 由香里さん、そんな犬の子のようにポンポン産めないって!

「うーん、旦那次第かなぁ。でも、もう一人産むなら、女の子が欲しいけど、そんな保証無いしねぇ」

「産み分け法にチャレンジするとか?」

「それもいいねぇ」

 二人はまるでダイエットにでもチャレンジするかのように話をしているが、その内容は未婚の私には恥ずかし過ぎて付いていけないんですが。

 その後も二人は産み分け法の具体的な方法について盛り上がり、私が恥ずかしそうにしているのに気付くと、又盛大に笑われてしまった。


     *****


 その夜、帰って来てから寝るまで、拓都は上機嫌だった。お子様ランチも、練乳付きのイチゴも、由香里さんが作って来てくれたロールケーキも美味しかったとはしゃぐけれど、拓都の機嫌を良くしているのは、千裕さんと由香里さんのところのお兄ちゃん達に、今までしたことが無い難しいゲームを教えてもらって、やらせてもらったことがとても嬉しかったらしいのだ。今までも皆で一緒に遊んだことは何度かあるけれど、難しいゲームはお兄ちゃん達がするだけで、一年生の三人は見ているだけだったらしいから。

 そのゲームがそんなに面白かったのか、それとも、お兄ちゃん達に教えてもらえたことが嬉しかったのか。そのどちらもなのだろうけれど、「あー、僕にもお兄ちゃんがいたらなぁ」と独り言のようにポツリと言った言葉が、このところ私の脳裏に巣くうモヤモヤとしたものを刺激した。

 こんな言葉は、子供なら良く言う言葉だと思う。私だってお兄さんがいたら良かったのにとか、妹が欲しかったなとか思うもの。

 それでも今の拓都には何も言ってやれなくて、私は聞こえなかったことにしてしまったのだった。


 拓都が寝た後、珍しく美鈴から電話があった。

「美鈴、久しぶり。養護の先生はインフルエンザや風邪が多い季節だったから、この冬は大変だったんじゃないの?」

「そうなのよ。子供たちへの対応と書類づくりで大わらわよ。それより、昼間出かけていたの?」

「あ、電話くれたの? ごめんね。ママ友の家へ遊びに言っていたの」

「ママ友。そうか、美緒はママだもんね。なんだかピンとこないけど。ああ、それで今日、本当は美緒の家へ遊びに行こうと思っていたのよ。大した用はないんだけど、話もしたかったし」

「えっ? そうだったの? それじゃあ、明日はどう?」

「明日は私が予定あるから。それで電話したのよ。今話していてもいい?」

 一瞬、もしかしたら慧から電話があるかもと思ったけれど、久しぶりの美鈴からの電話だったし、私ももっと話がしたかった。

「大丈夫だよ。拓都はもう寝たから。それで、話って?」

「そうそう、聞いた? 養護の青木先生、赤ちゃんが生まれたんだよ」

「えっ! 本当? 聞いてないよ。男の子? 女の子? どちらだったの?」

 今日は妊娠とか出産とか、赤ちゃん関係の話が多すぎる気がする。これって何かの前兆?

「女の子だって。それでね、産休の後に一年間の育児休暇も取るらしいの。だから、来年度も虹ヶ丘小学校の養護教諭を続けることになりました。美緒、よろしくね」

「そうなんだ。よかったねぇ。こちらこそよろしくお願いします」

「それからね、昨日、守谷先生とちょっと話をしたんだけど、無事に転勤できるみたいね。でも、拓都君は結婚しても転校しないんだって? 私、彼に言ったのよ。守谷先生は転勤するからいいかもしれないけど、後に残る拓都君や美緒は、有ること無いこと噂されて傷つかないかって」

 美鈴。美鈴が心配してくれる気持ちはとても嬉しいけれど。

 慧と結婚後のことなんて、まだ話し合ってもいないのに、彼の中ではもう決定事項があるのだろうか?

 拓都が転校しないということは、この家にいるということだろうし。それは、私と拓都のため?

「美緒、聞いている?」

 私は頭の中であれこれ考えていたせいで、返事をするのを忘れていた。 

「あ、ごめん。それで、彼はなんと言ったの?」

「ちゃんと考えているから心配無い、ですって。守谷君は自分の噂に無頓着だものねぇ。そういえば、愛先生を送り迎えしていたことも、守谷君に聞く前に噂で聞いたんだって? 私には、自分で話すから、美緒には言わないでくれって言っていたのよ。守谷君は甘すぎるんだって。自分が他の人に、特に女性に、どんなに影響を与えるか分かっていないのよ」

 美鈴がだんだんと興奮して、彼を責めるような口ぶりになって来た。彼のこともいつの間にか『守谷先生』から『守谷君』に変わっているし。

 それにしても、彼は何を考えて心配無いって言っているのだろうか?

 美鈴の言うように、彼の噂は彼が思っている以上に、保護者達は興味があるし、瞬く間に広がるだろう。

 でも私達は、誰かに恥じるようなことはしていないはずだ。たとえ噂になっても、後ろ指差される様なことなんて、何もないのだから。

 私は美鈴の彼を責めるような言葉を聞いたせいだろうか、反発心が沸いた。

 彼が心配無いって言っているのだから、それでいいじゃないか。

「美鈴、確かに噂にはなると思うけど、私達は人に迷惑かけるようなことをしている訳でも、後ろ指差される様なことをする訳でもないの。だから、彼が心配無いって言うのなら、それでいいと思うし、堂々としていればいいと思うの」

 自分でも驚くほど強い気持ちが沸いた。

「美緒、私はあらぬ噂で美緒が傷ついて欲しくないだけ。でも、美緒がそう言うなら、もう何も言わない。ただ、私に協力できることがあったら、何でも言って来てね。それにしても、美緒はずいぶん強くなったね」

「ありがとう、美鈴。でも私、そんなに強くないのよ。彼の気持ちが分かるまでは、彼の噂に翻弄されてきたし、彼の気持ちが分かった後でも、役員の仕事で学校へ行くたびに新たな噂を聞かされて、心に波風を立たせているの。彼を信じていない訳じゃないんだけど、やっぱりね。ただ、もうあの時のように自己完結して自分から諦めてしまうようなことはしたくないって思っているだけ」

「そうだったね。二人とも一番辛い思いしたんだから、噂なんかに負けていられないものね。人は無責任に噂するけど、それを真に受けていたらバカを見るだけだもの。美緒の言うように、堂々としているのが一番かも知れないね」

 美鈴が、勢いで言ってしまった私の言葉を、認めてくれたことが嬉しかった。


 美鈴との電話を切った後、今日の友人達を思い出す。

 皆が結婚後の話をするけれど、私一人温度差があるような気がする。

 現実味が無いって、逃げているだけだ。

 それでいいの?

 皆が私と慧の未来にエールを送ってくれているのに、不幸体質のせいにして、現実から目をそらしているだけじゃないの?

 そんな自分がとても恥ずかしくなった。

『堂々としていればいいと思うの』

 美鈴の言葉に煽られて、反発心から言った自分自身の言葉だったけれど、今の私を励ましてくれる。

 そう、堂々としていれば、不幸が付け入る隙なんて、あるはずがないのだから。







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