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いつか見た虹の向こう側【改稿版】  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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【二十四】結婚と言う現実

「美緒、守谷先生とラブラブだったんだって?」

 千裕さんにカミングアウトをした夜、由香里さんから電話があった。クスクス笑って言うものだから、「そんなこと無いよ」と、ちょっと不機嫌な声が出てしまい、余計に笑われてしまった。

 また、千裕さんが話を大げさに言ったのだろう。

「千裕ちゃんが子供達を迎えに来た時言っていたけど、最初美緒たちのことを聞いた時、裏切られたような、騙されたような気になって、腹が立ったんだって」

「えー、やっぱり、怒っていたんだ」

 あの時、笑っておめでとうって言ってくれたけど、心の中では怒っていたんだ。

 ちょっと、ショック。

「それは仕方ないよ。守谷先生が結婚する予定だって言った時に、美緒はおめでとうって言ったんですって? そんなのを見ていたのに、その相手が美緒だって分かったら、誰だって騙された気になるでしょう? でもね、守谷先生と美緒がお互いを必死で庇い合うのを見たら、馬鹿らしくなったんだってさ。二人のラブラブぶりに当てられたって言っていたよ」

 由香里さんの明るい声を聞いても、さっき聞いた千裕さんの気持ちが心に引っかかって、返事が出来ない。

「美緒、聞いている?」

「う、うん。でも、千裕さん、怒っていたんだ」

「バカね。千裕ちゃんは怒りを持続できるタイプじゃないでしょう? 腹立ったことなんてコロッと忘れて、守谷先生の相手が美緒ちゃんで嬉しいって喜んでいたよ。これからは守谷先生と家族ぐるみのお付き合いできるってね」

 家族ぐるみのお付き合い?

 もう、千裕さんったら。

 彼女らしい言葉に、私は笑いさえ込み上げて来た。

 彼女はそんな言い方をするけれど、本当は私の幸せを喜んでいてくれるのが分かって、私の心の中にじんわりと温もりが広がった。

「そっか、そんなこと、言っていたんだ。ふふふっ、千裕さんらしい」

「でしょう? 本当に千裕ちゃんって、いいよね」

 そう言ってクスクス笑う由香里さんに、私も「そうだね」と答えて笑った。


 由香里さんとの電話の後、慧からも電話があった。

「あの後、西森さん、何か言っていたか?」

「慧がね、デレデレだって」

「はぁ?」

「ふふふっ、慧のデレデレぶりに、こっちが恥ずかしくなったって言っていたよ」

 私は千裕さんの身悶えしている姿を思い出して笑ってしまった。

「なんだよ、それ」

「千裕さんがそう言っていたのよ。それでね、守谷先生と家族ぐるみのお付き合いができるって喜んでいたんだって、由香里さんが言っていたの。なんだか、千裕さんらしい喜び方だよね」

「そうか、良かったな。俺達のことを知ってくれている人が増えると、美緒も心強いだろ?」

「うん、そうだね。千裕さんのことが一番心に引っかかっていたから、肩の荷が下りた感じ。もう、何も心配しなくてもいいね」

「いや、まだ一番大きな山を越えなくちゃいけないよ」

「えっ? 一番大きな山?」

「ああ、拓都だよ」

「拓都なら心配しなくても」

「今は担任として好かれていても、今まで美緒と二人だけの家族の中に俺を迎え入れてくれるかどうかは、別の話だろ? それに、パパが欲しいっていうのも、友達のパパが羨ましくなったことや、キャッチボールなんかで遊んでくれる人が欲しかっただけで、現実になったらどう思うか。一番は、僕のママを取らないでって言われたら、どんなふうに対応していいか」

 そんな。あなたはそんなことを考えていたの?

 私の考えの浅さを思い知らされた気がした。パパが欲しいと言っていた拓都だから、大好きな守谷先生がパパになりたいって言ってくれたら、大喜びすると思っていた。

「慧、大丈夫だよ。慧が拓都の父親になりたいって言ってくれて、とても嬉しかったの。だから、その気持ちがあれば、大丈夫だと思う。悪い方に心配すると、本当にそうなっちゃうから。いい結果だけ考えていよう。大丈夫。絶対に三人で幸せになるんだって思っていよう」

 私は自分を奮い立たせて、自分自身に言い聞かせるように、強く言った。

 そう、もう迷わない。もう不安になったりしない。信じて進めば道は開けるって思うから。

 もう、運命に試されはしない。

「美緒、やっぱり美緒は強いな。そうだな。絶対に三人で幸せになろうな。いや、人数はもっと増えるかもしれないけどな」

 人数が増える?

「な、何言っているのよ」

 私は思い至って、頬が熱くなった。

「拓都の弟や妹が欲しいだろ?」

 彼が私をからかうように笑った。

 そんな先のことまで、考えたこと無かった。結婚だって遠い現実なのに。

 でも、もうそこまで来ている現実なのだと、今更ながらあらためて実感した。


      *****


 三月に入ると春らしい暖かい日があったかと思うと、急に寒くなったりと、三寒四温の言葉のごとく、少しずつ春めいて来た。

 週明けの今日、朝から機嫌の良かった長尾穂波ちゃんに、同僚の皆が何かいいことでもあったのかと問いかけると、彼女は一足早く春真っ盛りのような笑みを浮かべ「お昼休みに皆さんに聞いてほしいことがあるんです」と言ったものだから、皆の好奇心を盛大に煽ってしまった。

 特に速水さんが、キラキラした瞳で「えっ? もしかして結婚が決まったの?」と一人暴走しかけ、すかさず南野さんに「ほらほら、仕事が始まるから、お口のチャックは閉めて」と子供のように注意されているのを見て、私はこっそりと笑った。


 待ちに待ったお昼休み、休憩室にお弁当を持って集まった途端、せっかちな速水さんは「それで、それで…」と待てないと言わんばかりに穂波ちゃんをせっついている。

「速水ちゃん、お弁当食べる間ぐらい、待ってあげてよ」

 またまた南野さんの指導が入る。

 穂波ちゃんの嬉しそうな笑顔が、全てを語っている。きっと、彼との結婚話が上手くいったんだ。そう思うと、私までワクワクして来た。

「皆さんのご想像通り、彼と結婚できることになりました」

 みんながお弁当を食べ終わると、穂波ちゃんが笑顔を綻ばせて報告した。

「わー、おめでとう」

「やったー! 良かったね、穂波ちゃん」

「穂波ちゃん、おめでとう」

 皆が口々にお祝いを言う。穂波ちゃんは嬉しそうに「ありがとう」と頭を下げている。

「ねぇ、ねぇ、お父さんの方が折れてくれたの?」

 速水さんが、皆が訊きたいことを代表して訊いてくれた。

 穂波ちゃんは、微笑んだまま首を横に振った。

「えー! じゃあ、彼の方が養子に来てくれるって?」

「まあ、結果的にはそういうことになったんだけど、実は、彼がアメリカに転勤することになって、急な話だったらしくて、どうしても私を連れて行きたいって、結局彼の方が折れたことになるのかなぁ」

 穂波ちゃんは始終笑顔のまま、詳しい経緯を話してくれた。

 穂波ちゃんの彼が勤める会社は、海外にも工場や支社を持つ大手企業だけれど、本来彼は地方採用のため、転勤は無かったらしい。だから、結婚したら同居して二世帯住宅を建てようという計画まで考えていたそうだ。それが今回、彼の勤める地方工場にいる本社採用の人が、アメリカへ転勤を前に、急な病気のため行けなくなり、彼に白羽の矢が立ったらしい。

「へぇ、地方採用なのに海外転勤を抜擢されるなんて、彼は優秀なんだね」

 南野さんが感心したように言う。私はそんなものなんだと思いながら、話を聞いていた。

 とても急な話だったため、彼はとても悩んだらしい。それでも、このチャンスを無駄にしたくないし、彼女との結婚も諦めたくないということで、海外へ行くのだから最初から姓を変えて行けばいいと割り切ったらしい。ただ、一度海外へ転勤になると五年は帰れないらしく、また、その後も別の国へ転勤になったり、日本へ戻るとしても元の所へ戻れるとは限らないそうだ。

「じゃあ、ずっと同居できない可能性もあるんだよね?」

「そう。母はちょっとそれが不満だったみたいだけど、養子の件は折れたんだからと押しまくっちゃった」

 少し前まで落ち込んでいたと思えない程、穂波ちゃんは楽しそうに笑った。

「それじゃあ、穂波ちゃん、仕事辞めちゃうんだね」

 私が少し寂しくなって、呟くように言うと、穂波ちゃんは私の方を見て申し訳なさそうに笑った。

「あー、そうなんです。急なことだったけど、今月いっぱいで辞めることになりました。皆さん、お世話になりました」

 頭を下げる穂波ちゃんに「今すぐ辞める訳じゃないのに、挨拶はまだ早いわよ」と南野さんが苦笑しながら言う。

 えへへと笑う穂波ちゃんは、迷いの無い眼差しで「後少しですけど、よろしくお願いします」と又頭を下げるので、皆で寂しさを吹き飛ばすように笑った。

「それで、結婚式はいつするの?」

 好奇心旺盛な速水さんの質問に、穂波ちゃんはしまったという顔をした。

「あー、忘れていました。皆さん、結婚式に出てください。日は五月の第三日曜です。もう、急なことだったから、空いている式場を探すのが大変だったんですよぉ。また、招待状を送りますので、よろしくお願いします」

 そう言って、またまた頭を下げる穂波ちゃんに、「今、頭の中バラ色だから、しかたないよね」と皆で苦笑した。


 穂波ちゃんの話によると、彼がアメリカへ立つのは四月ということで、籍だけ先に入れて、単身赴任するらしい。その後五月に結婚式をしてから、穂波ちゃんも一緒にアメリカに行くとのこと。

 結婚って、一度決めてしまえば、ドンドンと先へと進んでいくものなのだと、穂波ちゃんの話を聞いて思った。

 私の場合は、どうなのだろう?

 結婚なんて、今でもまだどこか現実感が無いのに。それでも慧は、もっと先まで考えているみたい。

 だけど、具体的なことは何も言わないのは、全ては拓都が賛成してくれてからと思っているからなのだろう。

 私は今回の穂波ちゃんの話で、以前思い悩んだことを思い出した。

 慧と結婚したら、どこに住むの? やっぱり姓は私の方が変えるの? 拓都の小学校は?

 結婚が現実になるまでは考えないでおこうと思っていたことが、急に切実な問題として私に迫って来た。

 お義兄さんが、養子に来てまで守ってくれた篠崎の名前を、私が簡単に捨てていいの?

 拓都だけ篠崎のままでなんてことはできないし。

 この問題を、私は慧に話すことが出来るだろうか。


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